スキゾイド研究会

1人が好きだけど、1人ぼっちは寂しい。 / 13

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初めてこのような場所に書き込ませていただきます。
数十年感じてきた周りとの違和感が「スキゾイド」という名前を持つことにより、今まで感じていたいくつかの疑問が解けたように思います。このような場を設けていただき感謝しています。

表題にある「寂しさ」についてですが、皆様の経験を拝読させて頂いたところで、ひとつ気になる感覚を思い起こしました。
私自身、寂しさを感じることをほとんどなく生きてきましたが、その中でも「寂しさを感じない」ことを悲観したことが全くありませんでした。というのも、とんでもなく傲慢な考えではありますが、皆が寂しいと口々に言うのは「自己に満足していないからだ」と私が思い込んでいたためです。
寂しいというのは、何かが足りていない状態でそれを他者によって補いたいという思いで、自分が寂しさを感じないのは自己の中で満ち足りているからだ。なんとも自己愛が強く他者を見下した酷い考えですが、私の中では「寂しい」の対義語は「満ち足りている」ことになるのです。 
私個人の性格の問題かもしれませんが、スキゾイドについて少しづつ調べていく中で知った、分裂気質にみられる根拠のない自信と無敵感というのはこれか、とも今では思います(笑)

それでも、寂しいという感情に憧れはあります。
寂しさを原動力にした働きにはすさまじい勢いがあると傍から見てて思うので、あれがあったら生きやすそうだな〜という欲ですが…

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    ふーと 2018/11/03 (土) 21:31:09 >> 13

    僕も、他者から認められることで自己肯定感を満たしたいという欲求が「寂しさ」なのかなと思っています。
    その理屈だと、スキゾイド特有の「根拠のない万能感」によって自己肯定感が満たされていれば、寂しさを感じませんしね。

    寂しさへの憧れという視点は気が付きませんでした。僕が今なんでこんなに「寂しさ」にこだわっているのか疑問だったのですが、「寂しさという原動力」が羨ましいのかもしれませんね。面白い気付きを与えてくださってありがとうございます!