名前なし
2023/03/22 (水) 12:15:36
2f9ee@f89f8
戦後にデハビランドの旅客機が金属疲労で墜落してるけどあの会社って金属製の飛行機作ってなかったのとか金属疲労の概念って大戦中には認知されなかったのとか思うところが多い
通報 ...
工学科の授業でも未だに教えてるし基本的にあれが世界初ケースよ。そもそも与圧式で四角い窓がついてた機体ってのがまず少なくて、それが定期運行であんなに回数重ねたのが初。WTで見る全金属製機体たちは基本側面窓が丸いかそもそも窓なしでしょ。ちなみに後発のボーイングは同種の事故を避けられたことになってるが、B737は窓がキリトリ線になって上半分モゲる事故起こしてる。
色々調べ直したが英語の疲労のページに研究史が乗ってるな。現代の疲労解析の基本ツールたるS-N曲線モデルの成立が1952年と新しい(これだけでは単純な棒とか板とかの疲労解析しかできない)し、この時点でコメットは初飛行してる。その次は1961年の疲労によるき裂進展速度の予想で、コメットの調査をしてたボーイングのP.C.Parisによる発見だな。ちなみにデ・ハビランドは与圧による金属疲労の試験を実はやっていて、その時の落とし穴についてはウィキペディアにかいてある。
wikiで見てみた感想、客室全体の与圧を含めて複数の要因が絡んでいるけど、民間航空機の進歩が急速過ぎた上にその進歩が消耗品扱いされる軍用機のフィードバックによるものだったせいで長期的な運用で得られる知見が全く追い付いてなかった、そのしわ寄せが一気に集中しちゃったのがコメット連続墜落、と言う一面もあるっぽい