Type 61

Last-modified: 2024-03-02 (土) 01:18:05

日本 RankIV 中戦車 Type 61 / 61式戦車

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以前のバージョン
  • Ver2.7以前
    shot 2019.06.16 18.15.30.jpg
  • Ver1.85以前
    shot 2018.04.26 22.59.57.jpg

概要

Ver1.65にて実装された、日本陸ツリーのランクIV中戦車。1961年に陸上自衛隊に採用された、戦後初の国産戦車。
ゲーム内では前車のST-A1と比べると背が高くなってスコープ倍率が普通の戦車程度になったといった変化。背が高くなって目立ちやすくなったが、その分?車体色が目立ちにくくなっている。
また、ST-A1特有の後退時のバグはなくなったが、後退時の移動速度自体は低下(半減)している。その他、発煙装置が付いたなどの改良点もある。

車両情報(v2.5.1.117)

必要経費

必要研究値(RP)82,000
車両購入費(SL)240,000
乗員訓練費(SL)68,000
エキスパート化(SL)240,000
エース化(GE)1,800
エース化無料(RP)***
バックアップ(GE)30
護符(GE)2,200

BR・報酬・修理

項目【AB/RB/SB】
(初期⇒全改修完了後)
バトルレーティング6.3 / 6.7 / 6.7
RP倍率1.84
SL倍率1.4 / 2.0 / 2.3
最大修理費(SL)3,090⇒*** / 3,720⇒*** / 4,650⇒***

車両性能

項目数値
【AB/RB&SB】(初期⇒全改修完了後)
砲塔旋回速度(°/s)22.8⇒31.4 / 14.3⇒19.7
俯角/仰角(°)-10/13
リロード速度(秒)
(初期⇒スキルMAX+エース化)
9.7⇒**.*
車体装甲厚
(前/側/後)(mm)
50 / 35 / 20
砲塔装甲厚
(前/側/後)(mm)
40 / 60 / 35
重量(t)34.3
エンジン出力(hp)883⇒1088 / 504⇒570
2,100rpm
最高速度(km/h)50 / 45
実測前進~後退速度(km/h)50 ~ -8 / 41 ~ -8
最大登坂能力(°)40⇒*** / 40⇒41
視界(%)88
乗員数(人)4

武装

名称搭載弾薬数
主砲90 mm 61式戦車砲51
機銃12. 7mm M2HB機関銃500
機銃7.62mm M1919A4 機関銃4000

弾薬*1

搭載武装解説ページ(弾薬テンプレート置き場)を開く

名称弾種弾頭
重量
(kg)
爆薬量
(g)
初速
(m/s)
貫徹力(mm)購入
費用
(SL)
10m100m500m1000m1500m2000m
M318A1AP10.91-912192189176161147135
M82APCBC10.94137.285318518217015514213080
M431HEATFS5.8712.641216320110
M71HE10.55925.082313
M313SMOKE10.75082140

車両改良

解説ページを開く

Tier名称必要RP購入費(SL)
I履帯3600***
修理キット
砲塔駆動機構
弾薬開発1
IIサスペンション3200***
ブレーキシステム
手動消火器
火砲調整
弾薬開発2
IIIフィルター3600***
救急セット
昇降機構
発煙装置
IV変速機4600***
エンジン
砲撃支援
発煙砲弾
距離測定器

カモフラージュ

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標準
y6ACKiil.jpg
条件-
説明標準カモフラージュ
△△△
[添付]
条件
説明

研究ツリー

前車両ST-A1
派生車両
次車両ST-A3
 
 

解説

特徴

61式90mm戦車砲を搭載する戦後初の国産戦車で、WTではランクIVの中戦車となっている。
当初BR7.3で実装されたが、あまりに厳しい戦いになるためパッチでBR7.0に変更→さらにBR6.7まで落とされた。

 

【火力】
90mm砲は国産ものへと換装され、砲弾も改善された。
またしても初期砲弾が炸薬のないAPとなっているが、ST-A1ST-A2に比べて上位の砲弾の開発は楽になっているので早めに開発してしまおう。
炸薬満載のAPCBCのM82弾は前の2車から貫通力が変わらないため、敵の正面から撃つと防がれる場面も多い。ただ、貫通時の威力は絶大なので側面や弱点を狙撃できるチャンスがあれば活用できる。
HEATFSのM431弾は初速が大幅に向上しているため敵に対処しやすくなった。同格であればHEAT-FSで抜けない相手はいないため、貫徹力に困ることはないだろう。しかし、HEAT-FSを開発するまでは低貫徹力のM82弾を使うことになるため、側面からの攻撃が主体となる。
また、クソデカキューポラに12.7mm重機関銃があり、同軸7.62mmと合わせて対空射撃にも活用できる。

 

照準機の倍率がST-A1より下がったが、ステレオ測距儀で正確に距離を測って射撃することで、カバーできるため活用しよう。

 

【防御】
同格重戦車並みかそれ以上の巨大な体躯のわりに装甲は車体・砲塔共に敵戦車の砲弾を防げるような厚さはない。一応砲塔は被弾経始を意識した形状になっており、端の部分に当たれば弾くことがある。
また、防盾を貫通されても巨大な砲閉鎖機で砲弾を吸収することが偶にある。
砲塔には背が高く装甲の薄い機銃付きクソデカキューポラがあり発見&狙撃されやすく、RBではST-A1などに比べ不利な場合もある。
俯角が-10度とそこそこ優秀なので稜線を使って被弾面積を減らそう。また、操縦手と砲手が右側に集中している為、右側を遮蔽物で隠すように戦うといいだろう。
STA兄弟では使えなかった発煙弾発射機を装備できるため、拠点制圧などに活用しよう。
砲塔後部の12発の弾薬庫とターレットリング沿いの10発の即応弾薬庫は、搭載砲弾を減らしても最後まで残るため誘爆し易い。

 

【機動性】
機動性はSTA兄弟から順調に進化している。
ただし、後退速度がST-A1及びST-A2の-19km/hに比べて半分以下の速度しか出せないため、飛び出し打ちや砲撃後の退避はやりにくくなった。
加速や最高速度は戦後戦車の標準的なレベルであり、機動力は並みといったところ。

 

【総評】
61式の試作車たるSTA兄弟から順当に進化し、全体的な性能が向上している。
本車は高貫徹のHEAT-FSを使えるため、貫徹力には困らず遠距離からでも敵の撃破を狙える反面、装甲は敵弾を防げるものではないため、あまり積極的な攻勢は行わず、待ち伏せや後方から遠距離狙撃などに徹することで活躍できるだろう。
ただし、HEAT-FSは加害力が低いため、正確に敵の攻撃系統を破壊し無力化することが求められる。
敵の弱点を正確に狙い、被弾を避ける立ち回りをすることで戦果も見込めるだろう。

史実

61式戦車は戦後初の国産戦車。開発・製造は三菱重工業。

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急速に冷戦が深刻になっていた1950年代、陸上自衛隊に当時配備されていたM4やM24は朝鮮戦争の結果などから陳腐化が指摘されていた。その為陸上自衛隊では当代の東側戦車に対抗できる新型戦車の早期導入が喫緊の課題となっていた。候補としてアメリカ製のM47やM48の導入が検討されたものの、当のアメリカは朝鮮戦争の結果を受けた装備の刷新・軍縮の真っ最中であり、またヨーロッパ第一主義の方針を掲げていたこともあり、日本に戦車を供給する余裕はなかった。
新型戦車の導入に暗雲垂れ込めつつあった日本であったが、この頃折よくサンフランシスコ講和条約に基づく在日米軍駐留費用の日本への返却やMSA協定に基づくアメリカの資金援助が決定する。これによって資金面の不安が解消されたことが後押しし、結論として新型戦車は「国内で新規開発する」ことが決定。まず第一次試作としてにSTA-1、STA-2が制作された。その試験結果及び装備研究委員長、富士学校、技術研究所、三菱重工の意見を踏まえ、続いて第二次試作としてSTA-3、STA-4を制作。この試験の後STA-4を素に改良を加えられた車両が61式戦車として正式採用された。
 
製造時期的には第一世代戦車に分類される。ただ本車は鉄道輸送を考慮した車幅や重量の制限があったことに加え、排気管カバーの位置や仮想敵をT-34-85としている点などに古い世代の思想が残っていた。その為それらの制限を無視して性能重視で開発されたT-54などの東側第一世代戦車と比べると、本車はいささか見劣りする性能となっている。
特に本車の主砲である90mm砲ではT-54を相手取った際の威力不足が開発中からすでに明らかであった。しかし新型砲を搭載しようにも重量と車体規模に制限がある以上困難であり、そもそもそれを製造する技術すらなかった。そのため砲それ自体ではなく、HVAPやHEAT等の新型砲弾を開発することで対応せざるを得ないような有様で、これはとても満足のいくものとは言えなかった。*2
ただそれ以外の戦車としての基礎の部分は優秀で、日本本土での運用を主眼に置いている為、山岳でも俯角が取れるように砲塔部分は高く設計され、車内レイアウトも日本人の体格に合わせたものとなっていた。さらに車体後部に車内通話用に電話機が設置されており、車外から直接通話できるなど、戦場での情報伝達の重要性について配慮された面も見られる。
他にステレオスコープ、リモコン式機銃なども装備されており、他国水準と比べてもある程度差が埋まっている為、本戦車は当初の目的はある程度達せられたとも言える。
 
運用に際しては、日本自体が戦後一度も戦争状態にならなかった*3ことに加え、冷戦終結によりソ連を筆頭とする共産勢力が衰退したため、実戦での活躍はない。それよりもむしろメーサー殺獣光線車と共にゴジラ等の怪獣に踏んだり蹴ったりされたり、ぼくらの七日間戦争などの映画にゲスト出演したり、戦国時代にタイムスリップしたり、といったアイドル的活動をするのことがほとんどで、90式戦車の配備に伴って2000年代に退役するまで平和な時代を過ごした。これにより世界でも稀有な実戦経験を積むことがなかった主力戦車の一つとなった。
現在では少数が自衛隊の展示として静かに余生を送っているのみである。

2019年、ヨルダン国王の要請により、滝ヶ原駐屯地に展示されていた同戦車が再塗装され無償貸与されている。ヨルダン国王のご趣味の王立戦車博物館に展示されヨルダンでの広報任務についている。

小ネタ

◇操縦が難しい

カタログスペックの足回りは満足できるものなのだがこれが曲者で、チハ車と同じくギアチェンジの際少しでも歯車が合わないとギアチェンジできず、酷い時は変速レバーが弾きかえってくるという。レバーの弾き返しが当たって腕時計が壊れるのを防ぐために操縦士は皆右腕に腕時計をつけていた。やはり旧軍の中戦車の血筋を受け継いでいる欠点があった。他にも坂道でのブレーキが利きにくいなど搭乗者からは世界一操縦が難しい戦車と言われたとされる。あの中学生がなぜ操縦できたのかは謎


◇「映画界のヤラレヤク自衛隊代表」

本車は戦後国産戦車第一号であり、長らく配備されていたため自衛隊の代表として様々なフィクションに登場している。特に「ゴジラ」をはじめとした巨大怪獣と縁が深く、その奮戦ぶりはヤラレヤクとして怪獣の脅威を引き立てた(『ウルトラマン』では無理やり空を飛ばされたことも)。また映画「戦国自衛隊」においては本車のレプリカが8000万を投じて作成されており、その車両の存在もドラマや映画での露出の多さに一役買っている*4。そういった経緯から知名度が高く、退役した現在も根強い人気がある。


◇なぜ仮想敵がT-34-85だったか

仮想敵国がソ連であったのは間違いなかったが61式戦車の開発年が1955年、つまり後にソ連の主力となるT-55よりも前に着手されたのだ。
「じゃあもっと前にT-54やT-10あるやんけ」
という話になるが確かにT-54は1947年に量産されたが実戦で初の表舞台に立ったのは1956年のハンガリー動乱の時である*5。またT-10は陸の最前線ヨーロッパに集中配備されていたため、日本に攻めて来ることはないと元から仮想敵としては想定範囲外であった。
また日本が一番近く経験した朝鮮戦争でも、主力はT-34-85と後期IS-2(IS-2は殆ど戦っていない)であったため、日本が想定出来る仮想敵の戦車はT-34-85しか無かったということになる。しかし列車輸送の制限上T-34-85に耐えられる装甲厚は確保できず、現在の装甲になったとされる。


◇なぜヨルダンに貸与したのか

ヨルダンは親日国であり、国王は中東国家の常でヨルダン陸軍の特殊部隊司令官を務めた*6他に大のミリオタで、自ら戦車や航空機を操縦するほどである。その趣味が高じて設立されたのが王立戦車博物館ともいえる。2018年の河野元外務大臣が訪問した際アブドゥッラー国王からの「日本の古い戦車がほしい」との要請があり、両国の友好の証として貸与という方法で贈ることにした。そして今、博物館に展示(国王の戦車コレクションに加わった)されている。
ちなみに返礼品は「アル・サター(Al-Sater)」という試作装甲車である*7


外部リンク

 

WarThunder公式英語Wiki

 

公式Devログ

 

インターネット百科事典ウィキペディア

 
 

コメント

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  • ST-A1だけ研究終わらせて61式研究とかできますか? -- 2016-12-26 (月) 04:21:17
    • できるぞ -- 2016-12-26 (月) 08:00:21
  • 辛い…弱い… -- 2024-03-02 (土) 01:18:05

*1 爆薬量はTNT換算
*2 ちなみにHVAPの貫通力はT-54/55が装備する100mm砲を上回っていた。
*3 実際には、ベレンコ中尉亡命事件では61式戦車に出動待機命令が下り、ソ連軍が新兵器であるMiG-25を取り返しに来た場合に備えており、局地的紛争に発展する危機はあった
*4 「戦国61式」「角川61式」と呼ばれていたらこのレプリカ61式のことである。公開当時は一般展示も行われた
*5 そのつぎがベトナム戦争だったりする
*6 部族の長が自ら武器を握り、兵を束ねて戦いに勝つことは今も半ば当然の義務として存在する
*7 実はこれは試供品であり、単なる友好や返礼の他にヨルダン側のセールスという意図もあったのではないかという説もある