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第5回 スキゾイドになったきっかけ

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スキゾイドは生まれつきの性質ではありません。
子供の頃は普通だったり、友達もいて活発だったという人も多いです。

分かりやすい契機がある人もいれば、なんとなく今の性格になっていた人もいます。
何がきっかけでスキゾイド気質になったのか教えてください。

・いつ頃からスキゾイド気質になったのか
・明確なきっかけはあったのか
・昔と今の心情の変化

これらについてブログでまとめる予定です。

ふーと
作成: 2018/12/07 (金) 22:37:49
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スキゾイドか回避性か曖昧なのですが、取り敢えず書いてみます。
自分は、小さいころから自己表現が苦手で人見知りな子でした。とはいえ、独特の性格も功を奏してか友達は何人かいたし、部活のようなコミュニティにも参加してそれなりにやってました。
ところが高校で、失恋のショック、感情を抑えられないことなどが嫌になって、次第に他人から距離を置くようになりました。
はじめは「ぼっち」の劣等感がありましたけど、もとから趣味はインドアだったし、それが快適だったので、今も一人で生きてます。
ただ、年に数回会うくらいの友達ならいても良いかもなぁ、とは思いますね。

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sophia_N4T 2018/12/08 (土) 00:50:05

 自分のことについて語るのはあんまり好きじゃないんですが、情報共有とサンプル提供のために書いておきます。
 私がスキゾイド気質になった最初の要因は、小学校時代に受けた兄からのいじめだと思われます。
当時登校するのに班で集まって登校していました。その集合場所で兄とその友達からのいじめ(当人たちは遊びのつもりだったんでしょうが)を受けて、それが嫌で不登校になりました。
 それ以前はよく兄に金魚の糞のごとく遊びに引っ付いていましたが、これがきっかけで兄が嫌いになりました。
その時の私にとって兄は世界を構成する大部分を担っていたので、兄からのいじめは自分の存在を否定されるようなものだったんだと思われます。今はこれだけ噛み砕いて把握できてますが、当時は何が悲しかったのかすらわかっていなかったです。
 2年生の夏休み明け前くらいに、母から(要約すると)「もう有給を使い切ってしまったからこれ以上休むと首になってしまう」ということを言われ義務感と責任感、罪悪感から学校に通い始めました。
 クラスに戻った後、大多数は割と何も気にしてない感じでしたが、女子男子合わせて6人くらいは見下している感じがだいぶしました。そこからその一部女子どもから嫌味言われたりしましたね。(言い返したりやり返したりしてたのでいじめには発展しませんでしたが)そこから人とあまり関わらず基本一人でいるようになりました。
 この時はまだ人間嫌いではなく、感情表現もまだしてたし仲のいい人とは話してはいました。
 ですが中学に上がり、他人との距離が測れない、気持ちがわからないといった人間が多くいることがわかり、ほとんどの人間に対する興味が失せたことがスキゾイド気質になる最後の一押しになったのだと思われます。

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寝子 2018/12/08 (土) 03:03:24

生まれついてのスキゾイドはいないようなのですが、私は1〜2歳の頃からスキゾイドの気がありました。
一人遊びが大好きで、特に絵を描くことが好きで友達(同じ歳くらいの子供)と遊ぶ意味がわからず楽しいとも思いませんでした。
幼稚園に入って何とか友達のような人はでき遊べるようにはなりましたが、楽しいのかはわからず。
そのままなんとなく小学校はやり過ごし、中学に入ると女子特有のグループを作ってリーダー格の子の意見に右倣え、敵を作って攻撃する等が凄く合わなくていじめの対象になったのですが、最初こそ少しだけ『なんで?』と思ったものの『これは誰かに気を遣わず堂々とぼっちでいられて気が楽なのでは!?』と思い直し嬉しくなったので、この頃からスキゾイド気質が確実に固まったのかなと思います。
それ以来誰の目も気にせず、ぼっちライフを楽しんでいます。一人最高です。
友達はいますが、あまり連絡も取らないし会いもしません。極たまに誘われれば行きますがそれで不都合はありません。

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スキ山ゾイド夫 2018/12/08 (土) 03:36:40

両親が不仲で父はこちらを無視し母は忙しかった。そして近所に歳の近い子供も居なかったので、幼稚園に上る前から一人遊びすることが多く、萌芽はそのころにありました。
離婚後母に引き取られてからも、当時は母子家庭と言えば「まともではない」というレッテルを貼られ差別的な扱いを受けることも多かったですし、周囲の子供たちと隔意を感じてました。また親族も合わない人と仲良くするよりは一人で自立して生活できるように私を教育しましたので、だいたい中学ぐらいまでにスキゾイド的性格の土台は完成していたと思います。それでも学生の頃は部活(というか対人のボードゲーム)をやっていたので、学校では友人と遊び、休みの日は他人と合わないというオンオフのはっきりした生活を送っていました。
社会人になってからは、仕事で愛想の良いペルソナをフル回転させる疲れで休みは一人で過ごすことも多く、趣味の人付き合いは月に1~2回程度でした。
ですが周囲も結婚や育児などで忙しくなってくると、独身を選んだ私に趣味の場で鬱憤をぶつけてくるようになって、彼らと遊ぶことは楽しみではなくなってしまいましたし、下の世代も「交流の輪を広げて積極的に人と関わらないと価値がない」という方々ばかりで、趣味よりもコミュニティ内の序列争いやマウンティング合戦に熱心だったので、あくまでも自分のペースで他人と関わりたい私とは価値観が全く合わず、彼らの持ち込む人間関係のゴタゴタに嫌気が差したので彼らの元を離れました。
今では気心の知れたごく数名の友人とたまに会う程度で、スキゾイド的性格に合った別の趣味で気楽に生きています。

結局の所、私は自分の休息する領域が他人に干渉されることを極度に嫌いますし、いい大人なら自分の責任で処理すべき幼稚な要求やお気持ちや生活の問題を、こちらに解決せよと押し付けられるのが嫌なのです。

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ゆう_ju_die_ 2018/12/08 (土) 06:44:09

小さい頃から人と一緒にいると疲れるタイプだったんですがスキゾイド気質だなと自覚したのは二十歳過ぎてからです。
それまでは誰だって人と一緒にいると疲れるものだと思ってました。

友人に「人と一緒にいると疲れるよね」と言ったところ「え?すごく安らぐよ」と返されたのをきっかけに私はみんなと違ったんだと自覚しました。

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nao_katiwari 2018/12/08 (土) 07:32:20

幼稚園の頃から一人でいすぎて先生に心配されるレベルでしたが、その頃はまだ他の子と元気に遊んでいました。
深刻化した理由は、父親の過干渉(精神的DV)と無理矢理やらされていたテニスです。
学生時代の土日祝も6時間以上練習させられ、隙間時間に友達と約束して遊ぶ気力なんてなくて、「一人にしてくれ・・・一人がいい・・・」とずっと思っていました。
楽しい練習ならまだマシですが、父の機嫌次第だし不機嫌率80%の人なので苦痛でしかありませんでした。
一時期無気力状態になってやっとテニスを辞められた後は、初めて一人の楽さに気づいて病みつきになりました。
辛い状況を周りの大人は誰も助けてくれなかった(できなかった)ので、私のスキゾイド気質は
・一人が楽
・人が大嫌い(危害を加える・解決能力が無くて無力だから)
の2本柱で出来ています。

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さんすん 2018/12/08 (土) 10:09:44

僕は神経症的傾向(サイコパスやシゾイド)が特定の条件下での最適解だと考えていて
積極的に自分にインストールしています.
家族や信頼できる親友とは穏やかに接していますが,残念な方を相手にするときには素敵な武器です.

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私はHSPであり、物心ついた時には既に軽いスキゾイドだったと思います。
リビングに集う家族団欒の場や、大人に構われることが苦手でした(今も)。
きょうだいが3人いたのですが、彼らと一緒にいると大人に構われる確率が下がるため、彼らと同じ空間にいることを好んでいました。
父がスキゾイド傾向のある人で、父とは付き合いやすかったです。
母からは「あなたは父と(性格傾向が)似ているから意識的に処世術を習得しないと苦労するよ」などと言われて育った記憶があります。

小学生低学年時は学校を休みがちでした。
理由は今でもよくわかりませんが、学校のことを落ち着きのないうるさい場所と認識していた記憶があるので、刺激が強すぎて耐えられなかったのだと思います。

高学年になって家庭の都合による転校後は休まなくなりましたが、代わりに、常にバリアを張った状態になりました。
家庭環境も同時に変化しており、親に負担をかけたくないと思ったため、少し無理してでも通学するようにしていました。

中学に入学してからスキゾイド気質が顕著になりました。
超小規模の小学校から1学年8クラスある大規模の中学校に進学し、関わる人数の増加という変化を受けて、HSPである自分の身を守るために、バリアを強固にしていったのだと思います。
また、部活と勉強で結果を残していれば、多少変人であっても周りの人が放っておいてくれたため、スキゾイドとして立ち回りやすい環境でした。これも、スキゾイド気質開花の一因だと思います。

中学以降の学生時代は基本的に一人行動でした。
来るもの拒まず去るもの追わずのスタンスでいたので、誰かしら寄ってきていましたが、ちょうど良い距離感を保てていました。
単純接触回数の多い(同じ部活動や同じゼミの)人とは、そうでない人と比べて、心理的距離が近かったです。

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おもゆ 2018/12/08 (土) 12:07:22

小学校に上がるタイミングで引っ越し、周りはみんな幼稚園からの友達がいる中で自分は誰も仲の良い子がいないな、と感じたのが始まりだと思っています。
友達は自然にできるもの、誰かと一緒にいるのが当たり前という刷り込みがあったのでしばらくは周りと合わせて行動していましたがずっと何か楽しくないな?という違和感は抱いていました。
その後中学でいじめに遭って本格的に孤立しましたが、(嫌がらせさえなければ)単独行動はとても楽だし求めていたものだ、と気づきそのまま育ちました。
もともと嘘つきな子供だったので嘘がばれるのを恐れてあまり本心を語るのは好きではなかったり、母親と性格が合わず考えを否定されることが多かったので、内面的にも誰にも本音を言いたがらない方向性が強化されていったように思います。

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今思うと小学生時代までは普通に友達と遊んでたように思います。
小学生高学年から中学生の頃からスキゾイド傾向があったと思います。はっきりと変化してきたのは思春期のころです。
集団行動がなんとなく辛いなと感じてましたし、皆が盛り上がる学校行事も自分はいつもちょっと冷めていてできれば参加したくなかったなと感じてました。しかし、参加しないとより目立ってしまうので我慢して大人しく参加してました。

高校生あたりではさらに他人への興味も薄れてましたし、家族を含め、自分の内面に踏み込んで欲しくないとはっきり感じるようになりました。周りからはクラスに一人はいる無口で何考えてるか分からない大人しくて変わったやつと思われていたと思います。

大学時代は強制的に集団行動を強いられることがなくかなり自由にのびのびと生きてました。でもサークル活動して、バイトして友達たくさんいて遊びまくっている、いわゆる一般的な大学生的な生活ではなく、ほぼ一人で行動している地味な学生生活でした(それを望んでいたので何も支障ありませんでした)。

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小学生の頃いじめられかけたのが原因かと思っています。太っていたことを理由にいじめられかけましたが、痩せたり、いじめる側と仲良くなってやり過ごしました。

「他人から身を守るためには一般人のフリをするしかない」と学んだのはこの時だったと思います。中学、高校ではコツを掴み、他人と適切な距離をキープしていじめることもいじめられることも無いような距離を保ち続けました。

他人と関わることが大嫌いなのですが、一方で孤立している事を理由に人から軽んじられることがそれ以上に大嫌いなので、大学では部活動と勉学を積極的に行い、双方でそれなりのポジションをキープし続けるようにしました。

今後は他人からマウントを取られない様にするという理由においてのみ人と関わり、報酬としてそれ以外の一人の時間を享受するような人生になるんだろうなと思っています。

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鬼! 2018/12/08 (土) 23:31:37

未就学児の頃は集団の遊びに誘われると黙って逃げて空想世界で遊んでるタイプでした。小学校入学後は何故かグループの中心になることが多かったですが、普通に遊んだり楽しんでやっていけてました。
きっかけは中学生のころかと思われ、突然友人たちが自分の名前を呼ぶ耳鳴りに悩まされ学校を休みがちになりました。その時はっきりと「私に関わる人間が多すぎる」「友達がいるから行きたくない」と自覚しましたが、そんな理由で不登校になる人は聞いたことなかったので、薄々なんかみんなと違うかも…と思い始めました。
当時は「人の好意は向けられたら最後、こちらにどんな負担があっても答えるしかない」「それを迷惑に思うなんて私は最低の人間だ」という思い込みが強く全てに応えようとしていました。結果パンクして、「最初から関わらなければこんな苦労はない!」という考えに至り少しずつ立ち振る舞いを改めてきました。
タイミングとしては、人間関係が複雑化していく中で、周りと同じフリをする為のエネルギーの容量がコップから溢れちゃったのが中学生の頃だったんだと思っています。

今では、「他の人が出来たとしてもあなたが無理ならそれは無理」というカウンセラーさんの言葉や自問自答の結果で、私は私として開き直って人生楽しんでます。ただ協調性がないことが収入面で不利なのをめちゃくちゃ実感してるのでそこだけ模索中です…。

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幼少期から極度の人見知りでした。限られた子としか遊べなかったです。家族や同世代以外は、とくに他人の大人は宇宙人(他に言い回しが思いつかなかったため宇宙人と書きます)だと思っていたフシがあり挨拶されても返事できない子供でした。
小学校上がってから同世代の子たちの流行りのアイドルグループだったり芸能人にも全く興味がなかったので話が出来ず、みんなが言う「可愛い」ってどこを見て、どこから可愛いに入るんだろう?とか思ってました。
その当時、他人と違うということが恐怖でした。
あがり症もあって他人苦手意識は強かったです。

今では自分変なやつだし、っていうか他人もみんな変な人多いのかもって思えるようになったので表面的なコミュニケーションは以前よりだいぶマシになりましたがあまり人と深く関わらないので恋愛経験ゼロです。セクマイなのか?とか最近スキゾイドを知って自分は一体どこに属するのかわからない感じです。

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わさび 2018/12/09 (日) 16:00:27

初めまして、40代男です。
HSPもスキゾイドもけっこう当てはまります。
ただそういえば、小学校低学年くらいまではむしろ大勢の中ではしゃいでたりしてました。
ところがある時こわい同級生に人気のないところに呼ばれ、「調子に乗るな」「元気すぎてうるさい」的なことを言われ、以来びびって極端におとなしくなってしまいました。いじめも中学を中心にわりとありました。

で、気がつくとコミュ障というのでしょうか、人と話をすることすら難しい状態だったので、それを挽回しようと長年あれこれしたおかげか、ある程度まで社交スキルは身につきましたが、どうもあまり人間関係を求めてないかもということにもじょじょにわかってきました(読書などひとりでいるのが快適、というのは子供の頃からありました)。

が、こちらのサイトで「実は無意識では求めている」というのを読んで、うーん、心というのは本当になかなか複雑なものだなと改めて感じています。

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生まれつきというより、生まれる前からスキゾイドだと思います(笑)
厳格な両親のもとで育ち、父親の仕事上、人の出入りの多い環境で子供時代を過ごしたので
自然と静かな環境を求めていたのでしょうか。姉と歳が離れているため一人遊びが常でしたし
子供の頃からうるさい子供が大嫌いでした。愛せる存在は猫だけでした。
特にいじめられた経験もなく、いつも友達と楽しく遊んでいましたが(小学生~大学生)
基本的に人間関係は面倒くさい!好きな人としかつきあわない!が許された学生時代と違って
社会人になってからは「嫌いな人とも仕事をしなければならない。しかもその人種のほうが多い。」
という現実に直面して、更に一層人間嫌いに拍車がかかったようです。
ただスキゾイド特有の「普通に人と接することができるし、むしろ外面が良い」ペルソナなので
むやみに他人に近寄らせないために、バリアを張って自己防衛して生きています。

・いつ頃からスキゾイド気質になったのか→ 生まれたときから
・明確なきっかけはあったのか→ 過剰干渉な家庭環境かな
・昔と今の心情の変化→ 基本変わりません。嫌いな人間と関わるのは時間のムダです。

今は連絡ツールを一切遮断し音信不通にして、人生の目標である友人知人ゼロ成功!
最終目標は世間で言われる孤独死(私にとっては理想の死に方)です。

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思えば昔から何年間も同じ人と仲いいとかもなくクラスが変わる事とか仲良い人も変わってた気がします。
スキゾイドとは気づいていなかったのですか小五ら辺の時に言葉によるいじめ?みたいなのをやられてから(遊び半分だったんだと思われる)は人と居るのがめんどくさくなって友達の誰とも仲良いように思えなくて転々としてました。
高校に入ってスキゾイドだということを知れてよかったと思いました。自分だけじゃないんだなーと
人と目線合わせるのも苦手で名前も覚えられなくて学校は苦痛に感じます。本が唯一の救いです。

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私は仕事を始めてからです。仕事の内容や会社の人間関係のウェットな感じがなじめなくて、というか興味がわきませんでした。飲み会とかも心ここにあらずという感じでした。でもここでスキゾイドを知って、学生時代を振り返ると、人間関係にそっけなかったり、一人の時間を作りたがったり、その傾向はあったかもしれません。突き詰めると生まれつきなんですかね。

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自分がスキゾイドだとはっきりわかったのは高校生になってから。発生自体はおそらく小学生並み頃から。それまでは気づかないフリをしたり厨二病の一種だと思い込んだ。
きっかけは小学二年生から起こる不幸と親からの理不尽で鬱になったこと。小学生の時は鬱なんて病気があるとは知らなくて誰にも相談出来んかった。
心情の変化は
明朗快活

諸行無常
くらい

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幼稚園の頃から1人で絵を描いたり砂遊びや工作をするのが好きだったので元々軽度のスキゾイドだったと思います。
家族親族が宗教の会員で、物心ついた時から集会や泊まりがけのセミナーに行かされたり悩みを言っても宗教的な本を読まされて一緒に解決を考えてくれなかったり、関わりたくない宗教の人から迷惑なお節介をやかれたり、私の誕生日やお祝い事よりも宗教の集会を優先して行かれたこともあり、親への寂しさや怒りをシャットダウンするためや人への諦めによりスキゾイドになったのだと思います。
あと小中高の人間関係(いじめや集団行動など)の嫌気もありますね。
今では仕事をする上で表面上はなんとかやれてますが、家に帰れば人と関わることの精神的疲労はとてつもないですし、1年に1回は精神的疲労で潰れて2週間程引き篭って充電します。これにより仕事が長続きしないのが正直辛いです。

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明確なきっかけはありませんが、小学生頃からスキゾイドの傾向はあったように思います。
もともと内向的な性格だったので、最初は幼稚園に通わせるのが大変だったと母から聞きましたが、自分の中で「幼稚園が楽しくなかった」という記憶はありません。その頃は周りの子どもと馴染んでいたのだと思います。
私はアセクシャルなので、今まで一度も恋愛的な意味での「好きな人」がいたことがありません。
小学生の頃、「好きな男子は誰?」と聞かれ、「いない」と答えると「あなだけ隠すのはずるい」と言われて「本当にいないのに、弁解するのも面倒だな」と思っていました。それ以来、「好きな子誰?」の質問には適当な男子の名前を答えていました。今思えばその頃から少しずつ処世術用の仮面をつけ始めた気がします。
小学校の女子の中でのボス的存在が、日替わりで仲間はずれの子をつくる、といういじめを始めた時は、仲間はずれに参加せず、普通に接していたら‘空気の読めないヤツ’扱いをされました。
こんな感じで小学生の頃は周りをとてもガキくさく感じていたので、小学校の卒業式は開放感でいっぱいでとても嬉しかったのを覚えています。
受験して中学校に入ると、自分と同じような家庭環境(両親の学歴や年収などの点で)の子ばかりで、周りも割と他人に無関心な子が多く、気が合う人たち同士で集まっていたのでとても過ごしやすかったです。
中高一貫校だったので高校に入っても周りにいる友達は中学と同じで、居心地の悪さはありませんでした。
しかし、高校生で初めて1人で映画館で映画を見たときに、1人ってめちゃくちゃラク!!と気づいてしまいました。
高校生の頃は行動範囲も狭いですし、お金もないので1人で行く場所は映画館ぐらいしかありませんでしたが、大学生になりバイトを始め、自由に使えるお金が増えると休日は基本的に1人で出かけるようになりました。
今も仕事中はうまく「若手社員」の仮面をして過ごし、休日は1人でゆっくりする事が多いです。
たまに中高時代や大学の友達と会うこともありますが別にそれは苦痛ではありません。
「秘密」や「独立」が許されない小学校に不満を感じ、仮面をつけ始め、だんだん交友関係を狭めていって自分の過ごしやすい環境を作って閉じこもっている感じですね。
今は「彼氏つくらないの?」「結婚は?」攻撃にどう対抗するかが悩みどころです。

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初めまして。スキゾイド気質(診断無し、生活に支障なし、おそらく他の精神疾患と併発)、20代、女です。

きっかけというか、原因は家族にあるように思われます。
まず、父と父方の祖母。2人とも思ったことがすぐ口から出てしまうタイプで、特に私の容姿が好ましくないのか、度々否定されることがあります。特に父は、他人の欠点を笑い話にしようとする癖があります。
次に、父と母。父は無責任、母は神経質な性格で、気が合わず、互いを全く尊敬していないように見えます。幼稚園児だった私に、もし願いが叶うなら「その結果あなたは生まれていない」と言う程ですからよっぽど嫌いあっていたのでしょう。
そして、父方の祖母と母。やはりというか仲が悪い。お互いに、自分の知らないところで死んで欲しい、と思っているらしいです。
……というように、人間関係という能力において、尊敬できる肉親がいない環境で育ちました。恐らくそのために、他人とのコミュニケーションに絶望?したのではないかと思います。思えば、私が孤立を好むようになったのは中学の頃からで、家族がボロを出し始めた時期と重なります(それまでは、子供の前だからと、口論などを控えていたのかもしれません)。

診断書もなく、分析も我流ですが、いつも興味深く読ませて頂いている記事やツイートのお役に立てればと思い、投稿しました。乱文失礼しました。

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素地は幼少期にあったでしょうか、幸い高校まではやるべき目的、勉強があったので、迷うことはありませんでした。大学からですね、自分には興味が一切なく、タスクがないと動けないと自覚しました。興味があると欺瞞して入った学部も、興味がなく卒論書かずに辞めましたし。
タスクって言っても、したくないことはできないし、無能なロボットですね。

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僕も子供の頃から、スキゾイドらしき特徴を持っていました。社会に関心がありませんでした。幼稚園児の頃から、一人で遊んでいたようです。協調性はありませんでした。
小学校に入ると、多少なりとも人と話すようになりました。ですが、基本的に人に関心を持てなかったので、休み時間は教室で本を読んでいました。それでさびしいと感じたことはありません。校庭へは体育の授業・行事以外でほとんど出たことがありません。多少のいじめを受けました。
中学に入り、酷いいじめに遭いました。人間不信に拍車がかかりました。
高校に入り、またイジメに遭いました。表情が変わらなくなり、「ポーカーフェイス」と言われました。
大学では人と関わり合いになりたくなかったので、サークルに入りませんでした。私生活で精神的に追い詰められ、一度、何も感じなくなりました。喜怒哀楽がすべて抜け落ちてしまったようでした。

こうして、私のスキゾイド的マインドは完成するに至ったわけです。

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とーる 2019/02/10 (日) 05:47:26

私は小さい頃から一人で絵を描いたり、空想にふけるのが好きでしたので、生まれつきの気質だと思ってます。
また他人の感情に敏感で、周りの大人に怒られそうな遊び(いたずら、いじめなど)には関わろうしませんでした。
そうしているうちに、付き合いが悪いからと仲間はずれにされたり、逆に自分がいじめられたこともありました。

発育途中の幼少期のうちは両親や教師の指示に従うのは当たり前のことですが、私にとってはそれさえも大きなストレスに感じました。
学校での細かな規律や行動、やりたくもない習い事を強制された幼少期と比べれば、今の方がはるかに幸せです。
小学校高学年になって両親が離婚して父子家庭になったのですが、それを機に習い事を全て辞め、今まで家にいた母親の目がなくなり自由になったことで、この気質に拍車がかかったのかも知れません。

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たんたかたん 2019/03/02 (土) 21:36:25

今思えば小学生の頃にはスキゾイド気質があったように思う
人からは割と好かれたり話しかけられていたが、それを鬱陶しく思い距離を取る行動してた
小さい頃から感受性が高かったんじゃなかろうか