日研北海道地区 新べらクラブ掲示板

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 熊:おっかさん、いいんですかい、それじゃーこちとらは蝦夷っ子でい、永のお暇にはなりやせん、すっとこう
おみつ母:熊さんもとよりあなたの湯は烏の行水、正直もう少しっぱかりゆっくりとお願いしたいとさえ思っていますから御心配には及びませんよ
おみつ:それじゃあ、相方の徳利さんにも台所で湯に入ってもらいますから、あたしたちはぐい飲みさんともう少しばかり待っていますね。
  熊:おっ、ありがてい、こないだまで少しばかり温かかったせいで今日の寒の戻りだぁ、寒には燗ってねー
熊:うぇーっといい湯かげんだねーこんちくしょう、ちんとんしゃん~、えーーーっと『寒の戻りに、熱燗つけて、お帰りなさいの、赤い頬』おおおおう~ってなもんだいこんちくしょう
熊:おっかさんお言葉に甘えて先にいただきやした、どうもお待たせして、ささ、飯にしやしょう
おみつ母:今日はだいぶ上がったのかい
  熊:そうですねー、昼前は上々だったんですが昼頃から少し下げまして、70枚ほどといったところでやした
おみつ:やっぱりこの時期は型が良かったんですか
  熊:あたぼうよ、っとおっかさん勿論のこと皆楽園の方がもっとねー
おみつ母:あたしもこの春から隠居させてもらって、池には様子見程度、熊さんも気兼ねなくできるようにと、向こうに行ってるんでしょう、気になさいませんように
おみつ:私もおっかさんも池は週に二度ほど顔を出す程度で、ほとんどのところは若衆に任せていますから、とはいえ皆楽園にも時々はお願いしますね
  熊:わかってるよー、一緒になったころに随分みんなに冷やかされたのもあるし、近頃は「若旦那上席をどうぞ」なんていいやがる奴までいやがるんで、ちょっと足が遠いてんだよ
おみつ:桶屋の新吉さんかい
  熊:あの野郎、ちょっと握りで負けが込んでるからって、嫌味な奴だぜ
おみつ母:時々は、花を持たせるもんですよ、熊さんときたら端から全部勝ち名乗りだから、今に握ってくれる人もいなくなりますよ
  熊:いやそうなんですよ、こないだもおっかさんに言われたんで、このごろはあっしも端は加減しているんですがね、ちょっと先に行かれるっていと、つい
おみつ:竿と玄翁を握ったら、鬼熊ですね 
  熊:面目ねーぇ
おみつ母:ところで熊さん、あたしはいつ頃ばばあになれるんですかね
  熊:これまた面目ねーぇ、なあおみつ
おみつ:おっかさん、またその話ですか、授かりものですから潮が満ちればってことにしておきます

 夕餉を囲んで、一家団欒です、夫婦仲も上々なら親子の仲も上等です。
さて、熊には嫁のおみつの次にいつでも傍にいるのが三太や四之介のです、仕事はもちろんのこと休みはへら鮒釣りでとなれば年中顔を突き合わせますので、熊の変化には随分と敏感になります、何せ機嫌を見誤ればゲンコが降ろされるのですから。
この夕餉から二三日が過ぎたある夕刻のことでありました。

 三太:ご隠居、ここのところ熊の兄貴がすっかりと男っぷりが上がって、落ち着いてきたとおっしゃってましたが、確かにあっしたちにも以前を考えれば本当に柔らかく接していただいてやすんですが、ただねー
ご隠居:ただなんだい?
 三太:いや、落ち着いたとはいっても熊の兄貴ですから、大工仕事もへら鮒釣りもどちらも現場に入ったなら鬼に変わりやすんですが
ご隠居:そりゃー熊に限らずおのれが全霊を傾けるなにのなにがしには、人というものは程度の別はあれどそうしたもんですよ
 三太:ご隠居、いや確かにおっしゃる通りで、柔らかくまあるくなった兄貴でも相変わらず仕事とへら鮒釣りでは、もっ、少しもしくじりはねーんで、それっぱかりか、時々どきりとするような細かなことまで目が届いてねー
ご隠居:そうでしょ、少し前ならゲンコの一つもが、そうさな三太お前たちも熊の下についてもう三年目だ、それだけお前たちもいくらかは腕が上がったていことじゃないのかい
 三太:いやだなーご隠居、あっしらはまだまだでやすよー
ご隠居:うん、違いない、熊もそう言っていました
 三太:やだなー、上げたり下げたりそれじゃーまるで釣れない時の浮きみていじゃねぇーですか
ご隠居:動くだけよしですよ
 三太:ご隠居にはかなわねーな―、ままっそれは別として一昨日ぐらいから兄貴のって、えーぇちょっと様子がねー
ご隠居:様子がどうしたんです
 三太:ご隠居、これだけはお願いしたいんでやすが、勿論のこと兄貴にはショナイで願いますよ
ご隠居:心得ていますよ
 三太:あっしがご隠居にご注進なんて―ことになったら、唐茄子のつまみ食いどころの騒ぎじゃねーんですから
ご隠居:あの時の熊はすごかったねー
 三太:3つほど摘んでゲンコが10ですから、兄貴数が合わねーなんて言ったら、そうかってあと五つも追加で食らったんでやすからー
ご隠居:まあ三太お前がゲンコを恐れずしょないでということは熊のことを思ってのことでしょう私の腹に深く納めるから遠慮なくお言いなさい
 三太:一昨日ですが、兄貴に連れられて皆楽園で一日遊んだんですがね、お昼時におみつ姉さんがこしらえてくれた弁当をいただいたんでやす、まぁ飯とくりゃー茶の一つもとあっしが腰を上げたんですが、「おいらもっ」てー四之介を「二人で行くほどのこっちゃねー」と奴を脇に置いて、お茶を汲みに釣り座を離れたんでやすが
ご隠居:気が利いてますねー
 三太:兄貴がこうしたことにはね、普段から「飯には茶、ぐれいの鼻っ先を読めねいと仕事の先なんざー」なんて小言がとんできやすから
 三太:で、土瓶と湯呑をもって釣り座に戻ったのが少しばかりかかりやした、まあお昼時ですから結構な混雑で、丁度あっしのすぐ前のご老人が蹴躓いて折角の土瓶を桟橋に返しちまったんでさぁ、まさかまた一から列のしまいに並ぶっていとさすがにお年寄りには難儀と思って「良かったらどうぞ」と、あっしの土瓶を、いやね、ご遠慮はなすったんですがなんとかお受け取りいただきやして、列の最後に回ろうとすると「いいじゃねーかー、良いことしなさるそのまま並びねい」ってことで5名ばかりの旦那衆が、順送りいただけたもんですから、まあそーですね熱燗が付くぐらいのちょっとした間でしたんで、「兄貴少しぱかりかかりやしてあいすみません」、と申し上げたんですが
ご隠居:で、ゲンコ
 三太:ご隠居、兄貴がこうしたことでゲンコなんて―ことは絶対にありやせん、「みなさん並んで待っていらっしゃるんだからおめいらも行儀よくしねー」、といつも言われてますんで兄貴に限ってはそんなことにはならないんでやすが
ご隠居:あの熊がどうも、そんなことを言うようになったかねー、で、どうなった
 三太:ってどうってどうにもならないんでぃやす
ご隠居:いやだねーお前さん、いやさ、いくら下手な落語だって落ちがないのはどうにも気持ちが悪いよ、話の道中がいくらかしくじっても、下げを申し上げなきゃ幕はおりませんよ、客だってどこで拍手をしたやらーって両の手を観音開きにして、こうガクッと頭が前に出るよ、ことによったら拍子で観音が閉まって頭を挟んじまうかもしれないじゃないか、な、な、なんか言ったでしょう!
 三太:ご隠居、ごもっともあっしもあの日は同じように感じたんでやすが、兎に角その日は終いまで兄貴は一言も話しませんでした
ご隠居:気味が悪いねー
ご隠居:そうするっていと、その日はあとは四之介とっていことかい

管理人
作成: 2025/01/27 (月) 13:38:28
最終更新: 2025/01/27 (月) 13:54:25
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