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第5回 スキゾイドになったきっかけ

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スキゾイドは生まれつきの性質ではありません。
子供の頃は普通だったり、友達もいて活発だったという人も多いです。

分かりやすい契機がある人もいれば、なんとなく今の性格になっていた人もいます。
何がきっかけでスキゾイド気質になったのか教えてください。

・いつ頃からスキゾイド気質になったのか
・明確なきっかけはあったのか
・昔と今の心情の変化

これらについてブログでまとめる予定です。

ふーと
作成: 2018/12/07 (金) 22:37:49
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さんすん 2018/12/08 (土) 10:09:44

僕は神経症的傾向(サイコパスやシゾイド)が特定の条件下での最適解だと考えていて
積極的に自分にインストールしています.
家族や信頼できる親友とは穏やかに接していますが,残念な方を相手にするときには素敵な武器です.

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私はHSPであり、物心ついた時には既に軽いスキゾイドだったと思います。
リビングに集う家族団欒の場や、大人に構われることが苦手でした(今も)。
きょうだいが3人いたのですが、彼らと一緒にいると大人に構われる確率が下がるため、彼らと同じ空間にいることを好んでいました。
父がスキゾイド傾向のある人で、父とは付き合いやすかったです。
母からは「あなたは父と(性格傾向が)似ているから意識的に処世術を習得しないと苦労するよ」などと言われて育った記憶があります。

小学生低学年時は学校を休みがちでした。
理由は今でもよくわかりませんが、学校のことを落ち着きのないうるさい場所と認識していた記憶があるので、刺激が強すぎて耐えられなかったのだと思います。

高学年になって家庭の都合による転校後は休まなくなりましたが、代わりに、常にバリアを張った状態になりました。
家庭環境も同時に変化しており、親に負担をかけたくないと思ったため、少し無理してでも通学するようにしていました。

中学に入学してからスキゾイド気質が顕著になりました。
超小規模の小学校から1学年8クラスある大規模の中学校に進学し、関わる人数の増加という変化を受けて、HSPである自分の身を守るために、バリアを強固にしていったのだと思います。
また、部活と勉強で結果を残していれば、多少変人であっても周りの人が放っておいてくれたため、スキゾイドとして立ち回りやすい環境でした。これも、スキゾイド気質開花の一因だと思います。

中学以降の学生時代は基本的に一人行動でした。
来るもの拒まず去るもの追わずのスタンスでいたので、誰かしら寄ってきていましたが、ちょうど良い距離感を保てていました。
単純接触回数の多い(同じ部活動や同じゼミの)人とは、そうでない人と比べて、心理的距離が近かったです。

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おもゆ 2018/12/08 (土) 12:07:22

小学校に上がるタイミングで引っ越し、周りはみんな幼稚園からの友達がいる中で自分は誰も仲の良い子がいないな、と感じたのが始まりだと思っています。
友達は自然にできるもの、誰かと一緒にいるのが当たり前という刷り込みがあったのでしばらくは周りと合わせて行動していましたがずっと何か楽しくないな?という違和感は抱いていました。
その後中学でいじめに遭って本格的に孤立しましたが、(嫌がらせさえなければ)単独行動はとても楽だし求めていたものだ、と気づきそのまま育ちました。
もともと嘘つきな子供だったので嘘がばれるのを恐れてあまり本心を語るのは好きではなかったり、母親と性格が合わず考えを否定されることが多かったので、内面的にも誰にも本音を言いたがらない方向性が強化されていったように思います。

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今思うと小学生時代までは普通に友達と遊んでたように思います。
小学生高学年から中学生の頃からスキゾイド傾向があったと思います。はっきりと変化してきたのは思春期のころです。
集団行動がなんとなく辛いなと感じてましたし、皆が盛り上がる学校行事も自分はいつもちょっと冷めていてできれば参加したくなかったなと感じてました。しかし、参加しないとより目立ってしまうので我慢して大人しく参加してました。

高校生あたりではさらに他人への興味も薄れてましたし、家族を含め、自分の内面に踏み込んで欲しくないとはっきり感じるようになりました。周りからはクラスに一人はいる無口で何考えてるか分からない大人しくて変わったやつと思われていたと思います。

大学時代は強制的に集団行動を強いられることがなくかなり自由にのびのびと生きてました。でもサークル活動して、バイトして友達たくさんいて遊びまくっている、いわゆる一般的な大学生的な生活ではなく、ほぼ一人で行動している地味な学生生活でした(それを望んでいたので何も支障ありませんでした)。

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小学生の頃いじめられかけたのが原因かと思っています。太っていたことを理由にいじめられかけましたが、痩せたり、いじめる側と仲良くなってやり過ごしました。

「他人から身を守るためには一般人のフリをするしかない」と学んだのはこの時だったと思います。中学、高校ではコツを掴み、他人と適切な距離をキープしていじめることもいじめられることも無いような距離を保ち続けました。

他人と関わることが大嫌いなのですが、一方で孤立している事を理由に人から軽んじられることがそれ以上に大嫌いなので、大学では部活動と勉学を積極的に行い、双方でそれなりのポジションをキープし続けるようにしました。

今後は他人からマウントを取られない様にするという理由においてのみ人と関わり、報酬としてそれ以外の一人の時間を享受するような人生になるんだろうなと思っています。

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鬼! 2018/12/08 (土) 23:31:37

未就学児の頃は集団の遊びに誘われると黙って逃げて空想世界で遊んでるタイプでした。小学校入学後は何故かグループの中心になることが多かったですが、普通に遊んだり楽しんでやっていけてました。
きっかけは中学生のころかと思われ、突然友人たちが自分の名前を呼ぶ耳鳴りに悩まされ学校を休みがちになりました。その時はっきりと「私に関わる人間が多すぎる」「友達がいるから行きたくない」と自覚しましたが、そんな理由で不登校になる人は聞いたことなかったので、薄々なんかみんなと違うかも…と思い始めました。
当時は「人の好意は向けられたら最後、こちらにどんな負担があっても答えるしかない」「それを迷惑に思うなんて私は最低の人間だ」という思い込みが強く全てに応えようとしていました。結果パンクして、「最初から関わらなければこんな苦労はない!」という考えに至り少しずつ立ち振る舞いを改めてきました。
タイミングとしては、人間関係が複雑化していく中で、周りと同じフリをする為のエネルギーの容量がコップから溢れちゃったのが中学生の頃だったんだと思っています。

今では、「他の人が出来たとしてもあなたが無理ならそれは無理」というカウンセラーさんの言葉や自問自答の結果で、私は私として開き直って人生楽しんでます。ただ協調性がないことが収入面で不利なのをめちゃくちゃ実感してるのでそこだけ模索中です…。

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幼少期から極度の人見知りでした。限られた子としか遊べなかったです。家族や同世代以外は、とくに他人の大人は宇宙人(他に言い回しが思いつかなかったため宇宙人と書きます)だと思っていたフシがあり挨拶されても返事できない子供でした。
小学校上がってから同世代の子たちの流行りのアイドルグループだったり芸能人にも全く興味がなかったので話が出来ず、みんなが言う「可愛い」ってどこを見て、どこから可愛いに入るんだろう?とか思ってました。
その当時、他人と違うということが恐怖でした。
あがり症もあって他人苦手意識は強かったです。

今では自分変なやつだし、っていうか他人もみんな変な人多いのかもって思えるようになったので表面的なコミュニケーションは以前よりだいぶマシになりましたがあまり人と深く関わらないので恋愛経験ゼロです。セクマイなのか?とか最近スキゾイドを知って自分は一体どこに属するのかわからない感じです。

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わさび 2018/12/09 (日) 16:00:27

初めまして、40代男です。
HSPもスキゾイドもけっこう当てはまります。
ただそういえば、小学校低学年くらいまではむしろ大勢の中ではしゃいでたりしてました。
ところがある時こわい同級生に人気のないところに呼ばれ、「調子に乗るな」「元気すぎてうるさい」的なことを言われ、以来びびって極端におとなしくなってしまいました。いじめも中学を中心にわりとありました。

で、気がつくとコミュ障というのでしょうか、人と話をすることすら難しい状態だったので、それを挽回しようと長年あれこれしたおかげか、ある程度まで社交スキルは身につきましたが、どうもあまり人間関係を求めてないかもということにもじょじょにわかってきました(読書などひとりでいるのが快適、というのは子供の頃からありました)。

が、こちらのサイトで「実は無意識では求めている」というのを読んで、うーん、心というのは本当になかなか複雑なものだなと改めて感じています。

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生まれつきというより、生まれる前からスキゾイドだと思います(笑)
厳格な両親のもとで育ち、父親の仕事上、人の出入りの多い環境で子供時代を過ごしたので
自然と静かな環境を求めていたのでしょうか。姉と歳が離れているため一人遊びが常でしたし
子供の頃からうるさい子供が大嫌いでした。愛せる存在は猫だけでした。
特にいじめられた経験もなく、いつも友達と楽しく遊んでいましたが(小学生~大学生)
基本的に人間関係は面倒くさい!好きな人としかつきあわない!が許された学生時代と違って
社会人になってからは「嫌いな人とも仕事をしなければならない。しかもその人種のほうが多い。」
という現実に直面して、更に一層人間嫌いに拍車がかかったようです。
ただスキゾイド特有の「普通に人と接することができるし、むしろ外面が良い」ペルソナなので
むやみに他人に近寄らせないために、バリアを張って自己防衛して生きています。

・いつ頃からスキゾイド気質になったのか→ 生まれたときから
・明確なきっかけはあったのか→ 過剰干渉な家庭環境かな
・昔と今の心情の変化→ 基本変わりません。嫌いな人間と関わるのは時間のムダです。

今は連絡ツールを一切遮断し音信不通にして、人生の目標である友人知人ゼロ成功!
最終目標は世間で言われる孤独死(私にとっては理想の死に方)です。

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思えば昔から何年間も同じ人と仲いいとかもなくクラスが変わる事とか仲良い人も変わってた気がします。
スキゾイドとは気づいていなかったのですか小五ら辺の時に言葉によるいじめ?みたいなのをやられてから(遊び半分だったんだと思われる)は人と居るのがめんどくさくなって友達の誰とも仲良いように思えなくて転々としてました。
高校に入ってスキゾイドだということを知れてよかったと思いました。自分だけじゃないんだなーと
人と目線合わせるのも苦手で名前も覚えられなくて学校は苦痛に感じます。本が唯一の救いです。

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私は仕事を始めてからです。仕事の内容や会社の人間関係のウェットな感じがなじめなくて、というか興味がわきませんでした。飲み会とかも心ここにあらずという感じでした。でもここでスキゾイドを知って、学生時代を振り返ると、人間関係にそっけなかったり、一人の時間を作りたがったり、その傾向はあったかもしれません。突き詰めると生まれつきなんですかね。

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自分がスキゾイドだとはっきりわかったのは高校生になってから。発生自体はおそらく小学生並み頃から。それまでは気づかないフリをしたり厨二病の一種だと思い込んだ。
きっかけは小学二年生から起こる不幸と親からの理不尽で鬱になったこと。小学生の時は鬱なんて病気があるとは知らなくて誰にも相談出来んかった。
心情の変化は
明朗快活

諸行無常
くらい

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幼稚園の頃から1人で絵を描いたり砂遊びや工作をするのが好きだったので元々軽度のスキゾイドだったと思います。
家族親族が宗教の会員で、物心ついた時から集会や泊まりがけのセミナーに行かされたり悩みを言っても宗教的な本を読まされて一緒に解決を考えてくれなかったり、関わりたくない宗教の人から迷惑なお節介をやかれたり、私の誕生日やお祝い事よりも宗教の集会を優先して行かれたこともあり、親への寂しさや怒りをシャットダウンするためや人への諦めによりスキゾイドになったのだと思います。
あと小中高の人間関係(いじめや集団行動など)の嫌気もありますね。
今では仕事をする上で表面上はなんとかやれてますが、家に帰れば人と関わることの精神的疲労はとてつもないですし、1年に1回は精神的疲労で潰れて2週間程引き篭って充電します。これにより仕事が長続きしないのが正直辛いです。

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明確なきっかけはありませんが、小学生頃からスキゾイドの傾向はあったように思います。
もともと内向的な性格だったので、最初は幼稚園に通わせるのが大変だったと母から聞きましたが、自分の中で「幼稚園が楽しくなかった」という記憶はありません。その頃は周りの子どもと馴染んでいたのだと思います。
私はアセクシャルなので、今まで一度も恋愛的な意味での「好きな人」がいたことがありません。
小学生の頃、「好きな男子は誰?」と聞かれ、「いない」と答えると「あなだけ隠すのはずるい」と言われて「本当にいないのに、弁解するのも面倒だな」と思っていました。それ以来、「好きな子誰?」の質問には適当な男子の名前を答えていました。今思えばその頃から少しずつ処世術用の仮面をつけ始めた気がします。
小学校の女子の中でのボス的存在が、日替わりで仲間はずれの子をつくる、といういじめを始めた時は、仲間はずれに参加せず、普通に接していたら‘空気の読めないヤツ’扱いをされました。
こんな感じで小学生の頃は周りをとてもガキくさく感じていたので、小学校の卒業式は開放感でいっぱいでとても嬉しかったのを覚えています。
受験して中学校に入ると、自分と同じような家庭環境(両親の学歴や年収などの点で)の子ばかりで、周りも割と他人に無関心な子が多く、気が合う人たち同士で集まっていたのでとても過ごしやすかったです。
中高一貫校だったので高校に入っても周りにいる友達は中学と同じで、居心地の悪さはありませんでした。
しかし、高校生で初めて1人で映画館で映画を見たときに、1人ってめちゃくちゃラク!!と気づいてしまいました。
高校生の頃は行動範囲も狭いですし、お金もないので1人で行く場所は映画館ぐらいしかありませんでしたが、大学生になりバイトを始め、自由に使えるお金が増えると休日は基本的に1人で出かけるようになりました。
今も仕事中はうまく「若手社員」の仮面をして過ごし、休日は1人でゆっくりする事が多いです。
たまに中高時代や大学の友達と会うこともありますが別にそれは苦痛ではありません。
「秘密」や「独立」が許されない小学校に不満を感じ、仮面をつけ始め、だんだん交友関係を狭めていって自分の過ごしやすい環境を作って閉じこもっている感じですね。
今は「彼氏つくらないの?」「結婚は?」攻撃にどう対抗するかが悩みどころです。

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初めまして。スキゾイド気質(診断無し、生活に支障なし、おそらく他の精神疾患と併発)、20代、女です。

きっかけというか、原因は家族にあるように思われます。
まず、父と父方の祖母。2人とも思ったことがすぐ口から出てしまうタイプで、特に私の容姿が好ましくないのか、度々否定されることがあります。特に父は、他人の欠点を笑い話にしようとする癖があります。
次に、父と母。父は無責任、母は神経質な性格で、気が合わず、互いを全く尊敬していないように見えます。幼稚園児だった私に、もし願いが叶うなら「その結果あなたは生まれていない」と言う程ですからよっぽど嫌いあっていたのでしょう。
そして、父方の祖母と母。やはりというか仲が悪い。お互いに、自分の知らないところで死んで欲しい、と思っているらしいです。
……というように、人間関係という能力において、尊敬できる肉親がいない環境で育ちました。恐らくそのために、他人とのコミュニケーションに絶望?したのではないかと思います。思えば、私が孤立を好むようになったのは中学の頃からで、家族がボロを出し始めた時期と重なります(それまでは、子供の前だからと、口論などを控えていたのかもしれません)。

診断書もなく、分析も我流ですが、いつも興味深く読ませて頂いている記事やツイートのお役に立てればと思い、投稿しました。乱文失礼しました。

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素地は幼少期にあったでしょうか、幸い高校まではやるべき目的、勉強があったので、迷うことはありませんでした。大学からですね、自分には興味が一切なく、タスクがないと動けないと自覚しました。興味があると欺瞞して入った学部も、興味がなく卒論書かずに辞めましたし。
タスクって言っても、したくないことはできないし、無能なロボットですね。

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僕も子供の頃から、スキゾイドらしき特徴を持っていました。社会に関心がありませんでした。幼稚園児の頃から、一人で遊んでいたようです。協調性はありませんでした。
小学校に入ると、多少なりとも人と話すようになりました。ですが、基本的に人に関心を持てなかったので、休み時間は教室で本を読んでいました。それでさびしいと感じたことはありません。校庭へは体育の授業・行事以外でほとんど出たことがありません。多少のいじめを受けました。
中学に入り、酷いいじめに遭いました。人間不信に拍車がかかりました。
高校に入り、またイジメに遭いました。表情が変わらなくなり、「ポーカーフェイス」と言われました。
大学では人と関わり合いになりたくなかったので、サークルに入りませんでした。私生活で精神的に追い詰められ、一度、何も感じなくなりました。喜怒哀楽がすべて抜け落ちてしまったようでした。

こうして、私のスキゾイド的マインドは完成するに至ったわけです。

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とーる 2019/02/10 (日) 05:47:26

私は小さい頃から一人で絵を描いたり、空想にふけるのが好きでしたので、生まれつきの気質だと思ってます。
また他人の感情に敏感で、周りの大人に怒られそうな遊び(いたずら、いじめなど)には関わろうしませんでした。
そうしているうちに、付き合いが悪いからと仲間はずれにされたり、逆に自分がいじめられたこともありました。

発育途中の幼少期のうちは両親や教師の指示に従うのは当たり前のことですが、私にとってはそれさえも大きなストレスに感じました。
学校での細かな規律や行動、やりたくもない習い事を強制された幼少期と比べれば、今の方がはるかに幸せです。
小学校高学年になって両親が離婚して父子家庭になったのですが、それを機に習い事を全て辞め、今まで家にいた母親の目がなくなり自由になったことで、この気質に拍車がかかったのかも知れません。

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たんたかたん 2019/03/02 (土) 21:36:25

今思えば小学生の頃にはスキゾイド気質があったように思う
人からは割と好かれたり話しかけられていたが、それを鬱陶しく思い距離を取る行動してた
小さい頃から感受性が高かったんじゃなかろうか

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たぶん、ここまできっかけがはっきりしているのも珍しいかもしれませんが…

最初のきっかけは幼少期の環境です。
第一子として生まれましたが、きょうだいの年齢がかなり近く、覚えている最初の記憶の時点で、既に下のきょうだいが複数いました。
当然親は、下のきょうだいの世話を優先せざるをえません。私を外に連れていき他の子と遊ばせるのも、その間外に出せない下のきょうだいは誰が見守るんだ、ということになり困難でした。
そのため自然と一人遊びが身につき、一人で空想にふけるのが当然のこととしてできるようになりました。
また、幼稚園に入るのが家庭の事情で一年遅れ、その分、他の子供と接する機会が遅れたこともあるかもしれません。

決定的になったのは中学生の時のいじめです。
いじめの内容よりも、それに対する学校側の対応が私にとって問題でした。
今のように社会問題として扱う風潮がなかったので、学校側は加害者側へ指導を一度したのみ。被害者である私へ、加害者に謝罪さえさせないまま決着としたのです。
私に伝えられたのは、「私に非はない」ということのみでした。
ちなみに私の親へ、学校はいじめがあったことすら知らせませんでした。(親に確認済み)
加害者の親からも誰一人謝罪がなかったので、おそらく加害者側の親も知らされなかったのでしょう。

自分に非がなく、それでも他人から攻撃され、なおかつ攻撃してきた相手は謝罪なしで放免となる。
集団の中に居ても守られないのであれば、集団にいる必要もないんじゃないか?
仲間に期待せず、全て自己責任で一人でいる方が、自分の状況を管理できて安全じゃ?
そう思ったのが決定打だと、はっきり断言できます。

どちらかと言えば、昔より今のほうが悪化(?)しているように思います。
昔のほうが共通の趣味を持つ知人とは話せたのですが、今はそういう昔からの知人でさえ拒否感を感じるようになったので。

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throughout_IF 2019/07/15 (月) 09:28:33

皆さんより加減は薄めですがスキゾイド気質あるかな、レベルです・・・
自分は、実家の周りに同世代の子供がいなくて、空想にふけったり本を読んで1人で過ごすことが多かったので。
友人も多くはないけどいましたし。

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一期一えもん 2019/08/06 (火) 19:59:28

はじめまして。もしかスキゾイド気味かなーと思ってる男です。
(ネット書き込み自体10年振り…長くてすみません)

自分の場合、14〜18才くらいで段階的に移行した感じですね。
小学生の頃は、授業中にギャグ飛ばすような子でしたが、
その頃から自分の性欲には嫌悪があり、卒業後は中高一貫の男子校に進学しました。
中2の中頃、あるとき友達が多いと相手によって顔を変えてる自分に気付いて
嫌気がさし、そこから友達をどんどん減らしはじめました。

高2で友達がほぼ0に戻り、修学旅行もサボってあらゆるグループワークも
拒否するようになり、二人組みを作る際は100%わざと余る人間に。
そして自分はいわゆる普通の人生を歩めないなと思うようになりました。
(アスペ化が進み、自意識過剰の限界から極度の緊張、奇行癖とかも出てた)
(既に普通に振る舞うのが辛く、それが一生続くのは考えられなかった)
それからは、あらゆる欲求、興味趣味などしがらみを捨てていき
いつでも未練なく死ねるように心の準備をしていきました。
(進学校でしたが勉強もとうにやめ、浮浪者か野垂れ死にを考えるように)

卒業後、受験しないなら出てけと半ば追い出される形で家を出ました。
お金も身分証も連絡手段も持たず2日ほどひたすら町から離れていって、
寒い夜、うずくまりながら死を予感し始めた時、そこで初めて気付きました。
「もう何もかも全てがどうでもいい。忘れてしまいたい。…でも
   あさって出る次のジャンプの話…どんなだろう…。」
ひとつだけ、未練がちゃんと消え切ってなかった。消したのに。
その夜は公衆便所の中で寝る姿勢を取りながら一晩中どうするか考えました。
普通の人と同じように振る舞うのは本当に本当に辛いですが、
でも、とにかく耐えて、じっとしてれば時間は過ぎてくれる。
7×24時間耐えれば、次の話が読める…。

考え抜いた結果、僕は自分の感情を全て割り切る事にしました。
一度全部忘れて、最小限のルールで生きる事に。
  ・僕は人間じゃない。別の生き物。(違和感の解消)
  ・僕を好きなのは僕だけ。皆は僕が嫌い。(好感度の固定化=平穏)
  ・必要最低限の”普通”の振る舞いだけはする。(労力の最小化)
  ・生きる理由は週刊少年ジャンプ。(目的の単純化)

こうして、他人に一切興味ない孤独大好き人間が誕生しました。
他人の目とか見栄とか愛とか共感とか地位とか金とか、ワケわからん物は
全部無視!  知るか。こちとら人間じゃねんだ。
寂しいとか感じたことないし、そもそも意味不明。
他人=マリオのドッスンみたいな、動く障害物くらいの認識だし
避けにくいのであまり近よらんでほしい。
じゃまた10年後ネットのどこかで〜。

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最近になってスキゾイドを知りました。
きっかけはおそらく幼少期の孤独です。
物心つく頃には両親が離婚。母子家庭で育つ。
保育所では一人遊びが好きで私専用のジクソーパズルが置いてあったほど。
母の迎えが遅くいつも一番最後か二番目くらいまで残っていた。
一番に孤独を感じた出来事が年長さんか小学一年生の時にかかったおたふく風邪が治るまでの一週間。
最初の一日は会社を休んでくれた母だったが、二日目からは仕事に。
登校禁止で母以外頼る人もおらず、熱が38度5分を越えたら職場に電話するように言われて後は一人でずーーーーーーっと家で待機。
平日の昼に子供が楽しめるテレビも無く、当時YouTubeなんてのも無く、でも音が無いと寂しいから何回も見たディズニービデオを繰り返し流す。
何回もやったジクソーパズルを崩してまたやる。
動きのない住宅街を窓から眺める。
ぬいぐるみを周りに並べて寝る。
何もやる事がない。
それが数日間続く。
退屈で退屈で孤独で孤独で。
今でも思い出して嫌な気分になる。
あの一週間が無かったら多分ちょっと違った人生観でちょっと違った大人になってたと思う。

34

追記です。
まだ勉強不足でスキゾイドの傾向と関係あるか分かりませんが、小学5年生くらいまでは何故か自分をロボットだと半分思い込んでいました。
お風呂上がりに体重計に乗り、ロボットだと体重が増減しない、今日は増えていたから大丈夫。体重に増減がない日は涙を流し、ロボットは泣かないから大丈夫。と自分が人間であることを再確認して安心するという謎のルーティンがありました。
それが無くなると今度は20歳くらいまでは何故か自分が若くして死ぬと思い込んでいました。
具体的には自分は10代で死ぬはずだという思い込みです。
前者のロボットには恐怖心があり、後者には恐怖心が無く、何かあっても「でも私はもうすぐ死ぬから大丈夫。」と思っていました。
20歳を過ぎるとただの思い込みであったことに気付き、現在ではそのような思い込みはありません。

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以前から、ここの存在は知っていましたが、初めて書き込みます。
私は20代後半男性でスキゾイド傾向(未診断)があります。

明確なきっかけは分かりませんが、親の愛情不足が一番の原因ではと思っています。
3人兄弟の末っ子として生まれ、家庭は物心ついた時から母子家庭でした。
上2人と違って(上の二人は、かなり手間暇かけてもらってた)、私は常にほったらかしで生きてきて、愛情を全く注がれなかったと感じています。
また、家族と衝突したり、学校の話をすることもなかったので、感情のやり取りを学ばず育ってきたのかなと思います。
後は、子供のころから一人でいる時間が長かったと思います。

そのような家庭で育ちつつも、小学校までは割と活発な子供でしたが、中学校からは誰かと遊んだりは皆無になりました。
高校からは、何かに誘われても露骨に断るようになってきたし人と関わっていると疲れると思っていたので、この時期までにはスキゾイドとして既に完成されていたのかなと思います。
20代以降は徐々に感情が薄れていき、感情が完全になくなったらそれは人と言えるのか?という危機感は感じています。
ちなみに、今の自粛生活も何の問題もなく過ごせている(むしろ快適)ので、改めて、自分はスキゾイドなのだと実感しています。

36
MADORI 2020/05/20 (水) 18:25:11

初めて書き込みます。
最近スキゾイドを知り、その項目に7個中6個当てはまり興味を持ちました。最初はバーナム効果を疑っていたのですが、深く調べていくにつれて当てはまる箇所がどんどん増え、私自身がスキゾイドなのだと確信し、ここにたどり着きました。

私が思い当たる原因は大きく三つあります。

私は三姉弟の末っ子で姉二人が幼いころは母は専業主婦で家族仲も悪くなかったと聞いております。しかし、私が物心ついた頃には両親共働きで、幼いころから家庭外で育ち、私には家族で過ごした一緒の時間というものがほとんど存在しません。そのせいかは分かりませんが、家族の中で私一人が考えが異なることが多く、成長してからも家族から孤立して過ごしていました。この頃から一人の時間が増えたのでしょう。

もう一つの原因は、私は小学校中学年まではクラスの中心に所属しており、とても明るい性格でした。
しかし、高学年に上がった頃、家庭環境が荒れました。一番上の姉がいくら頑張っても勉強ができず、そのことに対して父がお酒の力を使い激怒し、家中のありとあらゆるものに危害を加えました。母が止めようとしても止まらず、しまいには姉が包丁までも手に取るというような事態が毎晩のように私の家庭では行われていました。この出来事により、私はより家族から孤立し、家族を一切信用しなくなりました。

最後の原因です。おそらくこれが最も大きな原因だと私は思っています。私の家庭は母は休みが不定期あったため、土日は家におらず、父は土日が休みだったため、休日は家にいると父がいました。なので、子供の私が頼るとなれば父でしたが、私が父に頼っても、父がそれに応じたことはありませんでした。さらに、父は他者の子供は可愛がりますが、私や私の姉といった自身の子供に対しては可愛がることはなく、褒める言葉すら聞いたことはありません。口を開けば否定の言葉と罵詈雑言ばかり、子供の私に対して「お前には生きている価値がないと」というセリフを何度浴びせたか数え切れません。

スキゾイドのWikiのページに

子供の頃から、「私はこれがやりたい」など、自分の意志を両親など周りの大人から否定(もしくは過干渉)され続けて育ち、自分の意志を表現しようとは思わなくなった(諦めた)人に多く見られる

という一文があり、この一文が私自身が人を信用しなくなった理由を全て物語っていて驚きました。以上が私のスキソイドになった理由です。

私は他の多くのスキゾイドの方が経験されているような、いじめは一度も受けたことがありません。
家庭環境、より細かく言えば父が原因でスキゾイドになったのだと思っています。
理由が異なっても形成される結果が同じようになるというのは、とても興味深いですね。

父個人のことは今でも恨んでいますが、おそらく私個人には生まれ持っての資質の弱さもあったかもしれませんし、スキゾイドになったこと自体は恨んでいません。
しかし、私自身がスキゾイドという言葉を知って、この周りに馴染めない性格にも細かくしっかりとした理由があることを知れて、少し心が軽くなったのも事実です。なので、スキゾイドという言葉がもっと広まって私と同じようなスキソイド気質を持っており、自身の性格に疑問を持ったことのある人に少しでも多く届けばいいなと思います。