【橋蔵若さま四方山談義】おしゃべりコーナー♪

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[627] お稽古事 投稿者: 小雪 投稿日:2020年 9月27日(日)20時00分
橋蔵様は笛の名手とおばあちゃんが仰っていましたが他にも三味線はもとよりお琴 胡弓などもされていたと以前に教えてもらった事がありますが残念ですがその御写真や動画等は見ていません
 お三味線は【銭形平次#67捕縄の誓い】で平次親分がほんの走りの部分ですが爪弾きをされています

歌舞伎の【阿古屋琴責(あこやのことぜめ)】では 琴 三弦(三味線) 胡弓 を弾きますこの演目は女形の大役ですから橋蔵様もこの役の準備の為に若い頃から全部お稽古をされていたのでしょうね 26歳で映画入りされたので残念ですがこの演目は私の資料ではないのですがもしご存知の方が有れば教えて頂けますか?
 橋蔵様のお若い頃三味線の調子(本調子 二上り 三下り など) を合わされている様子のスクラップです
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[625] ファンの心の中にいつまでも 投稿者: 小雪 投稿日:2020年9月26日(土)22時30分鈴 様 悲しみを思い起こさせてしまいましたね でも
  漸く気分を一新してこの掲示板に入って下さったのですから
  橋蔵様の素晴らしさを共に語り合い楽しかった色々な思い出等聞かせて下さい

 橋蔵様は天国で私達の話をきっとニコニコしながら聞いて下さっていると思いますし、その御名を後世の人々に残す事が 私達の青春を楽しませて下さった恩返しだと思っています
 無理をしないでお時間のある時で結構です 宜しくお願いします

[624] 橋蔵様の最後のメッセージ 投稿者: 鈴 投稿日:2020年 9月26日(土)17時39分
富様初めまして、宜しくお願いします、
三笠会館の集いに参加する時は、橋蔵様は、又直ぐに元気に成り、TVや舞台に復帰して、私達を楽しませてくれると信じたて居ました、入院しても回復を疑いませんでした、それがいきなり思いもしない枯れた70代以上の声が流れて来ました、もう頭が真っ白に成り、もしかして、重病かも?で、橋蔵様のメッセージの内容は覚えて居ません、ゴメンなさい、橋蔵様が亡くなった時は、私の人生も終わったと思いました、すみませんでした、

[623] 幸福な団欒を思い浮かべて 投稿者:まっつん 投稿日:2020年 9月26日(土)11時30こんにちは
秋雨前線で肌寒さを通り越すような関東です。関西方面は如何でしょうか。予報では明日辺りから平年通りの気温に戻るそうですが。風邪をひかぬよう気をつけましょう。

鈴さまのお話から様々に末広がりで賑わっているのは久しぶりなので、うれしく感謝申上げます。丹羽家の御祖母さまですね、初めて知りました。この方に寄り添う橋蔵さまの御姿、その情景が浮かびます。とても暖かな心の通った、そして快活な橋蔵さまの口八丁手八丁であれこれ説明する御姿、それをやさしい慈母の眼差しで寄り添う団欒。素敵な時間を過ごされていた事を知り、うれしくなりました。記事を載せてくださった小雪様、ほんとうにありがとうございます。

きよぴー様は実際にお会いになられたのですね。
なかなか得難い経験をお持ちの皆様、これからもお話をお聞かせくださいませ。

[622] 橋蔵様のおばあちゃん 投稿者: 鈴 投稿日:2020年 9月25日(金)16時40分
小雪様、橋蔵様のおばあちゃんの記事、昔読んだ事有りますが、仕舞い込み、直ぐに出せません、小雪様は、凄いですね、、有難う御座います、

[621] 鈴様、ありがとうございます 投稿者: 富 投稿日:2020年 9月25日(金)16時34分
鈴様、はじめまして、富です、よろしくお願いいたします、橋蔵さまの最後のメッセージのけん、胸がつまりました、涙がポロポロ出て、辛かったし、悲しかった、メッセージを吹き込んでる時の、様子が浮かんできます、ファンの方たちに、最後のメッセージと、思って、精一杯の力で、吹き込んだんでしょうね、
涙、涙?、鈴様どの様な、内容でしたか、覚えてたら、教えてくださいませんか、遺言みたいな、ものですよね、

橋蔵さま、今日は、朝から泣きました
そして、いつも、ありがとうございます感謝です、

[620] 雑司ヶ谷は有名人が多いお墓 投稿者: 小雪 投稿日:2020年 9月25日(金)14時12分
鈴 様のお話私も同じ思いでお参りさせてもらいました でも場所がいいですねなんと言っても六代目のお墓の近くですし東京駅からも近いし 夏目漱石 永井荷風等の有名人のお墓もあるそうですね 確か橋蔵様のお墓のほん近くにジョン万次郎のお墓があると聞いたのですが見つけられませんでした(間違っていたら御免なさい)
 またまた鈴さんのお話である記事を思い出しました そうです義祖母様のお話ここでも橋蔵様のお人柄と芸事に対する真剣さ熱心さが伺われました 皆様ご存知の方が多いと思いますが今一度読み返して下さればと思います
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[619] お墓 投稿者: 鈴 投稿日:2020年 9月25日(金)13時00分
橋蔵様のお墓は、決して豪華では有りませんが、東映にによ入社して、契約金や色々と有ったから、寺島千代さんの母親で橋蔵様のおばあちゃんのお墓、橋蔵様が建てたお墓だそうです、だから、建て直さないで居るのでしよう、私は、行くたびに、橋蔵様が働いたお金で建てたんだね、思いなが、お線香を上げています、

[618] 追伸 投稿者: きよぴー 投稿日:2020年 9月25日(金)10時48分
同じ文章がダブってしまいました、訂正の仕方がわからなかったので
ごめんなさい<m(__)m>

[617] 悲しい思い出 投稿者: きよぴー 投稿日:2020年 9月25日(金)10時37分
鈴様ありがとうございます、如在の碑は後援会の方々で建てられた事は知っていましたが、
銀座の三笠会館で後援会の集いがあり、橋蔵様のお声を聞かれたんですね、
凄い事ですね、その時の事、お声は一生忘れられませんよね。
投稿を読ませて頂いて、胸が締め付けられ涙が・・・・・
鈴様は色々ご存知でしょうから、これからも教えて下さいね、楽しみにしております。

小雪様、まっつん様お二人のお詳しいのには感心さえられます、
それだけお勉強をなさってらっしやるのですね。
それだけ、お勉強なさっておられるのですね。

[616] 橋蔵様の情報有り難う御座います 投稿者: 小雪 投稿日:2020年 9月25日(金)10時
鈴 様 橋蔵様の当時の御状態など聞かせて頂きこちらこそ有り難う御座います
   鈴 様のお話がリアルで目に浮かび涙が溢れてきます 後援会に入会されていたなんて羨ましいです

 橋蔵様に直接お会いなさった方はこの掲示板ではほとんどなく(きよぴー さんだけかな?)
 お二人ともどんな事でも結構です 思い出等もっともっと聞かせて頂けると嬉しいです
 宜しくお願いします

 如在 のお話も感動です 橋蔵様の御逝去の後 後援会の方々で建立されたと聞いていましたが、鈴 様もその中のお一人だったのですね     
そんな素敵なお話を聞いてつい最近お墓の説明入りの良い写真(両方写っていました)見ましたのであらためて載せますね

 橋蔵様をお偲びする気持ちは皆同じだと思いますので
 貞仁さんが紹介してくださった橋蔵様の沢山の遺品の中の一本だけ載せましたお許し候
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[615] 如在 投稿者: まっつん 投稿日:2020年 9月25日(金)08時31分
おはようございます。
鈴様のお話に、当時のファンの皆様のお気持ちを偲び、さぞや辛かったことだろうと思いました。そうですか、後援会にてそのような経由があったのですね。
橋蔵さまのその頃のお声の様子、私も銭形平次の終盤を見たとき、民放テレビでの二時間時代劇3本を見た時に驚いたのでよくわかります。

切ないことです。心の内にある、それだけですばらしい。
お話ありがとうございました。

[614] 小雪様有難う御座います、 投稿者: 鈴 投稿日:2020年 9月24日(木)17時12分
私の知らない事を色々と掲示板に載せて頂き感謝します、橋蔵様の鞍馬天狗の姿は初めて見ました、素敵です、橋蔵様は、どんな姿に成っても様になりますね、白頭巾は、特に格好良過ぎですが、一日署長さん素敵です、姿勢が良いですね、こんな時もあったんですね、お墓の如在の碑は、後援会で建てた物で、その時に私は後援会に入って居ました、闘病中に銀座の三笠会館て、集まり、橋蔵様がファンに声のメッセージを聞き、声は橋蔵様だけど
55歳とは、思えない、枯れた声で力無く、びっくりしました、あれが私が橋蔵様の声を聞いた最後でした、ショックでした、でも、橋蔵様は、私の心の中で生きて居ます、長々とすみません、

[613] すてきなお話をありがとうございます 投稿者: まっつん 投稿日:2020年 9月24日こんにちは
豊かな感性と並々ならぬ芸への希求、ちょっとした逸話を聞く度にさらなる崇敬の思いになります。そして、ちょっぴり哀切と。
蝙蝠柄の扇子、大小が飛び交う感じでしょうか。その配置具合も微妙な感性によりますよね。橋蔵さまのご指示による特注なのかな。
芸への道、厳しくも豊かな日本文化の道ですものね。
普通の何倍も濃い人生をおくられた橋蔵さまに感服致します。

[612] 続き その2 その3 投稿者: 小雪 投稿日:2020年 9月22日(火)12時42分
その2 植樹の9日後 10月1日~26日は新歌舞伎座出演十周年記念大川橋蔵特別公演でした 主な演目は三世相錦え(漢字が見つかりません)文章 鷺娘 と映画では演じられなかった倉田典膳こと鞍馬天狗があり

この時 珍しい蝙蝠絵の扇子を持ち謡曲 鞍馬天狗の一節を謡われています 何故扇子の絵が蝙蝠? 元々、謡曲の鞍馬天狗は 牛若丸と鞍馬山の大天狗の物語です 京都鞍馬山には多くの蝙蝠が住んでいたとか

 これで納得しましたが  この曲は 花笠若衆でも謡われています口元を覆う位の扇子の開きですから。まして観客からは舞台の扇子の柄などは分からないと思いませんか?
  こんな細かいところにも橋蔵様のこだわりにびっくりするやら感心するやらです

その3   千秋楽から3日後の 10月29日 今度は京都下鴨署の1日署長をお引き受けになられたのです。私達ファンにとっては嬉しい事の連続ですが橋蔵様は休む間も無くとてもお忙しい2ヶ月でした
  尚扇子柄は貞仁さんの橋蔵様遺品のうち沢山の扇子情報で知りました 又 1日署長の日付がなかなか判らなかったのですがきよぴーさんから情報頂きお二人に感謝です
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[611] 1977年の秋三重の喜び その1 投稿者: 小雪 投稿日:2020年9月22日(火)11時44分
 S 52年の今日9月22日 橋蔵様は楠木3本の記念植樹とその石碑(ツツジ?さつき?に囲まれた中央)を大阪城西の丸庭園にされました 40余年を経て立派なくすの木(特に右側は巨木)に育ちました

御掘越しの大阪城が目前に見える絶好の場所で桜開花の時期は大勢の人々がこの木の前に座を占めます

橋蔵様は毎年お花見を満喫されて居られるといつも思います(年に何回か訪れていたのですが今年は残念ながら昔から樹には霊気が宿ると言われていますが特に右の大木に実際に手を触れると優しい橋蔵様を感じます

まっつん
作成: 2022/07/15 (金) 18:13:54
最終更新: 2022/07/15 (金) 18:21:15
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