【ご挨拶】
「お疲れ様でした」
帰りの車に向かう道すがら。村雨さんの一家を見かけたので、思わず僕は話しかけてしまった。
あまりに急なことで驚いたはずなのに優しい笑顔でこちらこそと返してくれた旦那さんは良い人だ。 ボキャブラリーが乏しいが、家族を愛する優しい人。
……話しかけるにも関わらず、僕の影にこっそり隠れようとする妻をわざと旦那さんの方へ出した。
ほら、こういうところで仲良くならなくてどうする。
ペコリと固く頭を下げる妻を見て旦那さんは気がついたようだ。少し驚いたのか目を見開いたのを僕は見逃さなかった。
そうです。
劇の脚本を書いたWolke・Drachenは山雲の母であり、僕の妻、目の前の雲龍。
「小説の方、エッセイの連載前から読んでました」
「家族の愛に対する書き方や、父性のあり方について共感しています」
「その、前に会ったときには言えなかったので……」
雲龍は僕の手を強く握りながら、旦那さんに話す。
……というかファンだったのか。
すっかり恐縮した様子の妻を見て、同じく恐縮したように頭を下げてくれる旦那さん。
なんだかとても申し訳ない。
「良かったら、ウチのお酒とかいかがですか?」
今思い返すと、とんでもないタイミングで訳分からない言葉を出してしまった。
フォローでもなんでもない。 妻とお仕事するという事でそのお礼がずっとしたかったのだがタイミングが来たと浮かれていたせいだと思う。
『僕はあまりお酒が強くないので……』
やんわり断られた。
お酒小学生や関係のある人が多い人が好む、あるいは必須なものは……。
「それならお米! ウチには田んぼがあるので収穫したのをプレゼントさせてください!」
帰りの車内。
後部座席でぐっすり寝ている山雲と比較して少しドンヨリしている僕ら夫婦。
「あなたお米って…」
「きっと食べ盛りだろうし食べるかなって。 君こそ仕事の話じゃなくて、本の内容について色々話していたじゃないか」
「私は仕事だから……」
「……もっと慌てないようにしないとな」
「そうね……」
僕達も山雲に負けないくらい成長しなくては…。
【おしまい】