おんJ艦これ部Zawazawa支部

おんJ艦これ部町内会 / 108

231 コメント
views
0 フォロー
108
村雨の夫 2016/10/21 (金) 10:59:42 5c457@0012b

「…はい、わかった。じゃその日で」
通話終了の文字列をタップしてやけに虚しくなるのは、受話器を置く重みか、ボタンを押す手ごたえがないからだろう。スマートフォンが普及してから数えるには少しばかり骨の折れる年月が流れた今も、つい小説内では「がちゃり」なんて使いそうになる。デジタル派で丁寧な仕事のお衣のおかげで何とかなっているけれど、これがアナログ愛好で変わり者の青葉だったら、すぐに登場人物がショルダーフォンを背負うことになる。
そんなことを考えていると、今度こそ本当にがちゃり。今度は扉。
「調子はどう?」
「あ、村雨ちゃん。お茶ありがと」
「はいはい、どういたしまして。…んー?」
「…何かな?」
僕の目をじっと見てくる。続いて、頭、指先?
「な、なに?汚れてる?」
「新しい打ち合わせでも決まった?」
「あれ、電話聞こえてた?」
「いーえ?」
日付をメモした手帳は、すでに閉じてある。その他、手掛かりになりそうなものは走り書きすらない。
「それが妻ってもの、よ」
「なんで」と問うことにすら先手を取って、上機嫌に肩に手を置いてくる彼女の表情は見るまでもなく満面の笑みで、纏う空気はいつも通り……。
「いや、違うな」
「…なに?私が妻じゃ不満?それとも勘のいい女はお嫌いになった?」
「いやいや、滅相もない」
「じゃあ、な・ぁ・に?」
「いつもと雰囲気違うなって」
「あら?そうかしらん?」
軽く返してくれるけど、ちょっと不機嫌そうな、試すような、尋常じゃない雰囲気。こりゃめったなことは言えないな。
「……ん。においが違う。シャンプー変えた?」
「…せーかい。サンプルをもらったの。これしゅき?」
「たまにはこういうのもいいかも。でも、村雨ちゃんが好きなのが一番かにぇあ」
的中されたのが悔しいのか、言い切る前に頬を挟まれる。「にゃにを」と彼女のほうを見れば、僕と同じようにつぶれ饅頭。どうやら、僕の手が先に香りに誘われて果実を捕まえてしまっていたらしい。罪な女性だこと。
「はなひて?」
「やぁら」
「えひひ」
「ふふふ」
離れようとするのは、離そうとしないのは、どちらなんだか。ほどほどにしておこうかな、と思っているとまたもや扉の開く音。今度は遠く、玄関から。
「ただいまーっ!」
「おかえりーっ!」
「手ぇ洗ってなさーい!」
恋人気分はここまで。うなずき合って、僕らのお姫様の待つリビングへ。
紅色の便りを肩に乗せて、曇りない笑顔はまさに秋晴れだ。

通報 ...