ある日わたしは、小腹を満たしにサイゼリヤに寄った。
といっても、朝食が多めだったのでサラダでも食べれば十分で、むしろ脚を休める方がメインだったかもしれない。こんな格好だが、午前のうちにカイオーガと闘っていたのだから。
というわけで、だれも並んでいないことを確認しながらダンジョン内に入ると、あろうことかそのカオスに満ちたマップの奥から人混みをもろともせずに戦士がひとり歩いてきた。
そして戦士は慣れた手つきで天を指し示す。そして、その戦士の目がこう叫んだ。
「天上天下唯我独尊」
その、雄叫びでありながら祝詞でもあり、戦の名乗りでもありがなら呪詛でもある冷静な声は、あるひとつのことを主張している。
――この世界に、意識のあるプレイヤーは自分一人だけだ。
その
……なぜなら、わたし自身もまったく同じように考えていたからだ。
この世で確実に意識の存在を確認できるのは自分だけ。そう、これを読んでいるあなたもそうだろう? そしてあなたが、実装はどうであれ意識を持とうが意識のないNPCだろうが、わたしにはまったく感知できず、そして影響がないのである。つまりそれについて議論するのは議論自体がナンセンスなのだ。なんらエネルギーの交換のない独立した系の中身を外側から妄想するように。
そしてこいつは、自分が唯一のプレイヤーだと思い込んでいるアンノウンなのだ。その意識が確認できない以上はNPCと扱ってもなんら問題ではない。
というわけで、自分だけが意識を持っていると勘違いしているこのあわれなNPCへの一番の返しは、当然こうだった。
「天上天下唯我独尊」
と、わたしは高らかに片腕を挙げまっすぐに天を指差し、このカオスの中でも聞こえるような声で言った。
なんてことは当然しなく、小さな声で「一名です」と告げる。
「こちらへ」
わたしは店員に連れられて二名席に向かいながら、バックパックのポケットからスマートフォンを取り出して、ポケモンGOを起動する。
するとわたしのからだはこの世界と隣り合わせの、とてもよく似ていてるがしかしどこかが確実に違う世界へと繋がる。わたしはくさむらのなかに立ち、まわりにはたくさんのポケモンがいる世界へ降り立った。
はずだった。
目を下ろすと、プログレスバーが途中で止まった画面で、ウィロー博士がドヤ顔を浮かべていた。
「はぁ」
そしてわたしは慣れた手つきでアプリを終了し、ふたたび起動する。
30秒ほど待つとようやく起動した。目の前にサラダが置かれる。
わたしは震えが止まらなかった。これはレトリックじゃない。リテラリー震えが止まらなかった。あたりがポケモンだらけだったからだ。
ポケモンの存在を告げる振動がようやく止まると、熱くなりつつあるスマホを操作する。
目当ては大量発生のヨーギラス。既に何匹か視界に見える。近くのジムにはすでに色違いのサナギラスがいた。モタモタしちゃいられない。
熱い日差しで元気よくとびかかってくるポケモンをよけながら、わたしは周囲を見渡して……みわた…………。重い。動かん。
熱い指先で我慢しながら何とか操作すると、ゆっくりと画面がズームアウトする。すごい数だ。
わたしは一匹のヨーギラスをタップする。タップした。……もう一回タップする。捕獲画面になった。
なかなか手強そうなヨーギラスだ。無意識に投げかけていたパイルの実をバッグにしまい、スーパーボールを手に取る。
そして投げた。ぐらっ、ぐらっ、ぐらっ、カチッ!
――そのまま画面はストップした。
「はぁ」
わたしは慣れた手つきでアプリを終了し、ふたたび起動する。なんでこんなゲームをやっているんだろう。自分がわからなくなってくる。やっぱおれもNPCじゃね?
またくさむらのなかに帰ってくる。ここからは順調で、捕まえにくそうなヨーギラスにはズリの実やスーパーボールやハイパーボールを、捕まえやすそうなヨーギラスにはパイルの実とボールを投げ、順調にヨーギラスと飴をあつめる。
そのときわたしはトマトを一つ落としそうになったのに気がつき、あわてて口に入れる。最後のトマトをチーズといっしょに食べ、会計を済ませた。
物質的なわたしはサイゼリヤを出てビル前の広場に立ち、再びくさむらへと帰還した。ああ、やっぱおれはこっちの世界がいいわ。
わたしはヴァーラーのリーダーの下すヨーギラスの評価に一喜一憂しながらも、数回の「最高ね!」の声に安心した。色違いも捕まえた。かわいいかわいいヨーギラスちゃんたち。しかし最高のバンギラスを育て上げるには飴もトレーナーレベルも足りない。
それでも、いや、だからわたしはこれからもポケモンを捕まえ続ける。ポケモンの数だけ出会いがあり、冒険がある。ポケモンマスターへの道は遠い。たぶん、終わることはない。リテラリー終わらない。なんせこいつはポケモンGOなのだから。
『…… そうね おとこのこは いつか たびに でるもの なのよ』
わたしは今日一日の成果を確認しながら、家へと帰る。
明日はどんなポケモンと出会えるだろう。どんな冒険があるのだろう。
『…… ぼくも もう いかなきゃ!』
空を見上げると、沈み行く太陽に空が染まっていた。
そのときわたしの目に羽ばたくポケモンの姿が映った。そう、あの伝説のポケモンの姿が。
ちなみにこれはレトリックで、実際に見たのは中古ゲーム屋でのことだが、ひとつだけ確かなのは、わたしは同時にくさむらを駆けるトレーナーでありながら、こうやって文字を打つ物理身体であり、この二つはまったく同じもので、ポケモン図鑑やボックスを見る自分と、スマートフォンを見る自分という二つの状況は完全に重なり合っているということだ。
わたしは心の中で叫ぶ。
『天上天下唯我独尊』
そう、わたしはNPCじゃない。
わたし――いや、
おれたちの人生にストーリーモードなんてないから。