オペレータとして宇宙船Zarimanにやってくる場面(wikiでは"始まりの場所"として記載)は、オペレータ視点では第一部の最後にBallasにVoid送りにされた続きです。漂流者視点では"テンノ"の続き。ランディングクラフトは使ってないと思います。
以前の"テンノ"の章で漂流者はオペレータとつながり、テンノの力を手にいれました。
この後は明確に書かれてないですが、おそらく漂流者がオペレータを迎えにいったと思います。方法はあのオペレータの椅子だと思います。ちなみにあの椅子は岡本太郎の太陽の塔がモデルではないかと思います。そして荒廃したZariman船は箱根彫刻の森。
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ランディングクラフトがZariman船に向かうカットが挟まれているので、その後の会話の内容から考えると「漂流者からオペレーターに切り替わった後("テンノ"の続き)・Ordisやフレームの問題を解決してから」オペレーターが(漂流者は切り替わった後の事を認識していない≒切り替わり以降はオペレーターが活動していた)Zariman船に向かったと考える方が妥当かと
(そもそも通常空間における漂流者とオペレーターはその程度はともかくLotus/Natah/Margulisと同様に"混ざった"存在となっているようですが)
オペレーターが漂流者と邂逅するまで漂流者のことを知らなかった一方、救助の来ないルートのZariman船で一生を終えるはずだった漂流者が本来知り得ないこちらの世界の事情をスタート時点で既に把握してたり、そんな漂流者をVoid送りにされたオペレーターに代わりD4Cしたのは誰の手引きによるものかとか結構謎も残ってるよね
>> 1608
ランディングクラフトがZarimanに向かう描写を確認しました。(Youtubeの誰かのフル動画で)
オペレータが乗り込んで行った認識に改めてます。そうすると、たしかにオペレータはなぜあそこにが疑問に残ります。
教室の惨状の場面はいわゆる過去編や記憶の開示ではなく、Ballasに送り返された先でありオペレータとしての意識があったのかもしれません。
そう解釈するとオペレータ視点ではアレを通じて漂流者(面識なし)と握手して現在に戻ってきたということになり、それが何なのかの手がかりを探しにあの場所に戻ったという流れと言えるかもしれません。
ザリマン船で握手した相手は漂流者でなく壁の中の者では?エントラティのお爺ちゃんと違って握手して受け入れた事で全次元のオペレーターがリンクしたのかなと。現代のオペレーターがvoidを通して力を得る前の過去の世界線に飛ばされ、握手のシーンまで漂流者編と同時進行とも思いました。テンノとしての力を獲得し直したから漂流者も使えるようになって漂流者の存在を依り代として現代へ帰還といった感じで。
とはいえ過去編・記憶の開示とオペレーターとしての意識があったのとが両立しないのかで言えば、「壁の中の者とだけ握手をした1週目をなぞっている、漂流者との握手に至った2週目」辺りで両立すると思われるので「どちらかでしかない」とも限らなさそうです。
更に言えば壁の中の者も「並行世界由来の、世界移動を当たり前のものと出来る程にVOIDパワーに慣れ親しみ切った自分」で壁の中の者基準だとあのシーンも「〇回見た」などという可能性もありますが
内なる紛争の時にVoidパワーを失った時に「オペレーターではない」存在になったことを考えると、漂流者を受け入れてるって、Ordisの見た目込みで今までいた世界線とは若干違う世界線っぽいよね
内なる紛争のそれはあくまで(KUVA転生法の為に)精神へし折る為の幻覚をVOIDパワー覚醒用の鍛錬に流用してるみたいなので、どの程度真実味のある出来事かに関しては疑問が残る話かと
いや、「オペ・・・誰だお前」って雪山に投げ捨てたところね。
Voidパワーがないとオペレーターとして認識しないのなら、違う世界線の漂流者も(そもそも)オペレーターでないのだから何故Ordisが受け入れてるのかって話ね
うん。だから「投げ捨てたシーンからして既に幻覚」な可能性がある、って主張
内なる紛争の投げ捨てシーンは100%幻覚じゃろアレ。そもそもあの幻覚自体乗っ取るためにテンノの精神に苦痛を与えるようなものだからOdisから見放されるようになってるのでは。