物語/物語_タ

Last-modified: 2024-04-07 (日) 22:10:18

タルタリヤ

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キャラクター詳細
ファデュイの頂点にいる「ファトゥス」の一員ではあるが、「公子」タルタリヤは、どこかあどけなさが残る青年のような見た目だった。
まるでベルベットに包まれた白銀の刃のように、明るく自信に溢れる外見の下は、極限まで鍛えた刺客の体を隠している。
彼は最も若いファトゥスでありながら、最も危険なファトゥスの一人でもある。
しかし、「公子」はいつまでも、同僚たちとは気が合わないようだ。
純粋な戦士である彼とこの陰謀に満ちた集団は、とても噛み合っていないように見える。


キャラクターストーリー1
ファデュイ成立以来最も若い執行官として、タルタリヤは束縛を受けずに、自分のやり方を貫き通す資格がある。
このやり方は、ファデュイの中では好ましく思われておらず、他の執行官とも風格がずれていた。しかし、その自分勝手なやり方の裏には、責任に対する堅い覚悟と隙のない慎重さがある。
誇り高い故、彼は必ず約束を守る。不可能に思われる約束であっても、彼が反故することは一度もない。
単騎で巣窟内の龍を全て倒したり、危険な秘境から無事に帰ってきたり、または、一人でとある大貴族の領地を転覆させたり…
約束を果たすだけでなく、その首尾もあざやかなものだ。
ファデュイ執行官の先鋒として、「公子」タルタリヤは常に、スネージナヤの敵の弱点の周りに姿を現し、矛盾が爆発する前に攻撃を仕掛ける。


キャラクターストーリー2
スネージナヤの噂によると、タルタリヤは14歳から戦場に立っている
そして不思議なことに、彼は生まれつき武芸の達人であり、様々な殺戮の技に精通している。
そして、もっと恐ろしいのは、この「公子」が戦闘に対する激情である。難しい戦闘に興味津々で、恐ろしい敵がいると狂ったように喜ぶのだ。
「公子」が傲慢さは、数えきれないほどの戦闘による錬磨と、戦いの中で得た経験から来ている。
そんな争いを好む彼の本性が、不必要なトラブルを起さない*ように、他のファデュイ執行官たちは、いつも彼をスネージナヤから離れた土地に派遣する。
しかし、なぜかこの男はいつだって混乱の中心にいるようだ。
非凡な経歴は彼を目立たせ、他人からの称賛を得られた。
ファデュイの控えめなメンバーたちとは違い、タルタリヤはよく演劇を観に行く。時には、自らその中の一員になることもある。


キャラクターストーリー3
氷上釣りは、タルタリヤの幼い頃からの趣味の一つである。
あの頃の彼はタルタリヤでも、ファデュイの「公子」でもなく、父親の憧れの冒険英雄物語から名付けられたアヤックスという名前だった。
父親と凍った湖の水面に穴を開け、魚釣りをする。それは楽な作業ではなく、時には半日かける時もあった。
しかし、厚い氷に穴を開ける間も、魚がかかるまでの長い間も、いつだって父親は物語を語ってくれた。
それは父親の若い頃の冒険であり、タルタリヤが心の中でなりたいと誓った未来である。
そのため、彼はいつも真面目に聞き、物語の主人公に自分を重ねながら、魚が釣れるまで物語を楽しんでいた。
家を出た後のアヤックスも、その後の「公子」タルタリヤも、氷上釣りを趣味にしている。
ただ、昔のように物語を楽しむのではなく、釣りは戦士の根気を鍛錬し、戦い方を反省する修行となった。
こうして、武芸の鍛錬を目的とした長い瞑想が終わった後、魚が釣れたかどうかは、彼にとってはもはや重要ではないのだ。


キャラクターストーリー4
世間の想像とは異なり、タルタリヤの戦闘スキルは、生まれ持った才能ではない。
しかし、その肝心な体験について、タルタリヤは絶対に他人に教えようとしない。
14歳のあの年、平凡な毎日から逃げようと、少年は短剣とパンをもって家を飛び出た。
軽率な少年は雪森の中で迷い、熊や狼の群れに追われ、気付いたら底の見えない暗い隙間に落ちていた。
そこで、彼はもう一つの古い世界に無限なる可能性を見た。
そして、彼は謎の剣客と出会った。
彼がうっかり落ちたというより、暗闇の国が野心家な少年に気付いた方が正しいのかもしれない…
それは後に、ファトゥス「公子」が二度と探ることのできない暗闇だった。
3ヶ月間、少年は剣客から深淵で自由に行き来する特技を教わった。
そして何より、この3か月の間、少年の激動を好む本性の中から、闘争の力が呼び起こされた。
あの3か月の間に、いったい何があったかは誰も知らないし、アヤックスは教えようとはしない。
しかし、母親と姉妹が森で少年を見つけた時、「この世界の時間」は3日しか経っていなかった。
錆びた短剣を握りしめ、少年はこうして初めての冒険を完成した。
彼にとってそれは少年時代の終わりであり、武人への道の始まりである。


キャラクターストーリー5
故郷に戻った後、少年には少し変化があった。
臆病や躊躇いを捨て、軽薄で自信に満ちた姿になった。
まるで、彼こそがこの世界の中心であり、戦いそのものは彼のために存在するようだった。
闘争は常に変化をもたらす。予測不能の変化は、万華鏡のようにアヤックスを吸い込んだ。
父親から見れば、元々やんちゃだった三男が、さらに暴れん坊になり、平和な海屑町に数々のトラブルを引き起こした。
というよりも、彼が闘争の中心になり、彼が行くところでは必ず争いが起きる。――そして、彼自身もそれを楽しんでいる。
ついにある日、危うく死人を出しかけた喧嘩の後、父は仕方なく、愛する息子をファデュイの徴兵団に送り込んだ。
ファデュイの厳しいルールによって、息子の性格が改善されるだろうというのが父親の願いだったが、実際目にしたのは、完全武装したファデュイが一人のガキにボコボコにされ、逃げ出した光景だった。
この件で、父親は大いに失望したが、ファトゥス第5位「プルチネッラ」は、タルタリヤの存在に興味を持つようになった。
彼はアヤックスの戦闘力に驚き、その闘争の中心にいる己を楽しむ性格に、興味を持つようになった…
「プルチネッラ」は処罰という名目で、アヤックスをファデュイの傘下に入れた。下っ端として働いてもらい、「氷の女皇」のために戦うことを、命じた。
こうして、ファデュイの戦闘は、少年の限りなき征服の欲望を満たし、彼の膨れ上がった自我も、強敵に勝った快感で満たされていった…
そして、ついにアヤックスは、ファデュイの「執行官」として抜擢された。「公子」タルタリヤの名を手に入れ、スネージナヤで最も権力を持つ人間の一人になった。
しかし、タルタリヤになったことは終点ではなく、世界を征服する野望の一小節にすぎない。


タルタリヤの手紙
「愛しい妹ちゃんへ、家族のみんなは元気?オヤジの頭痛は治ったか?
オヤジとオフクロ、それと兄貴や姉貴によろしく伝えてといて。
璃月港から頭痛の特効薬を送ったんだ。これで少しはオヤジも楽になるだろう。薬は数日で届くはずだ。
もちろん、君たちへのプレゼントも用意したぞ。
手紙と璃月の凧2つ、でんでん太鼓1つ、稲妻産の磁器人形2つと色々なお菓子詰め合わせを送った。
後アントンに、璃月港の人々は石でできた人じゃなくて、俺たちと同じく人間だって教えてあげてくれ。
やつらは石は食べない。つまらないよな。
トーニャ、焦る必要はない、家でいい子にしてろよ。
俺はもうすぐ帰るよ。
前に言ってたように、璃月の7つの星を手に入れ、女皇陛下に捧げる願いが叶ったらすぐ帰る。
俺は約束は守るからな。
あなたの忠誠な騎士より」


邪眼
タルタリヤの「邪眼」は、過去の栄誉を象徴する勲章であり、現在の力の証でもある。
邪眼を授かり、ファトゥスになったあの日のことを、彼は未だにはっきりと覚えている。
冷酷かつ荘厳な神「氷の女皇」の前で、ファデュイ最初の執行官「道化」*1は、彼にこの勲章を授けた。
あれは恐るべし魔獣を討伐した褒美であり、無数の戦いを乗り越えてきた記念でもある。
だが、タルタリヤは特に喜びを感じなかった。あれは、戦士として当たり前の栄誉だったからだ。
新しい「仲間」の怪訝な顔も彼は無視した。他人の指摘や俳諧は、彼にとって無意味である。
「公子」になった少年が唯一尊敬する相手は、高台に鎮座する女皇のみである。
それは、女皇からより広い舞台と戦いの理由を授かったからだけでなく、彼女の睥睨の目付きも一因だ――
その眼付きは、冷酷で純粋で傲慢で鋭かった。
彼女は尊い神であると同時に、真の戦士でもある。
こうして邪眼を授かった「公子」は、スネージナヤで唯一無二の女皇に忠誠を誓った。

千織

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キャラクター詳細
服屋のドアを開けた――ここはフォンテーヌで最も賑やかな通りに位置する、とあるデザイナーの名を冠した店。
頭の上で澄んだベルの音が鳴り響く。まるで店に来た一人ひとりのお客さんの幸運を祈っているかのようだ。聞いた噂を信じるなら、自分には確かにここの「幸運」が必要かもしれない。
「ようこそ『千織屋』へ。必要なものは?」――出迎えてくれたのは、およそ親切とは言えない自信に満ちた挨拶。
声の主は作業台の後ろからこちらを一瞥した。異国の服、凄みのある眼差し――みんなが言った通りだ。
「オーダーメイド?それとも出来合いのものをお求めかしら?」彼女が再び口を開いた。その口調はまるで――たとえ品位の高い貴族でもここに入ればただの客でしかなく、玉座に座る彼女が、この国に足を踏み入れたものに向かって「自分が望む褒美を選ぶといい」と語りかけているかのようだ。
「オーダーメイドの礼服を作りたい…」と答えた。彼女の表情は少し柔らかくなった。どうやらこの王国では、国王の名のもとに客のスタイルに合わせて綺麗な服を仕立てるのは喜ばしいことらしい。
これは想定し得る中で最も良い状況かもしれない、と心の中で思った。なぜならここを勧めた人は皆揃って、このデザイナーの腕を褒めちぎるからだ。彼らの中には、見せびらかすためにクローゼットを開け、さらにはその中に泊まってほしいと思う人さえいた。ここの店主はあまり店にいないが、逆にいるときは機嫌がいいことを意味していると言われた。
しかし、唾を呑み込む。なぜなら運が悪いと、店主がいるときはとんでもないトラブルに遭遇すると注意されたからだ。例えば…
考えを整理するのを待たずして、ドアのベルが悲鳴を上げた。服屋のドアが何者かによって蹴り開けられたのだ。その人はふらふらと歩き、聞くに堪えない言葉を吐きながら、酒臭いニオイをまき散らす。
「か…賭けに勝ったぞ!今日は店主がいる――」何が起きたのか、はっきりとは見えなかった。その人は言いかけた言葉と共に、美しい放物線を描きながら窓から外に飛んでいった。
千織屋の店主は手をパンパンと叩いて窓を閉めると、何事もなかったかのようにこう行った。「ごめんなさい、最近、天気が悪いからか道端のゴミがよく店に入ってくるの。でも、もう片付けたから気にしないでちょうだい。」
どうやら、この王国はすべての人を無条件で歓迎してくれるわけではないようだ。


キャラクターストーリー1
「千織さん、これまでどういった経験が、今日の成功に繋がったのでしょうか?」ある記者がそう尋ねてきた。
千織は呆気に取られたが、過去の記憶を思い返しながら答えを探した。しかし、なかなか良い答えは見つからない。彼女にしてみれば、自分の過去には何も特別なところがないからだ。
千織は商人の家に生まれた。裕福とは言えないが、子供時代は特に何かに困ったことはない。それに両親は商売に専念していたため、千織に厳しく接することもなかった。その影響で千織は自由奔放な性格になったのだと、両親はよく冗談めかして言っていた。
一部の女の子が茶道や華道を学ぶ年齢になった頃、千織は他の子供たちと一緒に木に登ったり、魚を獲ったりして遊んでいた…両親が習い事をさせようとしなかったわけではない。千織を丸一日おとなしく卓に座らせておくことは、彼女(とその先生)にとって命取りとも言える行為だったのだ。
――では、いっそのこと剣術を学ばせようと、千織の両親は言った。
しばらくして、千織は二本の刀を持って指南を受けに行った。「このほうがもっとすごいでしょ」と、彼女は二本の刀を手にしながら堂々と言ってのけた。
剣術の先生はこのような――千織の父親のやんわりとした言葉を借りれば――個性的な生徒を見たことがなかった。結局、千織は怒って家に帰ってきた。
似たようなことが何度もあったが、千織の両親は彼女を厳しく責めることもなく、ただ「この子はこういう性格なんだ」としか思わなかった。
そしてある日、母親が家に帰ると、千織が一人で静かに机の前に座っていることに気づいた。目の前にある高級な生地を夢中になって見ていたのだ。あの落ち着きのない千織はどこへ行ったのだろうか。
「気に入ったの?」と母親は聞いた。千織は「触り心地がいい」と素直に答えた。「それに綺麗。これ、どうやって作ったの?」
それから、裁縫の先生が何人か来たが、いつものように千織にしびれを切らして出ていった。だが、千織はその中で服を仕立てる手法をいくつも学んだ。
それに千織が裁縫の先生の前にいるときは――他の先生たちの前にいるときと比べて、ずっとおとなしかった。


キャラクターストーリー2
稲妻が鎖国した知らせがフォンテーヌに届くと、人々は「雷電将軍」や「目狩り令」、島の降り止まない「雷雨」のことを奇妙な話の種として、アフタヌーンティー中の話題にした。
何しろ、どんなに巨大な雷であっても、遠い海を超えて彼らの頭上に落ちてくることはない。
しかし、フォンテーヌを席巻する雷はすでに稲妻を離れ、静かにこちらへ向かってきていることをフォンテーヌの人々は知らなかった――その雷の名は「千織」。
それは稲妻を出る旅の中でできた雷で、自分自身をフォンテーヌ――ファッションと芸術の都に落とすと最初から決めていた。
初めはただ、ファッション業界の多彩な空から「ゴロゴロ」と雷の音が聞こえてきただけで、誰も気に留めなかった。
「新鮮さを求めているだけだ」、数日すれば消え去るだろう」…と誰もがそう口にした。まるで、毛色が少しだけ特別な街の猫について話しているかのような口ぶりだ。
だが、「千織」という名の雷が当時のフォンテーヌ・ファッションウィークに落ちると、それがフォンテーヌ中に鳴り響くのをほとんどの人が耳にした。
ある評論家はこう言った――良い服は「見せる」だけでなく、「聞かせる」こともできると。千織にはそれができた。彼女の縫った一針一針が、物語を聞かせてくれる。波の囁き、森の息吹、砂漠の甘泉…
もちろん、ファッション業界の「古い勢力」の一部は、自分の縄張りをよそ者に占拠されることを許せず、旗を揚げてこの「侵入者」に宣戦布告をした――それはもう様々な方法で。
しかし、その者たちは結局、誰もが知る末路を辿ることとなった。敗北だけでなく、人によっては――生まれて初めて――お尻で下水溝に触れる感覚を味わったようだ。


キャラクターストーリー3
いつからか「情報屋」が千織屋のもう一つの呼び名になっていた。それについては、千織本人でさえ訳が分かっていない。どうやら自分の店で聞いた情報を友人に共有すれば、何かしらの出来事に大きな影響を与えるらしい。
後になって彼女は気づいた。千織屋が様々な情報を持っているというより、その情報達が自ら千織屋に流れ込んでくると言ったほうが正しいと。
派手な格好をした富豪や政治家たちは、まるで色鮮やかな蝶々のように、「情報」という名の花粉を艷やかな花である千織屋にばら撒く。だがそういった人たちの本当の目的は、何も情報を千織屋に流すことではない。他の蝶々に自慢するのが本来の目的である。その者たちにとって、自分が持っている情報の数は服を飾る宝石の数よりも誇らしいものなのだ。
――ねえ、知ってる?あの人にまた愛人ができたんだって。
――そういえばあの人、執律庭の方とも成約したらしいわ!
――輸送を担当している人のこと?あら、彼が輸送しているのって確か…
――しーっ!それは言っちゃマズいことでしょ!……
できることなら、千織はそんな話を耳にしたくない。彼女はそのような花粉にアレルギーを持っているようで…具体的には、服を作るのに集中できなくなってしまうのだ。そのため、新しい服をデザインするとき、彼女は店に顔を出さない。
しかし情報の使い道を知ってから、彼女は少なからず他人のために気を留めるようになった。友人の利益、もしくはフォンテーヌ廷の安全に関わることであれば、彼女は親切に相手に手紙を送ったり、直接伝えたりして注意喚起した。彼女にとって、それは裁縫と同じ理屈だ――適切なものをあるべき場所に縫い付ける。
もちろん、商売人の鉄則に則り、千織はちょっとした「見返り」をもらっている。お互いに与え合ってこそ商売でしょ――彼女がよく口にする言葉のように。


キャラクターストーリー4
千織のデザインを本格的に理解するためには、彼女が服をデザインするときの姿を見る必要がある。
初めて千織の作品を見たとき、目の前にあるものが何なのか分かる人はほぼいない。このデザイナーはまるで「規則」とは何なのかを知らないようだ――女性の服に男性の服に使う裁断方法を用いるなどありえないし、また男性の礼服に女性ものの生地を使うなどあってはならないこと。
しかし、彼女の服はある種の魅力を持っており、人々を惹きつけてやまない。「規則」への反抗と否定が合理的で、間違っているのはこちらのほうだと言われている気さえしてくる。
千織が服を作るときも同じである。生地の扱い方を見るに、まるで生まれてこの方、布を見たことがないのではないかと思ってしまう。布目の方向を無視して、思いもよらない角度から裁断したり、途中で新たな要素を追加してはそれを否定したりもする…
時には刀を抜いて、上質な生地を素早く切ることもある。その様子は服を仕立てているというより――決定権を巡って、刀を手に生地と決闘しているかのようだ。そして、最終的に勝つのはいつも彼女のほう。
千織のように服を作り、生地と会話できる者などいない。作業台は手術台となり、彼女だけが生地の完璧な姿を知っている。その裁断一つ一つが、まるで病巣を取り除いているかのよう…
ある店員が、千織の要求する型があまりにも裁断しにくいと苦情を入れた。
――「どうして?持ってる道具がナマクラだから?」
――「そういうことではなく…ただ…」
――「じゃあ、裁断できるわね。」
彼女を見ていると、服を思い通り裁断できないのがマヌケに思えてくる。そして千織屋の服を見ていると、思い通りに生きられないのがなおのことマヌケに思えてくる。
とある記者が「千織さん、服をデザインする方法を教えてください」と質問した。
――「やりたいようにやるだけよ。」


キャラクターストーリー5
夢、それは儚い言葉。千織が触れたどの薄絹よりも儚い。しかしそれを身に着けるのは、時にどんな厚絹よりも重く、息ができなくなることさえある。
彼女は夢を追うためにフォンテーヌを訪れたが、やっと追いつきそうになったところで、それはまた遠くへ行ってしまった。
次はどうすればいい?重荷を背負って前へと進むべきか、それとも現状に満足すべきか?
――いや、どちらでもない。千織は自分に言い聞かせた。
夢を見た後の余韻が好きなのだ、自分を満たすあの充実感が。だが、将来の夢で今の自分を急かすのを彼女は好まない。それはある種の枷だから。
彼女は今を生きることを選んだ。
ファッションウィークの舞台に立つために、昼も夜も服作りに没頭したこともあれば、二週間も姿をくらまし、旅の風景や星空をゆっくりと堪能して、疲れるまで帰ってこなかったこともあった。すべては彼女の気分次第である。
彼女の生き方に口を出したり、彼女に「こうすべき」だと教えたりする者はいない、たとえ彼女自身の夢であっても。もし「生き方」が道を阻むことになったら、彼女は何の迷いもなく、それを窓の外に投げ捨てるだろう。
――「絶対に屈しない」、それが「千織」ブランドだと彼女は言った。
不思議なことに、千織の「夢」は逆に恐れを感じたのか、彼女に近づいてきた。彼女が夢を追っているのではなく、夢が彼女の機嫌を取ろうと媚びる――まるで飼いならされた猛獣が主の元に戻ろうとするかのように。
――千織さん、ご自身のブランドをテイワット中に広めるとおっしゃいましたが、その目標の達成はいつ頃になりそうでしょうか?
――さあ、どうかしら。気分がよくなった頃かもね。


千織のメモ
雪羽ガンが月の倒影に向かって湖に飛び込んだとき、千織は目を覚ました。彼女はまばたきをして、あくびをした後、星星が煌めく黒いドレスのような夜空を眺めた。夢の影は彼女の頭の中に溶けていき、悲しい墨の痕を残す。
「ハサミを――」彼女は体を起こして座った。忠実な仲間が千織のそばに現れ、持っていた道具を彼女に渡す。
「それからペンもお願い」と付け加えると、「たもと」はどこからか使い古された鉛筆を取り出した。
アイデアを探すとき、誰かと一緒にいるよりも一人でいることを千織は好む。あれこれ持っていくのは好きではないため、旅に出るときは手ぶらであることが多い。
彼女にとって、ノートは何か書かなければと急かされているような、ある種の催促めいたものを感じてしまう。地図もまた彼女を制限し、そのファッション王国の領土が勝手に区分けされたかのように思えてくる。
彼女のメモは、どのデザイナーのものよりも読みにくいかもしれない。なぜならそれはメニューや葉っぱ、さらに彼女の服に描かれているからだ…
だがそのメモをもとに作られた服は、どのデザイナーの作品よりも素晴らしい。そこには彼女の目に映る景色、出会った人、そして溶けた夢…すべてが含まれている。
「できた」と彼女は目の前の新聞紙――正確には新聞紙の切れ端――を眺めながら満足そうに頷いた。今日、どうやってそれを手にしたのか彼女は覚えていない。しかし、それは重要ではない。
彼女のメモにはこうして気ままに誕生し、そして気ままに役目を終えるのだ――「千織屋」に持ち帰り、サンプルとなる布地に清書した後、それはお茶のシミがついた鯛焼きの包み紙となってゴミ箱に捨てられた。
そのメモがどれほどのものであったかは、千織の客たちが漏らす感嘆の言葉やファッション誌のトップページの記載に任せよう。


神の目
もうどうしようもない。
千織は机にうつぶせになって、眉をひそめながら自分の初めての作品を見つめた。「たもと」は言葉を発することなく、まるで寝ているよう――あるいは、そもそも目を覚ましたことがないかもしれない。千織は服を作る前に、少量の布切れを使って「たもと」に合わせてみる習慣がある。もし満足できたら、そのデザインを実際のモデルへと移すのだ。しかし、それらのデザインを先生に認められたことは一度もない。
ついさっきも、彼女はまた一人の先生に追い出された。そして、彼女は理解し始めた。先生たちが彼女のデザインを気に入らないのではなく、誰もが彼女のデザインを採用する最初の人になる勇気がないのだ。他人の偏見は、絡み合う糸よりも断ち切りにくいときがある。
「たもとはどう思う?」彼女は目の前の人形に尋ねた。「たもと」はいつも彼女のデザインに文句を言うことなく、どんな服でもおとなしく着てくれる。でも、もし「たもと」が話せたら、彼女は「好き」と言ってくれるだろうか?
先日、小倉屋から働いてみないかと誘われた。千織は小倉澪の気持ちに感謝している。一緒に裁縫を学んでいた子供たちの中で、彼女は千織のデザインをとても気に入っているようだった。
でもダメだ。千織は首を横に振り、その考えを否定した。
結局のところ、あそこは他人の店であり、他人の名前を使っている。彼女は人の家に転がり込む感覚が好きではない。
「フォンテーヌ…」と彼女はぽつりと呟いた。最近、この言葉が彼女の脳裏から離れない。まるで他人が口ずさむ、どうしても忘れられない旋律のようだ。
本によると、あそこはファッションと芸術の都。
商人の話では、あそこは娯楽が求めてられており、興味深いものであればみんなに気に入ってもらえるらしい。
千織は、フォンテーヌは遠すぎると思っていた。
辿り着くだけでも数ヶ月はかかる。しかし今、稲妻のほうがよほど遠くにあるように思えてきた。
自分のデザインはいつまで経っても人々に認められない。
「フォンテーヌ…フォンテーヌ…」彼女はまた数回繰り返した。そうすると、遥か遠い国がまた少し近くなった気がした。
「小倉屋」を真似て、彼女は「千織屋」という名を口にした。
その瞬間、心の弦が弾かれたかのように、「フォンテーヌ」と「千織屋」、この二つの音符が完璧な和音を奏で始めた。
「フォンテーヌの『千織屋』…」彼女は瞼を閉じ、賑やかな街に自分の名前を冠した看板が現れるところを思いうかべ、人々の口がそれをどう響かせるのか想像してみた。すると、急にすべての現実味が増していき、まるで本当にフォンテーヌにいて、今ここにいるのは稲妻に落とされた影でしかないように思えてきた。
彼女はすっと立ち上がり、何も言わずに家を出た。両親は驚いて顔を見合わせたが、どこか散歩にでも行くのだろうと思った。だが、千織が再び家に戻ってきたとき、すでに一部の人に別れを告げ、また別の人に宣戦布告をしてきた後だった――
「千織」という名前は、必ず自分よりも早く稲妻に戻ってくると。彼女は自分にそう誓った。
「明日出発する」と彼女は両親に言った。あの旋律が千織を促している。フォンテーヌにいるあの自分を追いかけろと。
母は責めるように隣にいる夫を見た。その表情は見るに――この子ったら、あなたから何を受け継いだのかと思えば、その頑固な性格だったのね…と言っているようだ。
もちろん、両親は千織を止めなかった。なぜなら、彼らは知っているからだ――自分の子が何かを口にしたら、その時すでに行動は終わっているからだと。
千織が自分の部屋に戻り、荷物をまとめようとしたとき、机の上で何かが急に動いて彼女を驚かせた。
千織が作った服を見せびらかすように、「たもと」はゆっくりとぐるぐると回り、そしてキラキラとした神の目を手にしながら千織の元へと飛び込んできた。

重雲

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キャラクター詳細
歴史の長い璃月港では、魑魅魍魎に関する異聞も少なくなかった。真相はどうあれ、解決をする誰かが必要だ。
重雲は有名な妖魔退治の家に生まれ、幼い頃から妖魔に恐れられる「純陽の体」を持っている。ただその場に座っているだけで、戦わずとも妖魔は恐れて逃げてしまう。しかしその体質に対して重雲はとても困っている──魔除けに関しては百戦錬磨だが、いまだに彼は妖魔自体を見た事が無いのだ。
ちゃんとした方士なら桃符と剣術で妖魔を退治するべきだ。特殊体質を他の理にするのはどうかと彼は思っている。
そのため、特殊体質がなくとも、方士として一人前であることを証明するために重雲は方術と武芸の修行に励む一方、妖魔が出る場所を探し回っている。
しかし…その体質の効果が無くなることはこの先あるのだろうか?


キャラクターストーリー1
重雲が駆け出しだった頃、ちょうど璃月港である怪談が流行っていた。
被害者は七星と直接話せる程の地位を持つ貴婦人だった。
いつからか彼女は毎晩奇妙な音で悩んでいるという。夜になるとその音が勝手に出てくる。音の出所に近づこうとすると、音は急に後ろに接近し耳に近づいてくる。
その怖さは言葉にできないほど*あった。貴婦人はその影響で飲食もちゃんとできず、日に日に痩せている。
貴婦人はたくさんの退治専門家を自宅に呼んだが、全員失敗に終わった。そしてその音はなくなるどころか日々激しくなっていく。
退治は無理かと貴婦人が諦めかけた時、重雲が彼女の屋敷を訪れた。
「すまない、ここ数日は日差しが強くて、出かけられなかった…ここに頑固な妖魔がいると聞いたが、任せてもらえないか?」
重雲は椅子を借り、屋敷の中央にしばらく座り、そのまま何もせず帰った。
その日の夜、貴婦人を困らせていた音は一切聞こえなくなった。
久しぶりによく眠れた貴婦人は翌朝、数箱の金や宝石を持って重雲の屋敷にお礼をしに行った。
重雲は相変わらず仏頂面のまま、数箱の金や宝石から通常報酬の数百モラしか受け取らなかった。
この事件の後、重雲の名声が一気に高まり、その「行動スタイル」が璃月人に気に入られている。さらにある書生が彼に題字を書いた──盤石のような心と氷霜のような顔。


キャラクターストーリー2
実のところ、重雲の行動スタイルは「氷霜」と何の関係もない。
生まれた時から純陽の体を持つ彼は、体内にある過度の「熱血」と「衝動」に対してとても困っていた。
この体質を抑えるために、重雲は様々な方法を試した。
お湯を飲まない、熱いものと辛いものを食べない、厚着をしない、争わない、怒らない、日差しが激しい日は出かけない、妖魔退治する時は傘を持つ…
とにかく世の中のあらゆる「陽」と接触することを避ける。
それでも、重雲の「純陽の体」の力は少しも弱くならなかった。
少し落ち込んだ彼は自分を限界まで追い込もうと決めた。ある日、ドラゴンスパインに妖魔がいると聞いた彼は、薄着で山に入った。
極度の寒さで体温を維持することも難しい状況だったが、それだけでは足りないと思った彼は、凍った湖の表面に穴を開け、妖魔が姿を見せるまで湖の中で待機していた。
半日も待ってようやく物音がした。待っていた甲斐があったと思った重雲は、音を追いかけていった。
山頂から山腹まで追いかけ、どんな敵かと思えば、相手は妖魔などではなく、剣と浮いているお札に驚くただのウサギだった。
その後、重雲が高熱にうなされた時間は他の人より長かったという。


キャラクターストーリー3
重雲にとって、「純陽の体」は方士への道の大きな障害である他、日常生活でも注意しなければならないことが多い。
体質のせいで、彼は「陽」の存在にとても敏感で、油断すると陽の気が暴走し、性格が豹変する。
重雲の家族は昔「万民堂」で祝宴を挙げたことがある。その時も重雲はわざと料理を冷まして食べていたが、まさか口に入れた「万民堂」のお団子が「絶雲の唐辛子」を練り込んだものだったとは、彼も予想だにしていなかった。
その団子を食べた後、なにがあったか、重雲自身はよく覚えていない。
しかし当時の被害者、「万民堂」のシェフ香菱は今でも鮮明に覚えている。
本当は一銭も持っていなかったというのに、重雲はカウンターの上に立ち、今日は自分の奢りだと大声で言った。
それから、彼は他の客の肩をつかんでは自分の家の方術がいかにすごいかを紹介してまわり、ついでに、テーブルを離れる際に人の料理を一口食べるのも忘れなかったという。
挙句の果てには、急に「万民堂」に妖魔がいると言い出し、いくら探しても見つからないからと香菱の額に呪符を貼り、剣を携えて彼女を追いかけまわしたのだ。
店に与えた損害を賠償するために、重雲はその後1カ月間節約生活を送り、ようやく「万民堂」に食事代の返済を完了した。さらにお詫びとして、彼は香菱に手作りの魔除け桃符をプレゼントした。
香菱はというと、被害は受けたものの重雲の「失態」を気にしてはいない。彼女にしてみれば、あの祝宴にいた重雲の姿こそが、皆がなによりも親しみを抱く重雲なのだ。


キャラクターストーリー4
妖魔を探す長い旅の途中で、重雲に信頼できる友ができた。それが行秋だ。
修行に励む重雲に比べ、行秋は生まれつき聡明であるため、重雲よりも機転が利く。
重雲の長年の悩みを聞いた後、行秋はある打開策を思いついた。
「純陽の体の効果を消すんじゃなく、純陽の体を恐れない妖魔を探したら?」
この言葉は重雲に活路を指し示してくれるものだった。重雲は行秋と一緒に「条件に合った」理想の妖魔を探したいと思うようになった。
「なに?雲来の海であの伝説の妖怪傲因を見た?ああ、任せるといい」
「緋雲の丘のあの屋敷が悪鬼に占拠された?すぐ行く」
「望舒旅館に妖魔退治の先生が?ついていけばきっと凶悪な妖魔に出会えるはずだ…ふむ、手ぶらではいけない、なにか手土産を用意しないと」
もちろん、その情報のほとんどは行秋が咄嗟に思いついた口からの出まかせである。そのせいでいつも重雲はなぜ会えないのだと、自分の不運について文句を言いながら帰ってくる。
「全力で探してみたんだ。金を払って妖魔の情報を買ったのに、結局無駄足だった」と悔しがることもあった。
そんな時、もし行秋が暇なら彼は笑顔で「元気出してよ」と重雲を慰め、新しく見つけた冷たい料理を重雲に食べさせるついでに、彼が騙された金を取り戻す。
こんなに頼もしい友は他にいない!と重雲は今日も行秋のことを感謝している。行秋は良いやつだ、行秋以外誰を信じればいい?


キャラクターストーリー5
重雲も、本当は皆と仲良くしたいと思っているが、この「純陽の体」を制御するために、彼は様々な誘いを断らなければいけない。
中でも、彼が最も理解できないのは「温泉に入る」という行為だ。
湯気が立つほど暑いお湯の中に入る――それは、彼にとってドラゴンスパインの凍った湖より百倍恐ろしい。
しかし温泉の話題になると、誰もが行きたいと、熱ければ熱いほどいいと、温泉に入った後の一週間は力がみなぎると口を揃える。
重雲にはそれが本当か、それとも自分をからかう冗談か分からない。
入ってみたくないと言ったら嘘になるが、「純陽の体」である限り、彼は温泉に入ることができない。
ある日、行秋は重雲に問いかけた。
「もしいつか、君が純陽の体を制御できるようになって、この世の妖魔を全て退治したら…君は何をしたい?」
特に深い意味はないであろうその言葉は、重雲を長い間困らせた――
特殊体質の影響で、他人と比べ、重雲はたくさんの経験を逃してきた。
しかし彼はそれを残念だとは思っていない。山が重なり川がくねり、柳に影が落ち花に明かりが灯る。あれから長い時間をかけて、ようやく自分の答えを見つけたからだ。
もし本当にその日が来たら、まずは温泉に入ろうと彼は思った。


『妖魔退治家録』
重雲の一族代々伝えられる奇書には、降伏させた妖魔の情報が記載されている。
無名な雑魚から都市伝説や怪談にある名の知れた妖魔など、目がくらむほどの数が書かれている。
重雲の、天下の妖魔を殺し尽くす志は、正にこの本に書かれた数々のすごい逸話からの影響を受けている。
だが、この本を継いだことは…彼にとって少し不便だ。
本にある妖怪は文字の記載以外に、絵もついている。歴代の継承者たちは画力がバラバラだったが、それでも頑張って妖魔の大体の特徴を描いた。
しかし、重雲が妖魔を退治する時は妖魔と顔を合わせない。文字情報に絵という伝統を壊さないにはどうすればいいのかと、重雲は困っていた。
窮地に陥った重雲は、自分の想像力の思うままに、たくさんの変な絵を描いた。
──あれから、『妖魔退治家禄』はどんどん怪奇になっている。鶏の翼を7枚、鶏の腿を5本を持った凶獣や、半分がヒルチャールで半分が魚の妖怪が本に出てきても、深堀りはしないほうがいい。


神の目
「他の方士なら剣を振るったり、お札を張ったりするのに、お前はここに座ってただけだろう?もう終わったって?報酬?払うもんかよ、馬鹿にしてんのか?あぁん?」
駆け出しの頃、重雲も何度も疑われた。
たくさんの難題とぶつかった。部屋の中に「妖怪がいる」よりも「妖怪がいない」ことを証明する方が難しい。
剣とお札を持つ方士と比べれば、どう見ても重雲は詐欺師に見える。
実力を持っているのに発揮できない。
その上、依頼人に疑われても、重雲は体内の陽気を暴走させないために、何も弁解せずに自分の感情を抑えていた…
最後になっても、彼に詫びを入れた者は数人しかいなかった。
それでも、重雲は大勢に従わない道を選んだ。法事等の妖魔退治ごっこよりも、彼自身の妖魔退治の方法を貫いた。
体質の影響は受けているものの、重雲は一度も諦めようとしなかった。
いつか、彼は璃月随一の妖魔退治師になり、自身の純陽の体を制御し、天下の妖魔を一匹たりとも残らず駆逐する。
この凄まじい闘志が神に認められたのか――重雲は「神の目」を授かった、しかもなんと「炎」の対立である「氷」だった。
この「神の目」が重雲のどの考えに応えて降臨したか、誰も知る余地はない。

ディオナ

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キャラクター詳細
客が毎回「キャッツテール」に入ると、必ず最初にカウンターの方に視線を向ける。
なぜなら、そこには必ず猫耳の少女が立っており、耳を小さく動かしながら、不機嫌そうな顔でシェイカーを振っているのだ。
彼女は、モンドの酒造業の期待の新星、伝統勢力に挑む者、バーテンダーのディオナだ。
美味しい酒を調合するのは、彼女の目的ではない。むしろ、正反対だ。
彼女が酒を調合するのは、他人が見れば「少し不思議」に見える。だが、本人からしたら「一生懸命この嫌な液体を破壊している」つもりだ。
だが、どんな酒でもディオナの手にかかると、たちまち想像もつかないほどの美酒となる。
これはある種の「祝福された体質」だが、ディオナにとっては最大の難題であった。
自称「酒造業の殺し屋」であるディオナにとって、モンドの酒造業を破壊するのが、彼女の目標なのだ。


キャラクターストーリー1
「キャッツテール」のバーテンダーになったのは、ディオナが計画した悪夢の一つである。この悪夢は、彼女の大きな計画の第一歩でもあった。
客がカウンターに腰かけ、バーテンダーである少女の嫌そうな目線を「堪能」しながら、「ディオナスペシャルカクテル」に期待していると…
「さぁ、このサソリとシーソルトのカクテルを飲み干して。あなたの酒飲みの人生に、終わりを告げるのよ…」
ディオナはこのように、いつも酒飲みの気分を台無しにしようと企んでいるのだ。
しかし…
「ゴク…ゴク…あぁ、こんな美味い酒は初めてだ!もう一杯もらえるか?」
「…も、もう一杯?」
今日に至るまで、ディオナはこの「百発百中で美味しい酒を調合できる」体質と戦っている。負けず嫌いの彼女は、真にまずい酒の調合を探す事をまだ諦めていない。
だが結果はいつも同じだった。「キャッツテール」には相変わらず人が集まり、客たちは口々にディオナを称賛する。
ディオナは目の奥に涙をため、怒りで顔をしかめるのだ。
「身の程をわきまえなさいよ!」


キャラクターストーリー2
ディオナの父親、ドゥラフは清泉町で最も優れた狩人だった。
毅然な姿や、飛びぬけた狩りの技術、冷静な判断力を持つ彼は、清泉町全ての狩人から一目置かれる頭領であり、手本である。
ディオナにとって、幼い記憶にいる父はいつも輝いており、彼女の憧れでもあった。
そのため、そんな父の印象がひっくり返った時、ディオナは悲しさの余りに泣きじゃくった。
「あの酔っ払った姿、お腹いっぱいになって泥の中で転げまわるイノシシみたい!」と、ディオナは赤い目を擦りながら言う。
ディオナは、すべてを酒のせいにした。彼女にとって、父は間違いを犯さない、完璧で頼れる存在だったからだ。
「全部酒のせいだ!酒は人を惑わせて、人の頭をおかしくする悪いものだ!」
これが、ディオナが酒を嫌うようになった原因であり、「キャッツテール」の景気を上げた原因でもあった。
「キャッツテール」のオーナーであるマーガレットは、この事態を全く予想していなかった。彼女がディオナを雇った理由は非常に単純だった。
「だってあの子、可愛すぎるもの」


キャラクターストーリー3
客のほとんどは、ディオナの猫耳と猫のしっぽを、バーテンダーの制服の一部であると思っていた。
あの日、ある酔っ払いの客が好奇心で、ディオナの尻尾に触り、暖かく柔らかな感触を知るまでは…
その後、「キャッツテール」はディオナが大暴れしたことにより、大変な騒ぎになった。
猫の外見は、「カッツェレイン一族」の血統の証であり、モンドでは珍しい存在である。
外見が猫に似ていることに加え、ディオナと彼女の父ドゥラフは狩りにおいても、卓越した素質を持っていた。これも古い血統がもたらしたもの。
そのため、追跡、射撃、俊敏に跳ねまわる…これらすべて、ディオナが得意とするものである。
「そうだ、彼女は暗闇でもよく目が効くんだ」
「悪いところはそうだな…怒ると人に噛み付く所だ。気を付けた方がいい」
イーディス博士は『奇異血統の調査研究』の中でそう記した。


キャラクターストーリー4
ディオナの出現は、確かにモンドの酒造業に影響を与えた。
アカツキワイナリーの市場は、突如現れたキャッツテールに打ち負かされそうになった。これは、ワイナリーの営業を担当していたエルザーには、耐えられないことであった。
エルザーはこの「中心人物」について、あれこれ嗅ぎまわり始めた。ディオナが一番打ち負かしたい「ラスボス」はアカツキワイナリーであることも知らずに。
「この奇妙で大胆な調合方法が、美味しさの秘訣ですと?」
ディオナは顔を上げ、先ほどカウンターに座った白髪の男性を見た。
「うん、正に絶品。この中から、酒に対する情熱と愛が伝わってきます」
ディオナのシェイカーを振る手がわなわなと震え始める。鋭いエルザーそれに気付き、直接交渉を仕掛けたーー
「あなたのような優秀なバーテンダーが、我々アカツキワイナリーに協力してくれるなら、モンドの酒造業は前代未聞なまでに繁盛するだろう!」
……
その後、ディルックがエルザーの手に巻かれた包帯について尋ねても、エルザーは珍しく口ごもりながら答えるのだ。
「ね、猫に少し噛まれてしまって…」


キャラクターストーリー5
ディオナの故郷では、「泉の精霊」の伝説が伝わっていた。
精霊は井戸の側で絶望に打ちひしがれていた親子に、救いの手を伸べた。枯れ井戸の中から水を呼び起こし、泉に変えた。
病に侵され虫の息だった子供は、奇跡のような泉の水によって回復した。
当時、人々は次々とこの祝福の泉を一目見ようと訪れ、やがて、泉を囲むようにして集落ができた。これが「清泉町」の誕生である。
今の清泉町では、ほとんどの人がその話をただの伝説だと思っている。「観光業界の陰謀」だと言う者までいた。
幼いディオナだけが泉の精霊の存在を固く信じ、父が深い眠りにつくと、いつも泉に映る月に向かって話しかけていた。
それは応えるに値する、純粋で、素直で美しい心…
きっと泉の精霊はそう思った。
だからディオナは奇妙な友情を手に入れた。それは全てを打ち明け、孤独を取り除いてくれる存在。
ディオナが7歳になった日の夜、泉に反射した月明りが彼女の顔を照らした。泉の精霊の囁きがディオナの耳元に響いた。
「狩人の娘を祝福し、成長の証と餞別の印に、この贈り物を授けましょう。あなたの杯が永久に喜びの美酒で溢れ、千年の雪をも溶かす甘美な清泉となるように」
その後、泉の精霊は二度とディオナの前に姿を現す事はなかった。その記憶は、幻想の影のように幼いディオナの中に残った。
今のディオナはまだ気づいていない。自分の厄介な体質の原因は、「あの夢」が原因であると。


クールシェーカー
ディオナの父であるドゥラフは偶に自分で酒を作る趣味を持っている。
夜になり、父がシェイカーを振り始めると、盗み見ていたディオナも知らないうちにしっぽを振っていた。
父がシェイカーを振る日はいつもより酷く酔っていて、眠る前のお話も語ってくれずにそのまま倒れて眠ってしまう。
そこである日、父が狩りに出かけた後、ディオナはこっそりとシェイカーをベッドの一番奥に隠した。
だが、父は探す事すらせず、翌日新しいものを持って帰ってきたのだ。
ディオナが「キャッツテール」のバーテンダーになるべく、面接に挑んだ日、マーガレットはディオナが持っている、やや彼女に似つかわしくないシェイカーに気づいた。
器用なオーナー、マーガレットの手により、可愛らしい猫のしっぽがついたシェイカーは「デビューのプレゼント」として、ディオナの元に返ってきた。
「これであなたにふさわしくなったわ」マーガレットは満足げに頷いた。


神の目
ディオナの酒に対する嫌悪は、「憎しみ」ではなく、「渇求」から来ているものであった。
彼女は父がずっと自分の憧れの姿でいてくれることを願っていた。常に家族に寄り添い、決して酒で幸福を「分かち合う」ことをしない。
ある時、大雨が三日間降り続いていた。そして、狩りに出かけていた父も、三日間帰ってこなかった。
劣悪な天候は、西風騎士団の救助隊の捜索を困難なものにした。この時、「失う」ことへの恐怖が、深くディオナに刻まれた。
「分かち合う」ことも許せないのなら、「全てを奪い去る」ことにどうして耐えられるのか。
ディオナは飛び出し、暴風雨の中をひたすら走った。未知の力が、彼女の前に立ちはだかる激流を氷へと変えた。
己の天賦の追跡能力を頼りに、ディオナは崖の下で父を見つけた。
他の狩人に助けられ家に戻り、父に大事がないことを確認したディオナは、泣きながら笑顔を浮かべた。
「よかったら…お酒作ってあげようか?飲めば、少しは痛みも紛らわせられるよね?」
恐らく、それはディオナが唯一、真面目に酒を調合した時だった。
「冷たくて、本当に美味いなあ、ハハハハ…いたた…」
娘が調合した酒という事実は、アルコールよりも遥かに大きな鎮静効果を発揮しただろう。
――この出来事はディオナに氷元素を操る力を獲得させたが、彼女を酒と和解させる事はできなかった。

ディシア

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キャラクター詳細
「エルマイト旅団」という言葉は特定の集団を指すものではなく、砂漠に生まれ、成人後は武力で生計を立てるすべての傭兵を指している。
この荒れ果てた世界において、人類はみな等しく、ちっぽけな存在だ。生きていくために人々は自ずとゆるりと集まって、まとまりがないながらも傭兵組織を形作る。
「エルマイト旅団」に属するものは数多くいるが、その殆どは黄砂に忘れ去られてしまう。人々の記憶に爪痕を残せるのは、ディシアのようなごく一部の逸材たちだけだ。
勇猛でたけだけしい「熾鬣の獅子」、ディシアーー獅子は彼女の力を象徴し、熾鬣は彼女の熱き性格を代弁する。
もし護衛として傭兵を雇いたいのであれば、ディシアを検討してみるといいだろう。けっして値段は安くないが、彼女の能力はその価値に見合うものだ。
キャラバン宿駅の路上で自画自賛に溺れるズル賢い傭兵や、力ばかりが取り柄の新人にディシアは遥かに思慮深く、頼りにできる存在だ。
さて、話はここまでにしよう。彼女の雇い主になりたければ、できるだけ早く決断することだ。ディシアを雇いたい者の数と言えば、長蛇の列ができるほどなのだ。出遅れれば、機会はないと思ったほうがいいだろう。


キャラクターストーリー1
ディシアを含むすべての砂漠の民は、生まれた時から砂漠を理解することを学ぶ。
空の青は果てしなく続き、どこまでも終わらない。金色の砂丘は天と地の境まで、止め処なく延び広がるーーそのような環境の中を生きる人間は常に、己がいかに小さいか、実感せざるを得ないだろう。
砂漠の風景を見慣れている者でさえ、折につけ自然の雄大さに震慄し、足元の砂に口づけしたくなってしまうのだ。
軟弱な心はこの地に恐れをなす。ゆえに、この広大な砂海を思うがままに駆け巡ることができるのは、屈強な魂のみである。
そして砂漠の民の中で最も勇敢であり、過酷な環境をも厭わず風砂の中を疾駆し続ける者たちこそ、「エルマイト旅団」の傭兵だ。
だが、そのような暮らしは決して楽なものではない。そのため傭兵たちにとって、互いに助けあいができる関係というのはとても貴重であり、その重みは血縁に勝るとも劣らないのだ。
ディシアが幼かった頃、彼女の「家族」は父親と、彼の傭兵団の成員たちであった。ディシアが一人前に生長した頃、彼女の家は自らが所属する「熾光の猟獣」になり、傭兵団の成員たちが彼女の新たな「家族」になった。
共に長く戦えば、互いに絆が生まれる。すると、視線を交わしたり頷いたりするだけで、互いの考えを即座に理解できるようになる。
だからこそ、雇い主からの依頼をこなすために、砂漠を離れて雨林ヘと遠出した一時、皆と夜に営火を囲んで歌った歌はディシアは懐かしんだ。
どこにいようと、彼女は砂漠の娘なのである。


キャラクターストーリー2
個体差を考慮しないという前提で言えば、一般的に女性の身体能力は男性にやや劣ると言われている。
ディシアは、生まれつき力がとても強いというわけではない。それでも傭兵たちが彼女を深く認めているのには、当然ながら理由があるのだ。
まず、彼女の力は傭兵集団の中で一番とはいかないものの、充分に強い。
この点に疑問を抱くのであれば、彼女の大剣を持ち上げてみるといい。あれ程重い武器を振り回すには、ある程度の膂力が不可欠だ。
つぎに、彼女は豊富な戦闘ノウハウの持ち主だということである。大剣のように鈍重な武器を扱うとき、必然的に敏捷性の一部が犠牲になってしまうのは万人の知るところだろう。機動性に優れた相手と戦闘する際、一撃で仕留められなければ、重い武器は戦士の不利な要素になってしまう。そんなとき、彼女は並外れた観察力と戦闘テクニックを用いて相手に対処しなければならない
時には武器を置いて拳で戦い、時には武器を投げつけて今にも消えそうなチャンスを掴み取る。具体的にどう対処するかは、すべて戦況次第だ。
そんな彼女は戦闘以外についても、砂漠におけるサバイバル術を数多く心得ている。
砂漠の傭兵たちが受ける主な依頼には、略奪を防ぐための護衛や、砂漠の危険生物の駆逐、気象災害から逃れる雇い主のサポートなどがある。
ときにはガイドとなって、キャラバンや冒険者、学者たちのために道を探すこともある。
驚いたサソリの群れに対する処置も、敏捷な鷲たちに付きまとわれないよう避けるコツも、盗賊に遭遇した際に衝突を最小限に抑える交渉法もーーディシアはすべて知っている。
実際の需要に応じて問題を速やかに解決することこそ、雇い主にとってもっとも重要なこと。雇い主の間でよい評判を得たいのであれば、戦闘以外にも色々とスキルを身につける必要があるのだ
たとえ何百人、何千人という敵を倒すことが出来たとしても、黄砂においては、その意味に限界がある。ひとたび天地を覆う大砂嵐が吹き荒れれば、戦士たちはみな砂礫の下に埋もれてしまうからだ。
真に聡明な傭兵は、戦うべき時と退くべき時を把握している。戦闘の中で目的を達成すると同時に、己も守るーーこれぞ、上策と言えよう。


キャラクターストーリー3
ディシアが自らの実力で「エルマイト旅団」における評判を高めていった頃、旅団の成員たちも皆、それを誇らしく思っていた。そんなある日のこと。偶然にも全員が揃った場で、普段から騒がしくヤジを飛ばすのが好きだった何人かの仲間たちが、「世に響き渡るようなあだ名」をディシアに付けたいと言い出した。
今後、ディシアが相手を打ち負かすたびに、そのあだ名を掲げよう。だから、カッコいいだけじゃなく、口にするだけで鳥肌が立つようなものにしないといけない。
通りすがりの商人が聞いただけで逃げ出すような。凶暴で恐ろしい、血腥さに満ちた名前にするべきだ。一番年若いメンバーたちが、乗りに乗った様子でそうはしゃぐ。
その頃ディシアはすでに、右も左も分からぬ新人傭兵ではなかったので、他人が自分に抱く恐れや尊敬が、一つの名前に収まることはないことも知っていた。ただ、皆が楽しそうにそのことで暇をつぶしていたから、ディシアも意見しなかったのだ。
皆が出していく、くだらない、おかしなアイデアの数々に、ディシアも思わず大笑いしていしまう。その雰囲気はまるで、幼い頃に父親から物語を聞いていたときのようだった。当時、父はいつもメンバーたちを集めて、英油単や乱闘の芝居で皆を楽しませていた。これといった目的もなく、ただ、寂しい砂漠の夜を盛り上げるために。
せっかく楽しい雰囲気だったのに、あのだらしないクソオヤジのことを思い出しちまうなんて…ディシアは興ざめに思って、誰にも気付かれないようにそっと口をゆがめた。
その夜、ディシアは「砂漠第一」や「血腥大剣」といった、面白いだけで何の迫力もない名前を立て続けに断った。
ーーそろそろお開きにしよう…所詮、あだ名なんてある意味、別称にすぎないんだ。砂漠のやり手っていうのは、何も虚名なんかで生計を立ててるわけじゃないーーディシアはそう思った。
その時、とある年配の傭兵が話に加わった。彼はまず皆の趣味の悪さを鼻で笑ってから、こう問いかけたーー「獅子の伝説を、聞いたことはあるか?」
もちろんディシアはそれを耳にしたことがあった。古臭い物語ならば、幼い頃、父から耳にたこができるほど聞かされてきたのだ。一度は父に関するすべてを忘れようともしたが、脳裏に深く刻まれた記憶をかき消すことは困難だった。
そうしてディシアが少しばかり気を散らしていた間に、なんと仲間たちは、すでに「世に響き渡るようなあだ名」を思いついていたーー「熾鬣の獅子」。
ディシアは獅子の伝説から連想してしまうあの人物のことが嫌いだった。そのため、その称号を受け入れるつもりもなく、断りの返事が今にも喉まで出かかった。しかし同時に、そんな些細な事で善意を無下にするのは、些か度量に欠けるとも思った。
もう自分とは関係のない人間を思い出したくないと言うだけで、その人物と関わりのあるすべてを避けなければならないものだろうか?いや、そんな必要はない。まして、あれらの物語がディシアにもたらした温もりは、紛れもなく本物だ。そのおかげでディシアは、世界に向けて足を踏み出し、自らの目で見て、感じることができているのだから。彼女の体感したことのすべてに、偽りはない。
ならば、こうしようーー「熾鬣の獅子」か。なかなか悪くない名じゃないか。


キャラクターストーリー4
ディシアは美しい。彼女を知るものならば、誰もがそれを認めるだろう。
息を呑むようなアイスブルーの瞳、日の光を反射して煌めく飴色の肌、そして彼女の軽快な歩調に合わせて颯爽と揺れる、黒と金色の髪ーーすべて、彼女が持つものだ。
砂漠の民にとって、綺麗でたくましい女性は生命力の晶蝶であり、賞賛されるべき存在だ。
ディシアも、自らの美しさをとても大切にしている。周囲の環境が許す限り、機を見つけては風呂に入り、汗の匂いがしないよう心掛けている。そして、暇さえあれば市場まで身の回りのものを買いに行くのだが、そんなときには必ず、パウダーアイライナーやフェイスパウダーをはじめとした化粧品を買って備えておく。彼女は毎日化粧をする習慣があるため、そういった消耗品はすぐになくなってしまうのだ。
傭兵は比較的荒っぽい集団だ。暴力に慣れきっており、自らを着飾ることに気を遣うことはあまりない。そんな集団の中で、ディシアのそういった習慣は些か目立ってしまう。中には仲間から理解を得られず、なぜそれらにこだわるのかと聞かれることもあった。
なぜかって…他に何がある?砂漠の男どもは往々にしてひどい臭いなのだ。靴を脱いだときの匂いなど、意識が飛んでしまうほどだ。
十日から半月も洗ってない足、むせ返るような酒臭さをを漂わせる口、それらを併せ持つ汗まみれの男。部屋の空気を濁すには十分だ。
そんな者たちが山ほどいる光景を想像できるだろうか…ディシアのような強者でさえも、彼らに近づこうとは思わないだろう。
見た目に気を遣わない仲間たちと自分を区別するため、雇い主に良い印象を与えるため、そして自らが常に美しくあるために、ディシアは多くの習慣を頑なに続けているのだ。
精一杯たくさん稼いだモラの一部を使って、自分へのご褒美に装飾品や化粧品を購うのは、至極当然のことである。
武器、敵、ビジネスといった、疲弊するものに囲まれた毎日の中で、それらのちょっとした繊細さとやさしのみが、張り詰めた弦を緩めさせてくれるからこそ、彼女は柔らかな気持ちで未来の生活に期待できる。
ディシアはたしかにとても強い傭兵だ。だが傭兵である前に、彼女はとても美しく、何ものにも縛られない一人の女性でもあるのだ。


キャラクターストーリー5
一度砂漠を離れれば二度と帰らない者たちとは違い、ディシアは常に自分が砂漠の出身であることを誇りに思っている。しかし、この生まれが彼女に多くの不便をもたらしたことも事実だ。彼女は多くの「エルマイト旅団」の傭兵と同じように、系統立てられた教育を受けたことがなく、武力と砂漠で生き残るための知識を除けば、複雑な技術を何一つ持たない。
それが砂漠の民の限界であることを、ディシアはよく理解している。彼らの精神力と求知心は、とっくの昔に強風と熱砂に蝕まれてしまったのだ。もしもディシアが、知恵によって作られた教令院の創造物を見ていなかったら、モンド産の美酒を味わったことがなかったら、璃月で造られた精巧な器やフォンテーヌ人の機械技術に出会ったことがなかったら…おそらく彼女もこのような生活における限界というものを、深く認識することはできなかっただろう。
こと勇敢さにおいて、荒々しく勇ましい砂漠の民に、雨林の民は敵わない。忍耐においても、風蝕地をボロボロに傷つけるほどの強風が吹き荒れる中で、一代また一代と生活を営んできた砂漠の民の頑強さは、山や石にも勝ると言えよう。
しかし、視界の先にあるものを見据えることができなければ、砂漠の民は永遠に砂の中を手探りで歩むしかない。稼いだモラを美酒や美食に使えば、僅かな財も簡単に食いつぶされて、乾いた砂に落ちるように消えてゆく。変化を追い求めることの重要さを知る、ごく一部の聡明な者でさえ、より良い生活を手に入れた途端、古く老いた砂漠のことは忘れて、己のことしか考えなくなる。
「どうしてもっと優れた、賢い人間になろうとしない?どうしてあたしたちは、命懸けで力を尽くすことでしか、マシな生活を手に入れられないんだ?」――
砂原は彼らを育むと同時に、彼らを制限してきた。砂漠の民がこの制限から解放されることこそ、ディシアの願いなのである。今も彼女は、この先どうすべきかについて考え続けている。
どこまでやれるかは、個人の意志だけでどうにかできるものではなく、ディシアもそれをよく理解している。だがそれでも、彼女は機会を見つけては砂の中へと希望を送り、そこに生きる人々のために尽くそうとする。
彼女は、己の帰るべき場所が黄砂であることをけっして忘れない。


獅子の物語
クセラによれば、一度獅子が吠えれば、烈日さえも震えるらしい。
幼いディシアは本物の獅子を見たことがなく、彼の話にはすべて耳を傾けた。
烈日が如何にして大地を焼き、泥を粉末と化したか、クセラは生き生きと幼いディシアに話して聞かせた。地表の空気は灼熱の太陽によって歪み、獅子の燃えるような熱い地を駆ける。雄叫びをあげながら追いかけてくる獅子に、太陽ですら為す術はなく、やがて姿を消してしまう。
獅子とは、それほどまでに強大な動物なのだ。
幼いディシアはそれを聞いて、夜のキャンプに灯された焚き火よりも明るく瞳を輝かせた。
「そうだな…」、クセラは辺りを見渡し、やせ細ったメンバーを捕まえて例をあげる。「こいつみたいな体格のやつなら、獅子一頭だけで、十人は相手にできるだろう」
「じゃあクセラは?クセラは獅子に勝てる?」
「どうだろうな…だがおれにはテクニックがある。たぶん勝てるかもな。」そういった彼はとても真面目ぶった表情で、ホラを吹いている気配はまったくなかった。
「獅子が突っ込んできたら、こうして…一瞬しゃがみ込んで、そいつの体の下に潜り込むんだ。そして…ナイフで腹を掻っ捌く、それでおしまいさ。」
話だけでは飽き足らず、クセラは成員の一人に獅子を演じさせ、獅子を仕留めるところをディシアに見せた。しかし、皆演技が下手すぎて、獅子の咆哮にも勢いがないどころか、まるで犬の鳴き声のようだった。
しかし幼いディシアは驚かなった。
クセラとはそういう人なのだから、彼の話をすべて真に受ける必要はない。
もしそんなことをすれば、損をするのはこちらなのだから。こんな時は、彼と一緒に笑えばいい。
ただ、獅子の物語は確かに、彼女の心に爪跡を残したのであった。
そして、長い年月が過ぎた。仲間たちと「世に響き渡るあだ名」を決めていたとき、ディシアは獅子と聞いて、その古い物語とそれを演じたクセラのことを思い出した。
しかし当時のディシアは既に父と縁を切っており、和やかな気持ちでその記憶を振り返ることはできなかった。
今になって、ようやくクセラのの思いを理解したディシアであったが、故人はすでに、永遠の夢の世界へと逝ってしまった。
これは、彼女の人生における取り返しのつかない後悔だ。だが、良いほうに考えよう…砂漠で暮らしていくには、何事も良いほうに考えなくてはならないのだから。ーー今、彼女は父から聞いた物語を素直に、そして満足げに話すことができるようになった。
幼い頃の記憶を思い返すたび、ディシアはふいに目を輝かせる…まるで夜のキャンプに燃えていた、あの焚き火のように。
彼女は真の獅子となり、クセラの語った物語は、彼女の中で生き続けるのだ。


神の目
実は、ディシアはこの「神の目」をいつ手に入れたのか、よく覚えていない。おそらくは、独立して間もない頃のことだろう。
当時、彼女が毎日考えていたことはただ一つ――強くなることだ。
彼女は傭兵である。実力が足りなければ、十分な数の依頼を受けることはできない。そうなればモラは稼げず、食事にもありつけないのだ。
そんな節目の時期に、「神の目」は降臨した。当時のディシアは金に困っており、それを売り飛ばすことさえ考えた。
この光り輝く装飾品は、神の恩恵を受けている証明なのだと人々は言う。しかしディシアはこう思った――どうせくれるなら、目先の報酬を得るのにも役立たないこんなガラクタよりも、毎日モラをくれたほうがマシだった、と。
確かに神の目は元素力を操るのに役立つが、真に戦闘の勝敗を決めるのは、戦闘テクニック、判断力、策略、そして身体能力といったことなのである。
傭兵の歴史には、神の目を持たずして、努力のみで強者になった有名な戦士が山ほどいる。
ディシアには分かっているのだ。もし神の目を持っているだけで、己が神の眼差しをも受けられる存在なのだと勘違いし、思考を止めて目の前のものを大切にしなくなれば…敵にやられるよりも先に、過酷な砂漠がその代価を支払わせるのだ、と。
後に彼女が経験した出来事は、神の力にも限界があるということをさらに証明するものであった。偉大な力と偉大な知恵を持っていたとしても、神は束縛を受けることがあるのだ。
ディシアは自身の神の目を気に入っているが、その眼差しだけで神の狂信的な信徒になることはあり得ない。
彼女は武器を振るって生き残る傭兵であり、そういう者が最も信頼するのは、今までにくぐり抜けてきた無数の戦いで流した、汗水のみなのである。

ティナリ

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キャラクター詳細
アビディアの森を通る者は、たまに特別なレンジャー長に遭遇する。
その特徴は大きな耳と長いしっぽ、そして年若い顔立ちだ。よく見なければ、森に生息する珍しい生き物と勘違いしてしまうかもしれない。
しかし彼と接してみれば、凛々しく引き締まった、落ち着きのある話し方をするとすぐ気付くだろう。
「ちょっと待って、その装備を見るに、スメールシティを目指している商人だよね? 方向が違うよ、早く戻っておいで!」
「ほら、振り返ってあっちを見てごらん。植物が密集し、湿度が高い。どう考えても、シティへ向かう道じゃないでしょ。」
「あれ、水筒が空っぽじゃないか。」
「ほら、僕のを分けてあげる。綺麗な飲用水が雨林では必要ないと思ったら大間違いだよ。」
「野外で変な水を飲みでもしたら、あとでスメールシティの『ビマリスタン』のベッドで目覚めるかもしれない。」
「もちろん、それが君の計画していた『ルート』なら、大した発想だけど。」
一連の指導が済んだ後、気がつくとその迷子になっていた通行人は無事に誘導されている。
「その…ありがとうございます! で…ですが、あなたはいったい…?」
自分より頭一つ低い身長のレンジャー長に深々とお辞儀する旅商人を見て、レンジャーたちは堪えきれず大笑いした。
「あははっ…この人は、僕たちの大…えっと、ティナリレンジャー長だ。」


キャラクターストーリー1
もっとも基本的な雨林の整備以外にも、レンジャー長は多くの人為的な問題に遭遇する。
占拠され好き放題にされている拠点、植生を邪魔する小屋の建設、汚染源となる生活ゴミの山、完全に消火しきれていない焚き火…
これらは目の前の状況を解決するだけでなく、問題を起こした者にも少しばかりの教育が必要だ。しかし、その教育が正しく伝わらないことも多い。
こういったことは、ティナリがレンジャー隊に加入してから大きく改善された。
その理由の一端が、学者気質ゆえに弁が立ち、容赦なく問題を起こす者に「説教」をする点にある。
そして、それ以上に重要な部分が、ティナリの説教は相手が一番理解しやすい形で、正確に、正しい理由を伝えるからだ。
ティナリにとって、こうしたサバイバルガイドも知識の一種であり、他人にそれを理解させるには技術が必要だと考えている。
また事務的にアドバイスするより、相手の間違いと問題点、そして利害関係を指摘するのが有効だと彼は考えている。
それゆえ、ティナリは教令院が推している「アーカーシャ端末」に対して、かなり批判的だ。
知識は本来、あらゆる生き物が持つ宝であり、その共有を制限して、生存するための単なる道具になってはならない。知識に興味を抱く者がいれば、温かく迎えるべきなのだ。
ただ残念ながら、若き学者であるティナリには、教令院に立ち向かえるほどの力がない。今のところ、限られた範囲で出来ることに尽力するのみである。
そして同時に、現実は必ずしも理想通りにはいかないーー
そのためアビディアの森では、今もティナリに説教される不運な人々がよく見られる。


キャラクターストーリー2
ティナリがガンダルヴァー村に来た当初、彼はまだ他の者と変わらないレンジャー長の一人だった。
「教令院のおかしな『大プロジェクト』に参加するよりも、自分の知識や学んだことを活かして雨林の環境を改善したほうが有意義だ。」
ーーこれはアムリタ学院を卒業すると同時に教令院を離れ、レンジャー隊に入ったティナリの初志である。
しかし入って数日で、レンジャー隊の中にも色々と問題があることに気付いた。
メンバー全員に雨林を守るという情熱はあるものの、レンジャー隊全体を見た時、合理的な規律や科学に基づいた指示が欠けていたのだ。
何かを変えるには必ず困難に直面する。だが、それを放置するようなティナリではない。
並外れた行動力を持つティナリは、すぐに状況の改善に取り掛かった。
科学的な観点を用いたパトロール日誌の作成、一人一人の長所に応じた任務の割り当て、メンバーに対して定期的な博物学の講義…
レンジャーたちの協力の下、アビディアの森でのパトロール効率はどんどん上がっていった。特にガンダルヴァー村付近の効果は著しかった。
気が付けばレンジャーたちの目には、この博識で行動力のある学者が「リーダー」として映っていた。
そんなある日、仲間たちが自分の呼び方を変えたことにティナリは気付いた。
「大レンジャー長!今日の日誌を書き終えましたのでご確認ください。」
「大レンジャー長!チンワト峡谷付近で小さな包みを拾った、遺失物保管所に置いときますぜ。」
「まったく、サグったらどこ行ったの…大レンジャー長、見かけませんでした?」
最初はメンバーたちの呼び間違いだと思ったが、何度も聞くうちにティナリも訝しむようになった。
「うちに『大レンジャー長』なんて肩書きはあっただろうか?…ああ、もしかして『大マハマトラ』の呼び方を真似たとか?」
…これについて、何があったか過程は省略するが、ティナリの強い要望により呼び方はまた「レンジャー長」、「師匠」、「ティナリ先生」へと戻った。
「『大レンジャー長』なんて大げさだ。僕にそう呼ばれる資格なんてないよ。」
これはティナリが実際に口にした理由である。
「なんて恐ろしい。誰かさんが言ってた『大マッハマシン』なんていうダジャレを思い出してしまった…」
これはティナリが言葉にしなかった、もう一つの理由である。


キャラクターストーリー3
森のとある色鮮やかな花がスメール人の間で流行し、多くの人が好んで買っては部屋に飾るようになったーーそんな流行が徐々に広まった時期がある。
しかし残念ながら、この類の花は雨林を離れると咲き続けることが非常に困難になり、摘んだ後は一、二日しか鮮度を保つことができない。
枯れ始めた花はいつしか捨てられ、大地の上で腐敗していき、誰の目にも無残な姿として映るようになる。
このままでは当然よくない。またゴミや汚染といった問題だけでなく、長期的に見れば雨林の生態系を崩す一因にもなりかねなかった。
レンジャー隊のメンバーたちが頭を悩ませていた時、ティナリがシティで花を売る露店に協力を持ちかけた。
レンジャー側が人員を割いて、露店の主人に代わって花の収集を無償で行うというのだ。その代わり、花の状態が悪くなる二日目にそれを主人に返却すればチケットがもらえ、その三日後にドライフラワーと交換できるようになると、客に持ちかけて欲しいと伝えた。
ドライフラワーの装飾品はもちろん、ティナリの指示のもとレンジャー隊メンバーが作って提供する。その費用はチャリティーショップのように、払うかどうか、いくら払うかを購入者の判断に委ねた。
このお金の一部は花の回収に協力してくれた露店の主人への謝礼となり、残りはレンジャー隊が雨林を整備する際の資金となった。
この案は順当に進んだ。露店の主人は雨林の深くまで入らずとも花が手に入り、収入も増えた。レンジャー隊は科学に基づいた方法で花を摘む工程と量を管理し、同時に臨時収入を得た。購入する側は新鮮な花を短期間楽しむことができ、その後は長期間保存できる記念品を手に入れることができた。
結果を見れば皆が満足しているが、レンジャー隊は「どうして、この類の花を摘むのを禁止にしないのか?そのほうが簡単に解決できたのではないか?」と疑問の声を上げた。
これを聞いたティナリは首を横に振り、耳を揺らした。
「そんな単純な方法ではいけない。強制的に規則を設ければ、融通の利かない教師が学生に押し付けるかのように、理解されないばかりか反発を招くことになる。」
「そうなってしまえば、レンジャー隊の評判はともかく、花の密売人が現れて解決するのにより苦労してしまうよ。」
「それに流行は常に変化するものだ。心配しなくとも、人々が他に目を向けるまでそう時間はかからない。」
この言葉はとても理に適っており、レンジャー隊はすぐに納得した。特にコレイは首を一番強く縦に振っていたという。
「師匠から教わった方法で作ったドライフラワーは、子供たちの間で大人気なんだ!」


キャラクターストーリー4
ティナリの同族は数が少ない。またその行動には定まりがないため、人付き合いが嫌いだと思われている。
しかし、ティナリはどうやら違うようだ。
彼は学問に没頭していたため、人間関係に特別気を遣っていたわけではないが、偶然が重なり多くの仲間と出会うことになった。
教令院の学生時代、ティナリは成績が優秀だったため、多くの学生から課題の相談を受けた。講義が終わると、よく記念写真を撮ろうとも持ちかけられた。
ティナリは少し戸惑いはしたものの、それらにすべて応えたという。
その結果、「ティナリは何でも知っている上に、とても付き合いやすい人!」という印象が広まり、彼のもとを訪れる人がさらに増えた。他の学院の学生からも協力の依頼が来るほどだ。
ある日、ティナリの「人気」は大マハマトラ、セノの目にも留まったーー
徒党を組み、勢力を形成している…まさに学術を腐敗させる前兆の一つだ!
しかし、長期に渡り密かに観察した結果、ティナリが人から声をかけられるようになったのは、あまりにも「いい人」であるからだとセノは気付いた。
そして、ティナリ自身は学問に心血を注いでいるため、人から誘われることにあまり乗り気ではないことに気づく。
たとえ協力の依頼を引き受けたとしても、それは研究を優先した上での結果であった。
最終的にセノは、このような結論に辿り着く。「彼は正直で信頼できる人材だ。決して学術の腐敗をもたらすことはない、警戒する必要もないだろう。」
そんな純粋な印象を受け、知識や学者を故意に遠ざけていた大マハマトラも警戒を解き、ティナリとの親交を深めていった。
そして、このような縁が重なった結果、ティナリは新たな仲間を迎えることになるーー
「この子は…『コレイ』というんだね?」
「文字が分からなくても大丈夫、そう落ち込まないで。誰だってゼロから学ぶんだ、君は他の人と何も変わらない。」
「最初の授業は、自分の名前の書き方からにしよう。」


キャラクターストーリー5
研究を好む者は誰しもーーそれを楽しんでいるかどうかは別としてーー未知なるものへの好奇心を持っている。
ティナリも例外ではない。そんな彼の好奇心は、生まれ持ってのもののようだ。
同年代の子供たちがまだ童話を読んでいるような時期、ティナリはすでに両親の学術書を物色していた。
昆虫を研究している父から総合的な教科書を借り、古生物学者の母の部屋からはこっそりと化石の図面を持ち出したという…
こうして、幼いティナリは自分の尻尾を引きずりながら、理解できたりできなかったりする知識を大量に蓄えていった。
しかし、ティナリは知れば知るほど、「知りたいと思う未知の世界」が広がっていった。
例えば、どうして他の人は自分や家族みたいに耳や尻尾がないのか?
家にあった古書をすべて探し回ったティナリは、先祖が残した「ワルカシュナ」に関する手記を見つけた。
記録によると、ワルカシュナはかつてキングデシェレトの配下であり、広大な砂漠に住む種族だったらしい。
その多くは明るい色の毛と放熱のための大きな耳を持っていたようだ。
その後、厄災によってキングデシェレトの国土は滅びたが、ワルカシュナは草神の恩恵により生き残り、毛が緑色になった。
「…記載によると、『ワルカシュナ』はキツネ族に似ているようだが、その名の本当の意味は『砂漠の大型犬』だそうだ。」
「森と関係の深い人間の友人によると、『アランナラ』という小さな生物が『ワルカシュナ』の命名の由来になっているという。」
「なんだって!」ここまで読んだ幼いティナリは驚いて声を上げた。「僕は『砂漠の大型犬』だったのか!」 しかし実際は違う。ティナリの先祖はワルカシュナと共に生活しており、共生関係にあったため今のような血筋になったのだ。
だが、好奇心に駆られた小さな子供の目には、そんなことは関係ない。ティナリはすぐ父親に、次の砂漠への探検に自分も連れて行ってほしいと頼んだ。「砂漠の大型犬」は、砂漠を見てみたくなったのだ。
しかし、この話には予想外の結末が待っている。砂漠の中を数メートルも歩かないうちに、ティナリは日光に耐えられずにすぐさま雨林へと戻されたのだ。
「どうして…」ツリーハウスで意識を取り戻した幼いティナリは、深く悲しんだという。「『砂漠の大型犬』は、僕の代で退化してしまったのか。」 長い年月を経て、ただの子供から頼もしい学者へと成長したティナリ。この過去の出来事も笑い話となった。
今のティナリには、「アランナラ」という小さな生物がなぜそのような命名をしたのか、そしてどうして自分は砂漠の暑さに弱く、気絶してしまったのかを理解している。
前者は極めて単純だ。狐と犬は生物学的には同じイヌ科であり、この名前を付けたアランナラが特別博識だったというだけだろう。
後者については…認めたくはないが、当時自分の頭を撫でながら、父が笑顔で言っていたことが原因なはずだーー
「この黒のように濃い緑。砂漠の暑さには、きっと耐えられないだろうな!」


初心者用虫メガネ
幼い頃のティナリは、雨林を一人で探険する時に虫メガネを持ち歩く習慣があった。
それは母から貰ったプレゼント。軽くてシンプルで、子供でも扱いやすいものだと一目で分かる。
「あなたの耳なら遠くの音が聞こえるはず。だから、この虫メガネを使ってより小さなものを観察してみて。」
ティナリはこの虫メガネを使って、葉の裏の毛や蝶々の羽の鱗粉、雨林に住む蛇の痕跡などを観察した…
このような小さな観察、記録、考察を経て、彼は教令院でも最大のアムリタ学院へと早期入学し、生論派の賢者と共に本格的な学問の旅を始めることになった。
ティナリは使い込んで傷だらけになった虫メガネを、真新しい教令院の招待状の上に置き、頬杖をついてしばらく考え込んだ。
やがて、幼い頃から共に成長してきたこの虫メガネを、装飾品へと丁寧に作り変えて服に付けた。
教令院に入ればより深遠な書物を読み、より繊細な器具に触れることになる。初心者用の古びた虫メガネを使うことはもうない。
しかし、これは知的好奇心を常にくすぐってくれる仲間だ。これからも広い世界を共に見て、一緒に歩み続ける存在である。


神の目
教令院では学ぶ者も働く者も、必然的にさまざまな学術会議に参加することになる。
学術会議では講壇に立って雄弁に語る人と、熱心に耳を傾ける聴衆の姿が見られる。
しかし、広大な知識の海を探検する時、それに比べて取るに足らない存在である「知識の探求者」が、永遠に間違いを犯さないなどあり得るだろうか?
ティナリが出席したとある会議で、彼の知識とは矛盾する内容があった。
当時、ただの傍聴者に過ぎなかった学生のティナリ。無意識に周りを見渡したが、仲間や先生たちはその間違いに対して無反応だった。
どうするべきか?誰もがその誤りに気付きながらも、相手の面子を考えて発言していないのだろうか。
それとも、この誤りは自分しか気づいておらず、ここで訂正しないと間違った知識が広まってしまうのではないか…
ティナリは一瞬迷った後に決心した。
身分とその場の空気という障害が立ちはだかったが、知識に対する真摯な思いが勝ったのだ。
知識は、夜空に輝く星のように何ものにも揺るがされないもの。
そう思いながら、ティナリは手を挙げたーー
「すみません、少しいいでしょうか…」
壇上の学者は、下から聞こえてきた子供っぽい声に少し驚いたが、すぐにティナリの発言を許可した。
結果、ティナリの行動は正しかった。
講壇に立つ学者はその説明に耳を傾けた上で、素直にティナリの指摘を受け入れた。
彼らの対話を聞いていた他の学生や先生も発言をし、その会議で議論されていたテーマについて、新たな方向性を見出すことができた。そしてティナリは、何名かの著名学者たちから名刺をもらうことになる。
一段落して、ティナリは心の中で「ふぅ」と深く息を吐いた。
共に学問を論じる相手が、知識を真剣に考える人たちであったことは幸運…いや、とても喜ばしいことだ。
この時のティナリは、さらなる幸運が待っていることに気づいていなかった。
会議が終わり、ティナリが傍聴席から立ち上がる、すると「カラン!」と軽快な音が響いた。
ーーそれは服から神の目が滑り落ちた音であった。

ディルック

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キャラクター詳細
詩と酒の城として、モンドの造酒業は全大陸に名を馳せていた。
「アカツキワイナリー」のオーナーであるディルックは、モンドの造酒業の半数を握っている。それはつまり、金の流通と酒場に流れる情報も握っているということだ。
ある意味、彼はモンドの無冠の王と言えるかもしれない。


キャラクターストーリー1
モンドの空気は常に酒の香りが漂っている。
その香りの源を辿るとディルックの「アカツキワイナリー」に行きつく。
木でできた看板には、ワイナリーの名前が書かれており、その下に小さく「始まりから終わりまで忘れない」と書かれている。
人々はこの言葉を、ワイナリーの酒は最初から最後まで美味しい、まるで朝日の光のように希望に満ちていると解釈している。
そして、実務に励む西風騎士たちはそれを見て、ワイナリーとモンドが助け合った歴史を思い出す。
ワイナリーでは時折、パーティーが開催される。そして酒が進むにつれ、未だ独身の貴公子に、娘を紹介しようとする人も少なくないが、その多くは周りにからかわれるだけだった。
「ディルック様が仕事と結婚したおかげで、我々は美味い酒が飲めるんだ!」
相手が誰であろうと、どのような用件であろうと、ディルックの対応はいつも完璧だ。
色々な意味で、ディルックは完全無欠な紳士である。


キャラクターストーリー2
ディルックは、過去を口にすることを嫌う。
「もしディルック様が、まだ騎士団にいたらいいのにな」
ベテラン騎士は酔っぱらうと、時にそう嘆いてしまう。
それはかなり昔のことだ。ディルックの父親、ワイナリーの先代オーナークリプスは、息子にモンドを守る騎士になってほしいと願っていた。
父親の願いを叶えるべく、ディルックはラグヴィンド家の家訓の元、自分を厳しく鍛えた。騎士団の試練を通過し、モンドを守ると誓いを立て、ディルックは騎士となった。そして、最年少の騎兵隊隊長として抜擢される。
数え切れないほどの任務と見回りの中で、モンドの人々はこの情熱に満ちた騎兵隊長ディルックのことを知った。
どんなに大変な任務でも、騎士の気概と熱意は色あせない。どんなに難しい挑戦を前にしても、鋭い剣のように最前線で活躍する。仲間と民衆の笑顔と称賛は、赤髪の少年の決意をより固くした。
しかし、最も大切なのはやはり――
「よくやった。さすが私の子だ」
父親の褒め言葉は、ディルックの胸に炎を灯すように、彼に前進する力をくれた。
「信念」は彼の心の中で熱く燃え続ける。
――あの時のディルックはそのような少年だった。


キャラクターストーリー3
「人生は、時に一瞬で変わる。」
ディルックの騎士人生は、父親のその言葉によって終わりを告げた。
あの日、恐ろしい魔物が彼と父親の馬車を襲った。
あまりにも突然で、西風騎士団に連絡する余裕すらなかった。そして、強大過ぎる魔物を前にして、若き騎兵隊隊長はなす術がなかった。
この遭遇戦の結末は、ディルックの予想を超えた――神に認められなかった父親が、騎士になれなかった父親が、見たことのない不吉な力を操り、魔物を倒した。そしてその後、彼は邪な力の反動により、ディルックの腕の中で死んでしまった。
悲しみと疑惑を抱え、西風騎士団に戻ったディルックが、当時の督察長から受けたのは「真実を隠せ」という命令だった。
騎士団の名誉を守るため、父親の死は「不幸な事故」として発表しなければならないと。
この馬鹿げた命令を聞いた時、ディルックは弁解しようとすら思わなかった。
世界は信念のある人を裏切らないと、父親は言った。
しかし、それならなぜ、自分の信念は西風騎士団にとって何の価値もないのか?そして父親は…最期、「信念」をどう捉えたのだろうか?
ディルックは「神の目」を含めた全てのものを捨て、騎士団を辞めた。
彼は父親の仇を取り、そして、父親が使ったあの邪な力が、一体どこから来たのかを究明すると誓った。


キャラクターストーリー4
騎士の肩書きと「神の目」を捨てた後、ディルックはワイナリーの業務をメイド長に任せ、一人でモンドを出た。七国を巡る旅の中で、ディルックは自身の求める秘密に徐々に近づいた。
全ての手がかりは「ファデュイ」――巨獣のような大組織に繋がっている。
彼らは「神の目」の模造品「邪眼」を密かに作り出した。それは、使い手を侵食するものであり、父親を殺した元凶でもある。
父がこんなものを探し求めたのは、正義を貫く力を手に入れたかったからだろうか?
今となっては、ディルックにそれを知るすべはない。しかし真実を全て知る前に、退きたくはなかった。
荒野で生きる鷹のように、ディルックは殺戮と狩りの旅を続けた。数え切れないほどの戦いの中で、体が傷だらけになっても、彼の気持ちが揺らぐことはなかった。そして、彼の実力も戦いの中で磨かれ続けた。
しかし「ファデュイ」の11人の執行官も只者ではない。ディルックが何度もファデュイの拠点を破壊した後、執行官が彼の元にやってきた。
生死の境をさまよった彼を、北大陸から来た地下情報網の観察者が助けた。
観察者曰く、自分はディルックを長い間「観察」し、そのやり方を認めているとのことだ。
命拾いしたディルックは長い怒りから目覚め、自分のやり方を見直すことにした。その後、彼はその地下情報網に加入した。
騎士団に入った頃のように、ディルックは最も真剣な態度で全てに臨み、自身の天賦の才で情報網の上層部に近づいていった。
地下情報網では、自ら名誉や身分、名前すら捨てた戦士はいくらでもいる。
彼らと長く過ごしたディルックは、父親の死で打ち砕かれた信念を取り戻すことはできるのか…?


キャラクターストーリー5
「始まりから終わりまで忘れない」――この言葉の背後の物語については、たくさんの見解がある。だが、ディルックにとってそれは一つの単純な意味だった。
「すべての罪悪を駆逐する。
凡庸の人生だが使命を忘れるな、真のアカツキはまだ来ていない」
ディルックの一人旅は3年も続いた。
4年後、青年になったディルックはモンドに戻り、家業を継ぎ、「アカツキワイナリー」の新たなオーナーとなった。
4年の間に、イロックは反逆者と認定され、騎士団に粛清された。大団長ファルカは遠征し、新しい副団長ジンが「代理団長」を務めることとなった。
「アカツキワイナリー」のオーナーの帰還は、モンドの一大事になるはずだったが、今回はそうでもなかった。
それは、当時のモンド人の注目の的は全て、裏でモンドを護る謎の「守護者」に奪われていたからだ。
その者は、時折漂う焦げた匂いと夜に閃く赤い影しか確認されていない。
モンド人をずっと困らせた魔物が死体となって、荒野で発見された。指名手配の盗賊が、神像に吊り上げられていた。西風騎士団全員で出動し、倒そうとしたアビスの魔術師がすでに死んでいた…
酒の肴として、この守護者の実績はモンド人の間に広がっていった。そして最近、彼に呼び名がつけられた――「闇夜の英雄」。
傍から見ると、ディルックはこの英雄に好意を抱いていないらしい。この名前を聞く度に、彼は思わず眉間にしわを寄せた。
酒造組合会のエルザーは、真実を知るごく一部の者だ。彼は一度、密かにディルックに聞いたことがある。「暗夜の英雄」に対する嫌悪は、騎士団に疑われないための演技か?
ディルックはいつものように眉間にしわを寄せ、仕方なく答えた。
「名前のセンスがひどすぎるんだ」


アカツキワイナリーのアップルサイダー
モンドの酒造業を取り仕切るディルックは、酒が好きではない。
ディルックのリクエストに応じて、「アカツキワイナリー」は数々のノンアルコールドリンクを開発した。それは、酒以外のドリンクを飲みたいモンド人から大好評を得た。
特に「アップルサイダー」と名付けられたフルーツ味のドリンクは、毎月の売上が蒲公英酒に匹敵する程である。
酒へのこだわりが高いため、ディルックは人前では、どこにでも売っている普通の酒を飲んだりしないと思う人がいる。
また、酒がディルックに亡き父を連想させるため、飲まないのだと言う人もいる。
度重なる質問に、ディルックはこう説明した。アルコールを摂取すると眩暈が起き、「日常の仕事」に支障をきたすから。
理解不能なことに、ワイナリーのオーナーとして、日常生活において酒を一滴も飲んではいけない理由とは一体何なのだろう?


神の目
クリプスの人生には、2つの悔いが残っている。1つは騎士になれなかったこと。もう1つは「神の目」を授からなかったこと。
そのため、ディルックが「神の目」を手に入れた瞬間、彼は自分と父の理想がやっと神に認められたと思った――自分はやっと、父の期待に応えられた。
数年後、ディルックの父は暗い日に亡くなった。「神の目」の中に燃える期待と理想は、あの夜の大雨に消された。
善良な正直者でも、何の前触れもなく亡くなる。正義を守ることとは、所詮こんなものか?
「神の目」は騎士になることと同じだ。何の役にも立たず、大切なものも守れず、ただ見捨てられる。
自分の弱さに気づいた時、「神の目」は邪眼のような厄介者になった。
偽りの美名は必要ない。彼が欲しがったのは、全てを燃え*尽くす炎と揺るぎない信念であった。信念だけが、真相を探求する人を呼び起こせる。炎だけが、正義を封印する氷を溶かせるからだ。
モンドに戻った後、「神の目」もディルックのそばに戻った。洗練されたディルックは、父の意思を継いだ英雄になった。毎晩、彼はモンドのために裏で戦っている。
彼は過去を語らないが、否定もしない。
人生の道に迷う人にとって、「神の目」は神から授かった導きの灯りかもしれない。
だが、強い信念を持つ人にとって、「神の目」は力の延長、意思の具現化、経歴の勲章と過去を振り返る標識である。

ドリー

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キャラクター詳細
「ドリー・サングマハベイーーアルカサルザライパレスの主にして、すべてを有する万能なる大商人!」
ドリーの名刺を手にとると、そのような文言が堂々と書かれている。
事実、彼女はスメールに数いる商人の中でも最も特別と言える人物だ。
すでに数えきれないほどの富を有しているが、それでもモラを稼ぐことに高い情熱を注いでいる。
彼女は名高いキャラバンを数隊所持しているものの、自らの足でスメールを回り、品物を売っている。
そんな彼女が扱う商品は、実にバラエティに富んだものだ。特製の旅行バッグ、野外用乾燥機、全自動雪玉ランチャーなど…その品揃えの良さは、モラさえあれば何でも買うことができるほどである。


キャラクターストーリー1
「あらあら、お客様は砂漠を目指していますの?では、こちらの上質な品はいかがでしょう?」
「雨林は湿度が高く、毒蛇や猛獣がたくさんいますわ。万全の準備をするに越したことはありませんの。さあさあ、こちらの道具はいかがでしょう!今ならちょうど20%オフのセール中ですの!」
「おや、お待ちください、お客様。まさか、ここを通るおつもりで?この先には魔物がうようよといますの。護身用に武器を買ってはいかがでしょう?」
「アクタモンエプタ王遺跡に行きたいと?でしたら、私に聞いて正解ですの。まずは採水道具一式が必要になるかと。ふふっ、ちょうど私が扱っていますの。」
スメールを旅する者の間では、このような話が伝わっている。
危険な場所に足を踏み入れようとすると、まるで待っていたかのように小さな人影が現れる、と。
険しい山脈、不毛な砂漠、暗い雨林、そして魔物が跋扈する無人地帯、どんなところに行こうとも彼女の微笑む姿が見られる。
そして、彼女はいついかなる時も、旅する者を苦境から助ける不思議なお宝を持ち歩いているそうだ。
ーーもちろん、値段は決して安くない。
「絶望的な状況から助かること」と「大量のモラを失うこと」という全く異なる二つの感情がぶつかるため、旅をしている者は彼女に対して愛憎両方の複雑な感情を持っているようだ。
そしてドリーはいつも、彼らの悩む顔を無視して、受け取ったモラをパンパンに膨らんだ財布に詰め込むと笑顔で帰っていく。
「毎度ありですわ、うふふっ。」


キャラクターストーリー2
他人から見れば、ドリーの商売は順風満帆に映るだろう。だが、誰も想像できないような問題に何度も遭遇してきたことを、ドリーだけは知っている。
ある時、スメール各地からドリーに注文が殺到したことがあった。しかし、ドリーはそれほどの量の品を予定通りに納品することができなかったのだ。
その理由は、周辺の貿易ルートに大量の物資を運べるような広さがなかったからである。
商隊のメンバーは、一部の注文を断るようドリーを説得した。仮に断ったとしても安定した収入があり、このまま続けていればやがて大金持ちになるのは間違いない。
だが、ドリーは非常にリスクのある行動に出た。妙論派と提携をして、危険なエリアに新しい貿易ルートを開拓したのだ。
彼女はこれら新しいルートを周辺の商隊に開放すると、それを機に商会を設立して資源の統合を行い、ついには問題を打開したのである。
今ではドリーの新しい貿易ルートはスメールの各地で見られる。「サングマハベイ様」の名声は高まる一方となった。
それと同時に広まったのが、当時ドリーがキャラバンのメンバーに放った言葉だ。
「注文を諦めるなんて、おバカなキノコしかやらないことですわ。」
「稼げるモラは余すことなく稼ぐ、なぜならそこにモラがあるからですの。」


キャラクターストーリー3
かつてドリーは、ひどい不眠症に悩まされたことがある。特に理由はないのに夜になっても眠れず、次の日には濃いクマを目の下にこしらえて商会に行くことがよくあった。
もっとも腕の立つ医者に診てもらっても原因が分からず、精神を安定させるお香を焚いても眠れないーーむしろ咳が止まらなくなったほどだ。
そんな時、通りすがりの医師がドリーにこう言った。
「砂時計をベッドの横に置いて、砂が落ちる音を聞きながら眠りにつく人がいるそうだ。」
ドリーはそれを何日か試してみたが、それも効果はなかった。だが、ふとひらめいて彼女は特大の砂時計を特注する。
その中身は砂ではなく光り輝くモラ。
夜、モラがぶつかる音を聞くことで、ドリーはぐっすりと眠ることができた。
それ以降、ドリーは「不眠症」への対策を完璧に理解した。
「ぐっすり眠る秘訣は、自分を安心させることですわ。」


キャラクターストーリー4
モラへの思いが人一倍強いからか、ドリーはモラ以外にも「モラをもたらしてくれる存在」に興味を示す。
例えば、彼女の商隊が荷物を運ぶのに使っているのは主に駄獣だ。そこでドリーは駄獣が休んでいる間、自由に走り回れる「楽園」を作った。
そして彼女は、駄獣たちが強く美しく育つよう、栄養バランスの良い上質な餌を厳選した。
もちろん、敏腕商人である彼女は商機を一切見逃しはしない。
種類の異なる駄獣が共に遊んでいるのを見て、この楽園は面白いものだと気づいた。ドリーは楽園に観光客を呼び込み、チケットや飲食物、お土産を販売して早々に元金の回収に成功したのだ。
彼女の駄獣への愛情は本物であり、それで小さな儲けを得たのも事実である。
この点においてもっとも説得力を持つのは、ドリーのランプに潜んでいるジンニーだろう。最初はドリーに騙されてランプの中に入ってしまったが、今ではずっと離れず傍にいる。
戦いのたびにドリーに呼び出されるが、戦いが終われば、ドリーはジンニーの願いを叶えている。
ジンニーはたまにこう思う、言い伝えにある物語は逆ではないかとーー
ランプの中にいるのが強靱な戦士で、ランプの持ち主こそが願いを叶える精霊なのだと。


キャラクターストーリー5
ドリーとアリスの出会いについて、その経緯を知る者はいない。だが、確かにこの二人は商人たちが嫉妬するほどのビジネスパートナーだ。
世界中を旅しているアリスが、スメールに長居することはない。そのため、アリスは人に頼んで自分の新しい発明品を時々ドリーに送っている。
そして、ドリーはその発明品を売った後、何らかの方法でアリスを探してモラを渡していた。
アリスはたまに手紙を一緒に送ることがあるーー私はいま危険な場所にいるから、モラはとりあえずドリーのところで預かっておいて。
それでもドリーは人を手配して、アリスにもっとも近い安全地帯までモラを届ける、彼女が一刻も早くモラを受け取れるようにだ。
人件費、輸送費、保険費など…あらゆる費用がかかるが、ドリーは決してそれをケチることなく、前払いする。
「大善人であるドリーは、決して支払いを滞らせたりしませんの。」
「それに、アリスさんの出費は決して少なくないもの。モラで困ることがないように、保証しなければなりません。」
ドリーはいつもこのような言葉を口にし、モラが届いたかどうかを何度も確認する。
アリスがドリーの唯一の仕入れ先でなくなった今でも、彼女はこれをもっとも重んじている。
おそらく彼女は、出会った日に交わした約束をずっと胸に刻んでいるのだろう。
「数え切れないほどのモラが欲しい?ええ、いいわよ。不思議な道具をたくさんあげる。でも、売れるかどうかはあなたの腕次第よ。」
「心配不要ですわ。この私がいい値で売って、モラを大量に稼ぎますの。そして、できるだけ早くあなたに分け前を届けますわ…私はあなたの最高のビジネスパートナーになりますの。」


モラオルゴール
モラの美しい音をより心地よく聴くため、ドリーは自ら「モラオルゴール」を特注した。
オルゴールの上部には、モラがちょうど通る大きさの穴が空いている。
そこからモラを入れることで、内部の複雑なからくりに沿って転がっていき、時折軽快な衝突音を響かせながら美しい音楽を奏でる。
ドリーも音楽に合わせて、広々としたアルカサルザライパレスの中で踊るのだ。
「モラ、モラ、キラキラとしたモラ。」
「モラ、モラ、数え切れないモラ。」
「美しいモラは私のモラ。」
「他人のモラも、私のところへおいでまし。」
何度耳にしても、この曲は決して飽きることがない。
曲が終わるタイミングで、ドリーはいもしない観客に向かって深々とお辞儀する。
それと同時に、モラはオルゴールの底へと辿り着き、モラの山にぶつかるーー
「チャリン」という軽妙な音を響かせ、無事に幕を閉じるのだ。
だが一回だけでは聞き足りないドリーは、よくモラをもう一枚オルゴールに投入する。


神の目
年の近い二人の少女が手を繋ぎ、少し変調の歌を口ずさみながら、無邪気な日々を共に歩んでいた。
春になると野花を折って互いの耳を飾り、夏の小川を裸足で走った。
秋には黄金色の砂丘を一緒に滑り降り、冬には太陽の下で寄り添いながらで同じ本を読んだ。
時間が長く感じられ、いつまでもずっと終わらないように思えた。
だが時が過ぎ、少し年上の姉が突如咳き込むと吐血した。それから、家の中には見知らぬ大人がたくさん集まるようになった。
大人たちは自分には理解の及ばない病状を真剣な面持ちで説明した後、家の中で首を横に振り、ため息を吐いた。
事情を知らない妹は、毎日姉の様子を見に行った。姉はいつも明るい笑顔でこう言っていた。
「大丈夫、少し休めば元気になるから。」
その笑顔を見て、純粋な妹は期待の表情を浮かべ、次こそは一緒に外で遊ぶのだと胸を躍らせた。
しかしある日、自分の認識が甘かったことに彼女は気付く。物語を話す姉が突然、妹の胸元をぎゅっと握り締めてきたのだ。
その痩せこけた体がベッドの上に倒れ込む。手を差し伸べた妹は初めて気付いた。姉の体が驚くほど軽いことに。
…まるでそれは羽毛のようで、誰も触れることのできない彼方へとゆっくり漂うかのようだった。
その後、姉の枕の下からくしゃくしゃになった紙を見つけた。
それは医師が記した処方箋ーーそのほとんどが根絶した薬材であった。いずれも数少ない個人コレクターしか有していない代物ばかり。
購入するには少なくとも数千万モラが必要だろう。貧しい家庭では想像もつかない額だ。
いつも笑顔で提案を断っていた姉は、恐らく夜中に隠れて処方箋を眺めては、「生きる」というわずかな希望を夢見ていたのだろう。
妹は処方箋を服のポケットにしまうと決心した。
「モラをたくさん稼ごう。」
「もう二度と親しい人の悲しみに満ちた笑顔を見ないためにも。もう二度とモラがないせいで何かを失わずに済むように…」
神の視線が注がれたのは、その瞬間かもしれない。
しかし、「野心」が急激に膨れ上がった彼女にとって、「神の目」を手に入れたことはほんの始まりに過ぎなかった。
それからの無数の日々、彼女は「冷静であるよう」自分に言い聞かせ、心の中で自分を励まし続けた。
「執念を持つだけではダメですの。私は、最後の力を使い果たすまで、欲しいもののために働き続けますわ。」
「サングマハベイ様にできないことなんてありませんの。」

トーマ

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キャラクター詳細
神里家におけるトーマの正式な役職は「家司」である。
掃除や料理など、様々なことを担当するのが業務だ。
社奉行に顔を出すたび、トーマは様々な業務に追われることになる。
何事もそつなくこなし、神里家の執事である古田も彼の能力を高く買っているようだ。
だが、トーマはほとんど社奉行にはおらず、他のところで内密に事を処理している。
たとえば社奉行が遭遇した問題を解決したり、当主に代わって情報収集したり、お嬢の願いを叶えたりなど。
そのような見えないところで、トーマは常に独自のやり方を通して、社奉行の影響力を世に広めている。


キャラクターストーリー1
トーマは生まれながらのお人好しだ。
要人であろうと巷の商人であろうと、トーマはいとも容易く会話の糸口を見つけ、陽気におしゃべりすることができる。
社交性に長けたトーマは顔も広い。稲妻に来たばかりの頃は、その洞察力とコミュニケーション能力を頼みの綱とし、様々な業界の人と出会ってきた。
のちに、多くの人がトーマと懇意になりたいと名乗りを上げたほどである。
知り合いが増えれば、人脈が増えるのも至極当然のこと。トーマは彼らから様々な情報を得たり、彼らが気付かぬうちに社奉行へ利益をもたらす「取引」を行ったりした。
しかし、トーマはその人脈を私利私欲のために使ったり、社奉行の名義で他人に強要したりはしない。
幅広い人脈、正確な判断力、そして適切な手段。これらがあるからこそ、トーマは稲妻で名を馳せることができたのかもしれない。


キャラクターストーリー2
整った顔立ちに、明るい性格のトーマだが、意外にも可愛い動物相手には無防備になるようだ。
トーマは外出する時、動物用のおやつを常に持ち歩き、野良猫や野良犬を見かけると餌をやっている。
動物たちが食べ物を頬張る姿を見て、顔をほころばせるトーマ。
彼にとって、動物たちは自分と同じ、この世界を構成する一員なのだ。
人目のつかないところでも、精一杯生きようとしている。
生きている限り、必ずいいことがある…トーマは常にそう信じてきた。
たとえ今までに会ったことがなくとも、自分との出会いが彼らの幸せに繋がることを願っているのだ。


キャラクターストーリー3
神里家の家司として、家政に関して「全能」であるトーマ。
掃除、料理、裁縫、他にも園芸、看護、接待などいずれも軽々とこなす。
そんなトーマにとって、家政とは仕事や責務であるだけでなく、趣味でもあるようだ。
彼は部屋を新居のように磨き上げ、手すりにはホコリが一つも残らないようにする。綺麗に片付いた社奉行を前にすると、彼はとても幸せな気分になるのだ。
掃除をすることで達成感を得るためか、機会があれば箒やはたきを手に取り、目に付いた汚れを一掃する。
また、トーマは同僚の日頃の生活にも気を配っている。
とある冬の日、稲妻の気温が急に下がり、社奉行の護衛が見回り中に風邪を引いてしまったことがあった。数日後、その護衛はトーマの編んだセーターを貰ったのだ。
ちょうどいい大きさのセーターを見て、護衛は毎年冬になると母親から送られてきていた服のことを思い出した。
だが母はもう高齢で、何年も服を送ってきていない。
故郷を懐かしんだ護衛は、長期休暇を取って家族と会うため帰省した。彼が帰ってきた日、トーマは故郷のお土産を渡される。それがきっかけとなり、二人は仲が良くなることとなった。


キャラクターストーリー4
トーマの父は稲妻人で、母はモンド人だ。
トーマはモンドで育ち、幼い頃からその自由気ままな雰囲気に慣れ親しんできた。その影響からか、トーマは誰とでもすぐに打ち解けることができる。
一方で、幼い頃から父親に教えられてきた「忠誠」という言葉も彼は大切にしていた。
父が稲妻に帰った後、モンドのお酒を飲めなくなった彼を心配して、トーマは蒲公英酒を積んだ船に一人乗り、稲妻へ向けて出港した。
だがその途中、大波によって船が転覆し、トーマは海に落ちてしまう。幸いなことに、彼は意識を失いながらも海を漂流し、稲妻の浜辺に辿り着くこととなった。
稲妻に着いた当時、トーマには何もなく、家族もいない。それでも楽観的に稲妻での生活を始めるトーマ。
しかし、どれだけ懸命に探しても、稲妻にいるはずの父を見つけることはできなかった。
そのもっとも辛く苦しい時に、トーマは稲妻で生涯「忠誠」を尽くせる人物と出会ったのだ。


キャラクターストーリー5
異国の血が流れているという理由で、トーマは稲妻人から「外の人」扱いされてきた。
奇異な目を向けられたり、根も葉もない噂話をされたりもしたが、トーマは何の不満も見せることなく、どんな質問にも笑顔で応じたという。
社奉行において、トーマはもっとも温厚な人物として認知されているが、外部の人間から見たら決してそうではない。
「トーマを怒らせるな!でないと、収拾がつかなくなる。」
いつの頃からか、そのような言葉が町には広まっていた。多くの人が、それを鵜呑みにして信じている。
トーマに関わったことで怖い思いをした人は、彼のことを聞くと恐怖がよみがえるらしい。
「普段は優しい顔をしているが、あいつには騙されるな!俺は社奉行からはした金を騙し取っただけなのに、あいつは…」
そう、社奉行の利益を害したり、神里兄妹を蔑ろにする輩がいたりした時、トーマは必ずその代償を払わせるのだ。
彼はこれを自分の責務と考え、誠意を尽くしている。だが、自分の功績を決して人には自慢せず、たとえ批判されても弁解はあまりしない。
「そんなの誰も気にしないよ。しかも、オレがどんな人間であろうと、知るべき人が知っていれば問題ない。」


古びたはたき
トーマが愛用するはたき。共にたくさんの「戦場」を経験してきた。
長く使いすぎたせいか、どんなに手入れしても古臭く、ホコリを被っている感じがする。それでも、トーマは捨てようとは思わない。
このはたきは、トーマが社奉行で初めて掃除を任された時にもらったもの。
これを見ると、あの頃の大変な思いと、それでも楽しかった思い出がよみがえるのだ。
当時のトーマは、まだ掃除に対して特別な心得はなかった。経験不足から、夜遅くまで掃除や片付けに追われることも多々あった。
その時、彼の傍にいたのが夜空の月明かりと、夏夜の虫の声、そして梁を叩くはたきの音。
掃除といっても、その種類はさまざまである。簡単な掃除から、隅々まで行う大掃除まで、トーマはそのすべてを経験した。
最初はつまらない作業だと感じていたが、慣れてくると掃除をしている時のほうが落ち着いて物事を考えられるように感じた。
そのため、今でもトーマはこのはたきをよく使って仕事をしている。
目の前のホコリをはたきながら、トーマは頭の中にある霧も払った。


神の目
モンドに住んでいた頃のトーマは、強い願いを特別抱いていたわけではない。
毎日、彼は早朝の太陽と花の新鮮な香りで目を覚ます。朝食の後は、ゆったりと街中を散歩したり、大自然の中を自由に散策したりした。
当時のトーマは、人は悠々自適に生きる幸せを享受すべきだと考えていた。
そのまま、平穏な一生を送るのもよかったのかもしれない。
だが、この穏やかな考えは波にさらわれ、小舟で見知らぬ国に辿り着いた瞬間に消えてしまった。
ここでは、人の好意を受けなければ生きていけない。こうして、トーマに「恩返し」という思いが生まれた。
10年前、社奉行である神里家が勢力を失い始めた頃。
両親の死により、当主の継承権をめぐる争いに巻き込まれた神里綾人は、トーマにこう語った。
「稲妻の状況がはっきりしない今、神里家が直面する紛争は増える一方です。君は危機を察知できる人、巻き込まれたくないのなら、早めに帰ってください。」
神里家から多くの恩恵を受けてきたトーマが、このまま去っていいのだろうか。去ることを選べば、後悔と罪悪感を抱いたまま普通の生活に戻ることになる。
迫りくる嵐の中、トーマは海に浮かぶ葉のように迷った。
「今、去ってしまうと、忠誠心を捨てることになる。父さんは忠誠の大切さを教えてくれた…オレは若とお嬢のために、自分の役割を果たすべく、微力ながら最善を尽くしたい。今後、お二人が歩まれる道でオレは、必ずや助けとなりましょう。」
忠誠と義に燃えた意志は強い願望を生み出し、神の注意を引いた。
トーマの選択に呼応するかのように――運命の分かれ道となったこの夜、彼の傍らに炎のような、真っ赤に輝く「神の目」が現れた。


*1 実装時は「ペドロリーノ」だったが後に変更された。変更Verは未確認