───それは、輝かしき夢の影差す新世界───
───昔、大きな戦争があった。
私が生まれる前のことだ。
しかし、戦争が終わっても、平和には影が落ち続けた。
誰しもが“聖杯”を持ち、運命の示すサーヴァントを喚ぶ。
安寧からはあまりにも離れた狂騒の中で、それでも、私達は生きている。
それは、「秋葉原」から遠く離れた、影に包まれる繁栄の世界。
・(泥Requiem世界を舞台としたロールスレッドです。)
───それは、輝かしき夢の影差す新世界───
───昔、大きな戦争があった。
私が生まれる前のことだ。
しかし、戦争が終わっても、平和には影が落ち続けた。
誰しもが“聖杯”を持ち、運命の示すサーヴァントを喚ぶ。
安寧からはあまりにも離れた狂騒の中で、それでも、私達は生きている。
それは、「秋葉原」から遠く離れた、影に包まれる繁栄の世界。
・(泥Requiem世界を舞台としたロールスレッドです。)
>> 125私 が遂に巡り合った運命で。いつの間にか、サーヴァントとして、何よりも一緒に生きるものとして、スバルの存在は、とても大きなものになっていた。
>> 127
「お二人とも、あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します」
「あの。あけましておめでとうございます、って、なんですか?」
当惑しているスバルを他所に、一旦挨拶を貰った二人に返事をする。姿を消したトウマが押し付けていったお年玉を、不思議そうな顔をして見つめるスバルに、ツクシは、言葉を続けた。ぴん、と人差し指を立て、少し得意そうな顔をして、朗々と語りあげる。
「今この瞬間、この街は新しい年を迎えた。そのことを、『年が明ける』っていうの。で、それがおめでたいから、みんなで一緒に喜んでるんだ」
「あたらしいとし。こよみが、ひとつすすんだことが、“おめでたい”?」
「そう。何でかって言うと……そうだな」
ぽん、と、ツクシが手をスバルの頭に載せる。お年玉を持っていない方の手でそれに触れるスバルをまっすぐ見て、笑った。
「君が元気でいてくれること。1年間、こうして生きる時間を重ねたこと。それが、おめでたいの」
───最初は、迷子の子供サーヴァントだと思っていた。契約が何かの理由で切れたはぐれなのかも、と。でも、そうじゃなくて。本当は、
「だから───あけましておめでとうございますって。今年も宜しくお願いしますって。そう言うんだ」
それが、本当に嬉しいことだから、と。
聞いていたスバルも、意味を自分の中で噛み砕いて、納得したのだろうか。少しずつ、柔らかな笑みを浮かべて。
「なら、ハービンジャーも、おかえしします。ハービンジャーも、マスターとすごしていることが、とてもうれしいです」
「あけましておめでとうございます。ことしも、よろしくおねがいします」
す、と、手が差し伸べられる。それを、ツクシも握り返す。
「「これからも、よろしく」」
───新たな年を迎えた「天王寺」。人々の喧騒は未だ止まず、その到来を、共に喜ぶ声が響いている。
/泥モザイク市年越しなりきり、これにて閉幕ということにさせていただきます。
/参加していただいた皆様方、昨年から本年にかけてのご参加、ありがとうございました!
/改めまして、あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します!
彼女は工房で眠る友人の身体を揺する。
「起きなよメギドラ。新年来たよ」
長く伸びゆく鐘の音。話のネタに、初詣に行くと言い張って聞かない有子のことを話した際に、どう言う吹き回しなのか儂も行ってみたいとメギドラは催促してきた。
新年くらいは羽目を外すのも良かろうと、そう思って着物まで都合したのだが、どうやら催促と似た色の気紛れを起こしてご覧の有様。リビングデッド故に必要としない眠りに耽溺し、ムニュムニュと口を動かして寝言らしきものを漏らす姿は見かけ上の年相応に可愛らしい。
さて、これをどうするか。有子のことを「おさげさん」に頼み、一人店に残ったレヴァナントは思案する。新年に特別の価値を見出だせない彼女としてはごった返す神社に苦労と時間を浪費して並ぶ理由がない。約束はあるが気紛れに眠ったメギドラが悪い。このまま自分も眠るのがおそらく正しい判断だろうが……
「……いいか。たまのことだし」
よいしょと、小さく呟いて。レヴァナントはメギドラを背負って工房を出ていく。コートは要らない。彼女も友人も聖杯で風邪を防ぐような真っ当な不死は持ち合わせていないから。
夜空は透き通る晴れ模様。瞬く星は人の至れない空の上。ビーズの首飾りを解いたように散らばり散らばり。そして吐く息の白に隠れていく。
「メギドラ。ねぇ、本当は起きてたりしない?」
返事はない。
友人の身体は相変わらずひんやりと冬の冷たさのままだ。死体の彼女に眠る間の体温上昇など無縁。黙りこくっているのか、本当に眠っているのか、小さな身体から伝わる感触からでは区別が付かない。なら。どっちだって構いやしない。そうレヴァナントは思った。どうせ今から話すことに大した意味などないのだ。
「あのね。私さ、アンディライリーになる前のこと薄っすら覚えてる。お母さんとお姉ちゃんがいたんだ。……でも嘘の記憶だったんだ。それ。私には家族なんて誰もいない。生まれたときから人なんかじゃない。だから。ずっとひとりぼっちなんだろうって」
他人事のような、平坦な語り口。
レヴァナント、いや。ザイシャからすれば深刻な話でもないのだろう。センチメンタルに浸れる子供時代はとうの昔に過ぎ去り、今ここにいるのは年齢相応に身体を作り変えたレヴァナント・ラビット。だからそれは乗り越えてしまった通過点にすぎない。
無論背負われるメギドラも既に承知のことだ。それだけにレヴァナントは多くを語らずに近隣の寺社目指して歩みを進めた。が、唐突にその足は止まる。
「でも…………メギドラのことは家族だと思ってる。迷惑だったら、うん。ごめんね」
それだけ。
出し抜けの言葉をぶっきらぼうに切ると少女は再び歩み始めた星空の静寂の中で耳を澄ます。
顔を仄かに赤くしていたのは寒さに震えたからだろうか。それも白霧にまみれすぐに見えなくなってしまった。
遠くから鐘の声が聞こえる。神戸にも新年を祝う風情はまだ残っていたらしい。しかしクロニクは、いや、紋章院だけは年明けの浮かれ気分の外で白けたような顔をする。復興派に他愛のない喜びを祝う余裕など存在しない。一刻も早く次の依頼を達成しなければ。…………そう思っていたのに。
「なぜ……! 私が……! こんなことを……!」
新年早々に金時芋をひたすらマッシュしていたクロニクがいた。次から次へとボゥルに足されていく芋はまるで悪い夢でも見ているかのようだ。
その隣でマッシュした芋に果汁と切った栗を混ぜていたアンリエッタが眠そうな目をクロニクに向ける。
「仕方ないじゃん。おせち料理が完成してなかったんだから。2時までには寝れるように頑張ろ、伯母さん」
「おせち料理を作る意味!」
クロニクの手元で一層力強く金時芋が潰れる。
アンリエッタは今の一撃で良い塩梅となったボールをクロニクの手から抜き取ると新たな芋入りボゥルを置く。
グシャリと芋が潰れた。
「それも栗きんとんばかり! こんなに要らないでしょう栗きんとん!」
「私が色々迷惑かけてるから藤咲の人の機嫌取りしようって提案したの伯母さんだし。甘いものはウケがいいって言ったのも伯母さん」
「一個も……! 覚えが……! あり……! ません……!」
ガスガスとクロニクが芋を殴る。
途端にマッシュポテトがボゥルの中で整地されていった。アンリエッタは目を丸くする。
「おー。ポテト潰すの上手いね伯母さん」
「紋章官の私にこの程度の単純作業が務まらずにどうしますか!」
「母さんには無理かも。母さんは伯母さんみたいなゴリラパワー持ってないから」
「終いにはゴリラパワーで張っ倒しますよ!?」
そんなこんなで。
年は明けてもいつもと変わらず夜は更けていく。
いつかとは逆だな。なんて、ガフの頭の片隅にそんな言葉が浮かんだ。
年甲斐もなくはしゃぎにはしゃいで新年を迎えた酔っ払いこと花宴は数分前に糸が切れるように横になり寝息を立て始めた。今はガフの膝を枕にして離れようとしない彼女をどうしようかと頭を悩ませる最中だ。というか、自分の膝は硬くはないのだろうか。アズは9時にはベッド入りしているし、アトリスも珍しく就寝中。昼から花宴のテンションにつきあわされていたのだからさもありなん、そんなアトリスを無理に起こしたくはなかった。
窓の外へと見上げる空に瞬く落ちてきそうな星星。穏やかな寝息の主を困ったように撫でる不眠者の彼は、今夜は星を眺めて夜を徹そうかと思案を巡らせ、撫でる指先が触れる髪、その一本一本を味わうかの如くゆるゆると優しく手を這わせていた。
こんな穏やかな夜は何十、いや、何百年ぶりだろうか。花宴の治療を受けてからというものガフの心は凪ぐことすら増えてきた。平静のまま在る、というのは存外心地よいものだ。一年前には思いつきもしなかっただろう価値観は、ガフに大きな戸惑いを与えながらも、少しづつ心身に収まってきている。もうしばしの時が経てば定着するかもしらない。
全て花宴のおかげだ。ガフはそう考えている。
それは決して無条件な信頼でも臣従でも心酔でもない。言葉にしづらいが、ただ、彼女のことをガフは信じる事ができた。例え花宴が嘘をついたことが見え透いているようなときでも、きっと自分は彼女の言葉の裏を信じて待つのかもしれないとガフはそんな気がしている。これは感謝なのか? 尊敬なのか? 夜を徹して考えても答えは出ない気がした。
その時、
「……………ぁ………」
花宴が何かを微かに言葉にした。小さすぎて聞こえない言葉。寝言だから意味すらないのかもしれない。だというのにガフの口の端が弧を描くのは、花宴の幸せそうな表情に釣られたからだろうか。
小さく微笑んでガフは大切なものを気遣うような手付きで花宴の頬を指でなぞる。
────その感情が「愛おしい」と形容されることに気がつくまでは、あと、幾つの星を数える必要があるのか。答えはまだ誰も知らぬことである。
────────梅田迷宮地下88階層
残響時間、トワイライトと名乗る魔術師の工房は年越しを迎える外界とは売って変わって静寂そのものだった。
聞こえるのは工房の主トワイライトが机に向かい羊皮紙に何かを書き込む為、ペンを走らせる音だけだ。
そんな中、僅かに手先がブレ、カチリと、僅かな振動で機材が動いた音に残響時間、トワイライトはふと顔を上げた。
「ああ…もう年末、どころか年が変わってるじゃない」
ふと机の片隅にあったデジタル時計を見るとその日付は1月1日を指し示していた。
やれやれと肩を竦めて、何かを書いていた手を休めると腕を上げ、伸びをする。
500年も生きてると時間感覚が狂ってくる、時間操作の魔術なんて使っていれば尚更だ。
元々トワイライト自身が新年に然程の重要性を見出だしていないという事もあるだろうが。
「まぁ、それでもハッピーニューイヤー…ってとこかしら?」
椅子から立ち、机を離れたトワイライトはどこからか赤ワインを取り出すとグラスに注いだ。
誰にでもなく一人呟くとグラスに口を付けゆっくりと中身を味わう。
「来年こそは「 」にたどり着きたいわねぇ……確か毎年言ってるけど」
ワインを飲み干したトワイライトはグラスを適当に投げ捨てると、新年のことなど頭から消し去り再び羊皮紙へと相対した。
モザイク市、梅田。
旧大阪に存在する二大モザイク市の一つであり、多くの他都市と接続する交通の要衝。
今まさに繁栄を謳歌するこの街を、茶のコートをまとった男が一人歩いていた。
「ここはいつ来ても賑やかだね、シュレーディンガー」
彼の肩に乗る、白衣を着て、眼鏡をかけた猫を優しく撫でながら声をかける。
猫はその呼びかけに対し、人語をもって返答した。
『私は喧騒は好きでは無い。用事が済んだら早く帰るぞ』
「偶には観光も良いものだよ。記憶は文面の情報には限らないさ」
『もう良いだろ。研究に戻りたい…』
「そうだね。そこまで言うなら、そろそろ帰ろうか。”漏斗”をよろしく」
『…帰る時は私頼りか。オマエこそ偶には交通機関で移動しろ、まったく…』
そう言いつつも、シュレーディンガーと呼ばれた猫は前方の何も無い空間を凝視する。
瞬間、格子状の”漏斗”のような門が開き、彼らを迎え入れる。
「じゃ、行こうか」
『時間等曲率漏斗』を通り量子状態へと変換された彼等は、漏斗直線上で自在に実体化し、結果的な瞬間移動を行う事ができる。
普段通りの行動により、元の居場所に戻るはずだった、が…
「!」
まれに、慣れた彼等でもこのような”事故”を起こす。
実体化箇所を誤り、想定と異なる場所に移動してしまう…
今回のその場所は、経験上”悪い”座標であった。
「これは…!」
『上空か…マズいな』
地上5m程度。このまま落ちても死にはしないが、それなりに怪我は負うだろう。何より問題なのは、自由落下地点に人がいないかどうか…
漏斗の再展開の時間はない。彼等は重力加速度を全身をもって感じながら、それを祈るしかなかった。
刀根音子は、大工の棟梁である。梅田が「梅田」となる前から大阪の地に根付いている、日本最古の企業“金剛組”の技術的後継者、“奈落組”を引っ張る頭である。
大阪三都に存在するおよそ全ての古式建造物、或いは魔術的建造物の修繕維持を担うが故、カレンシリーズや寺社仏閣の管理者との打ち合わせをするか、現地に赴き現場の指揮を取るか、その2つに1つが彼女の日常であり、今日は前者に取り組んでいた。
「ったく。魔術師がなんぼ偉いか知らんけど、あたしらは便利な小間使いとちゃうで……」
「梅田」の主要なエリアを接続する高速連絡鉄道線。人々の雑踏と共に、スーツ姿で其処から降りる。現場で働く方が性に合っている彼女にとって、自分達何でもない一般人を見下す魔術師という人種との対話は、気難しい一般人を相手にするより遥かに面倒かつ危険な仕事であった。
ろくに体を動かしている訳でもないのに、そう錯誤する程の疲労感が抜けない。自分の肩を揉みながら、脳裏で未だ無機質に此方を睨める依頼主を追い出す。もしも自身のサーヴァントたるあの将軍様を連れていなければ、どうなっていたことか。叶うならば、ああいう手合いからの仕事は断りたいところだが……。
ぼつぼつと、ささやかな呪いの言葉すら吐きながら、彼女は駅前の通りを歩いていた。
「……ん?」
ふと、妙な音を聞く。モノが突然現れたような。
下を見れば、奇妙な影。上には構造物すらないはずなのに。
そして、見上げてみれば、
「――――何でやねん!??」
思わず突っ込む。其処にいるのは、テレビでよく見る顔。梅田の都市軍所属の、ネコといつも一緒の男。
何故だか、その男が上空に。訳のわからないまま叫び、そして硬直する。
あ、と思う間もなく、その影は落ちてきた。
「当たるッ――――!?」
よりにもよって、将軍様は先に帰っている。このままでは、自分が潰されてしまう――――。
そんなモザイク都市梅田の喧騒の中、一人の少女が歩む。
「いやぁ、久々に甘い物食べると若返った気分だわー。おねえさん満腹」
「グァハハハハハ! 若返った気分と言うがそう思う時点で歳を隠せてないなぁマスターよぉ!」
小学校半ば頃の身長の少女の隣を、追従するように大男が歩みながら呵々大笑する。
少女の名はエメリア・フィーネ・グランツェール。俗に『"嵐を呼ぶ女(ミス・アンタッチャブル)"』と呼ばれる、少し魔術に精通した者ならば名を知るほどに有名な魔術師。
あくまで高名ではなく、有名。その二つ名が示す通り、彼女が往く先々には必ずと言っていいほどに、嵐が吹き荒れると名高い女だ。
……こう見えて年寄り臭い言動をするが、命が惜しければ彼女に年齢の話題は避けることが良いだろう。
そしてその隣を歩むは、エメリアのサーヴァントである"剛健"のアーチャー。
名をビーシュマと言い、インド神話最大の叙事詩マハーバーラタにて、最強と言われる男である。
彼らは、いや正確に言えばエメリアは、ある男を探し出すために世界中を渡り歩いている。
生まれのロンドンからはるばる彼方の極東・日本まで、"ソレ"が存在するというか細い糸のような可能性を辿って、ここまで来た。
どんな噂でも、どんな小さな言の葉でも、"ソレ"がいると思われるならば即座に駆け付ける。
だが、彼女のその旅路が安寧なものであったか、と問われればその答えはNoとなる。
何故なら彼女は『"嵐を呼ぶ女(ミス・アンタッチャブル)"』。安寧な旅など、彼女の運命が許すはずがない。
「んぇぇ!? 上空に突然人が!? ダイナミックバンジー!?」
「戯けェ! こりゃ魔術か宝具だろうよ! マスター! "お前が探してる連中"の仲間かァ!?」
「んーわかんない! とりあえずキャッチして助けよ! 全速力!」
「おし来たァ!」
突如として空中に出現した人影を、けがをさせまいと駆け寄る大男と、その肩に乗った少女。
2人は人ごみをかき分けて駆け抜ける。自由落下する人影を、救助することは出来るのか────
>> 138
「(マズい、人か…!)」
5m地点から地上に落下するまで概ね1秒。ちょうど真下に地上を歩く人が存在する事を確認するのはそう難しい事ではない。
それを避けるとなれば話は別だ。
『(因果系統樹上に回避ルートが無い…!避けられないか…)』
彼等自身の行動によってはもはや、地上の不運な女性の頭上への落下は防ぎようもないことを察知した彼等は、せめてその身をよじる事程度しか出来なかった。…だが。
>> 139
「!?」
晴天の霹靂のごとくに、彼らの肉体ごと攫っていく”何か”を、感覚として感じた。
ふわりとした、一種心臓に悪い浮遊感が襲うと共に、何の負傷もなく確固とした”地面”を感じた彼ら。
次に確認したのは、彼らを抱えていると思われる、あまりに浮世離れした強面の男だった。
『……やれやれ。助かったようだな……』
「……そのようだ。」
数秒かけて現状を理解すると、彼は地上の女性と、彼らを救った男たちの両方に声をかける。
「すまない。お騒がせしたね……。たまに起こる”事故”だよ。量子状態で移動していると外界の確認が疎かになってね……」
『私からも謝罪しよう。ともあれ助かった…』
人語を発する猫とともに謝罪する。しかし彼らはらこれでこの場が収まるとは思えない予感を感じてもいた。
>> 139
>> 140
風。せめて頭だけは守らなければ、と咄嗟に構えた腕にも、また体にも、何の負担もかからない。
ゆっくりと構えを解いて見やれば、見知らぬ女と大男。そして大男に抱えられた梅田軍の男……と、抱えられたネコ。
「……助かったァーッ!」
どうやら、そういうことらしい。いくら“聖杯”が命を守るとは言っても、痛いものは痛いし、死ぬ時は死ぬ。ひとまず、そういうことはなくなったようであった。
梅田軍の男……ああそうだ、確か尾名畦とか言ったか。彼はそういえば、サーヴァントであるネコの力を借りてワープができるのだとか。謝罪の言葉を聞く限り、ワープ中の事故ということか。
「まあ、あたしは別に無事やったし、構へんよ。次は気ィつけよ」
「……んで、そっちの……アンタら、でっかいのとちっちゃいの。助けてくれた……んやな。取り敢えず、おおきにな」
平生の顔見知り故、ややぶっきらぼうではあったが、彼女もまた、自らを助けてくれたと思わしき二人に対し、謝辞を述べる。相手がヨソモンだろうが、小さい子供を前に眉根を寄せるほど狭量ではないのだ。
>> 140
「グァハハハハハ! 良いって事よォ! 助けろと言ったのはマスターだからな! 礼はこっちのちっこいのに言いな!」
「えー? それにしてはアーちゃんもノリノリで助けに行ってなかった~? って、あれ? ありがとうが2つ?」
助けた1人と1匹を見ながらエメリアが疑問符を浮かべる。
助けた人影は1人だったのに、明らかに声が2つ聞こえたからだ。
そして百四十(ry年生きた彼女は、その長年生きた勘から、その声が猫から放たれたものだと気付いた。
「えー? 何この子使い魔ー!? 可愛いー!」
命の危機……とまではいかないが、けがを救った事など忘れて、エメリアはシュレディンガーの頭を撫でまわす。
その様子は少女が猫をかわいがるというより、老人が猫と戯れる様を連想とさせる仕草であった。
>> 141
「さて……お前も危なかったな。ケガは無いか?」
マスターが猫に夢中になっている最中、ビーシュマは刀根に声をかける。
その服装から、ただものではないとビーシュマも悟ったらしく、興味深そうに刀根を眺めていた。
「その服装を見るに…お前さんは職人か何かかい? 筋肉のつきようを見るに、女にしちゃあ随分と鍛えているように見えるな」
グァハハハハハ……と笑いながら、ビーシュマは続ける。
「名前は何ていう? 俺ぁビーシュマ。この猫と戯れているちっこいのがマスターのエメリアってぇんだ。
俺らはこの辺に来て日が浅い。"ある連中"も探している。良けりゃあこの辺で人が集まりそうな場所を教えてもらえやせんか?」
/刀根棟梁は今スーツ姿ですぞー!
/ごめーん! 放つオーラとかに置き換えてください! 急いで打ったせいか…
>> 141
「すまないね…滅多に起こらないんだが…」
「通天閣の屋上だの、謎の迷宮だのによく迷い込むんだ。今回はまだましな方さ。怪我がなくてよかった」
眼鏡を直しながら、気さくな様子の女性に弁明する。
『コイツの難解な説明で理解するか。さてはもう知っているのか?』
「何度もTVに映されているじゃないか。今更だよ」
『私は目立つのが嫌いなんだ。反対したぞ』
「良いじゃないか…おっと、悪いね」
彼はサーヴァントと思しき男の腕から離れ、茶色のコートから埃を払って立ち上がった。
>> 142
『やめろ、撫でるな。私は人間だ…』
そうは言いつつも心地よさから体を預けるシュレーディンガーを尻目に、改めて、自らを間一髪で救い出した恩人に向き直る。
「私は尾名畦 。天王寺の大学で教授をしている。…さて、キミは…」
じっと、眼前の巨大なサーヴァントを見据える。
筋骨隆々で天を衝くような肉体、おそらくは神代の英霊に属するだろう。
顔付きや鼻だち、服装などをまじまじと眺めると、彼は改めて男の顔を見た。
「『マハーバーラタ』の英霊かな。それもかなり強者の戦士のようだ。」
「なるほど、ビーシュマか。それなら納得だ。良いサーヴァントに巡り会えたものだね、キミ」
どこか貫禄を見いだせる少女を見て言う。自己紹介によって判明する形となったが、外見の情報のみでかなり近いところまでは迫ったのではないだろうか。
これは彼の独自の力だった。知識からある程度の真名推察を行う技能。芸としては、彼が自信を持っている方の分野であった。
「助けてもらったお礼だ、それぐらいならお安い御用さ。もっとも僕はこの辺の土地勘がなくてね…駅のあたりぐらいしか、ピンとこないな。悪いね」
>> 145
「謎の迷宮……な? そらまた、災難やな」
相手には聞こえないように、少し鼻を鳴らす。自分の正体を知っていて、この往来でその件について宣っているのならば、少々「対応」を考えねばならなかったが……どうやらその気配はない。
単純に、ワープの事故で到達してしまったということだろう。密かに準備していた《令呪》によるカレンへの通報を中断する。
基本的に、あの迷宮の存在は厳秘だ。噂程度ならばいい。カレンが適当に、廃棄街領域で対応するだろう。あの迷宮への到達法を知らないままに動く程度の者は、彼処へ入るべきではないのだ。
ともあれ、到達していた、という事実自体が問題である。後々、報告をする必要はあるだろう。
「ま、今度テレビで見たら応援したるわ。えーと……ドゥオイメイ、でええんかな」
>> 142
……さて。もう一組、ヨソモンであるでっかいのとちっちゃいの。
「ほー。アンタ、見ただけで分かるんか。流石にサーヴァントやな」
「マハーバーラタか。確か、インドの物語やったっけ? 知り合いが言うとったわ」
尾名の言葉を聞きつつ、彼女は二人に胡乱な眼を向ける。
「……あたしは元々梅田の出身やから、助けてくれた礼もあるし、案内くらいしたるけど。ある連中って何やの?」
>> 145
「あららサーヴァントかぁー。ごめんなさいねぇお姉ちゃん勘違いしちゃって、飴ちゃんあげるわね?」
謝罪をしながら名残惜しそうに手を放してシュレディンガーを開放するエメリア。
尾名の自己紹介を聞いて、彼女自身も己の名を告げる。
「私はエメリア、エメリア・フィーネ・グランツェール。イギリスから日本までやってきました!
こっちのでっかいのはその通り、ビーシュマ。良いサーヴァントかー、私もそう思ってる!」
薄い胸を張りながら、尾名の言葉にどこか誇らしげに彼女は言った。
「駅かー、確かに人が集まる場所って言ったらこれ以上は無いわよね。
"あいつら"もそういう所にいそうだし、うん。案内してもらおうっかな」
>> 146
「んー、まぁいっか。周囲にいたらいたでその時だし」
「お前なぁ……。いつもそうやって行き当たりばったりで痛い目を見るだろうに」
まぁまぁ、と眉をしかめるビーシュマを宥めながら少女は説明を開始する。
「お姉さんね、こう見えて長生きしてる身なんだけど、昔は色んな場所行ってたの。
人が死ぬとき、どんな思いで死ぬのかって集める命題だったから、そのためにね。
……その時、たった1人だけ逃した、すっごいやばい奴がいて、そいつが今徒党を組んでるって言うの」
少し寂しそうに、少女は空を見ながら話す。その胸に秘めるは、
その歩みの中で死んでいった人々への追悼か、あるいはその"奴"を逃がした事への、自責の念か。
「凶悪犯罪を起こしてるらしいから、こりゃ逃がした私の責任!? って思ってね。
だから私が直接ふんじばってやろうって話し! 人死になんてもう滅多に起こらなくなったから、
命題も守らなくていいしね! 代わりに魔術師は廃業したけど! 後悔してないよ!」
からからと、あっけらかんとした態度で笑いながら少女は続けた。
「だって、もう後悔しながら死んでいく人は、いないって事だからね」
/ごめん時間的に次がラストかも
>> 146
知識の牙城である大学だが、彼らは普遍的な知を探求する組織であり、彼もまたその例に漏れない。
基本的には「都市に潜む闇」のような問題には不干渉であり、興味を持たない者が殆どだ。それ故に「知り得ないものは知らない」。
外部から提供された旧梅田地下街の地図などはアーカイブとして存在するが、組織として法を犯す場所では基本的にない。それ故に彼は、彼女が機密の管理者である事、その迷宮が機密の場所である事実の双方を知り得なかったのである。
「戦争では見栄えは悪いだろうがね。今後ともよろしく」
>> 147
『死に際の思いだと?とんだマッドサイエンティストだな』
「…何やら、とんでもない話に片足を突っ込んでしまった様だね」
少女の口から語られた事情は、通常の人生を歩んできたと言える彼らにとっては常軌を逸した会話に聞こえるものだった。
『どうする。協力するのか?』
「もちろん。恩人だからね。…って、ここはもう駅前か」
「まあ、案内はさせてもらうよ。ゆっくり話そうじゃないか。死については、僕も平素から考えている命題だ」
着いてきてくれと言う具合に、彼は歩き出す。
「死と言うのは、肉体が滅んだ時には限らないさ。本当の死は…それが、忘れられた時に訪れるものだからね」
/了解です!
>> 147
……正直に言ってしまえば。理解不能、というのが、感想だった。
彼女は魔術世界について詳しい訳ではない。高慢ちきで、冷酷で、わけのわからない存在。魔術師などそういうものであろう、というのが彼女の認識である。
従って、相手がその魔術師であった事実、そしてその命題について言えば、厭悪すら抱いた。
死に際を集めるなど、何たる悪趣味か。それが故に妙な犯罪者が生まれ、剰え徒党を組んで地元にいるかもしれないとは。何たる大迷惑な女であろう――――。
しかし、その後に続けた言葉で、その印象は砕かれた。己の魔術師としての活動によって生じた「かもしれない」問題を、わざわざ解決に来る。彼女の知る魔術師とは、あまりにもかけ離れた価値観。
その言葉に嘘がない、と判断できる程度には、彼女の眼差しは真剣であり、それは自身の認識と著しい齟齬を起こしており、
「……そんな傍迷惑なんが近くにおるとか、怖ぁて寝られんやないか」
……だから、彼女は理解を放棄した。
その代わり、本当にそうなのだろう、と、信じてみることにした。
「……取り敢えず、人の集まるところに案内だけしたる。その後は……どうなるかわからんけど」
「聞いてしもたしな。まあ、手伝うたるわ」
わざわざ面倒を背負い込んだ。きっと、自分のサーヴァントは笑うだろう。組の大工達には迷惑をかけることになるかもしれない。
ただ、見過ごすという選択肢を取るくらいなら、そちらの方がよい。目に見えたバカデカいリスクの回避は、組織の長として当然だ。何より、彼女が追跡に費やしてきた年月と決意には、敬意を払うべきだ。
己が宮大工としての技術的血脈を継ぐ以上、それに対する敬意だけは覆してはならない。
歴史、そして想い。それだけは。
>> 148
だからこそ、尾名の言葉には、何となく得心がいった。
「……朽ち果てて、何ものうなっても、本来の形がのうなっても。覚えられとる限り、それは在る」
例えば、最早掻き消えてしまった、嘗ての梅田の姿。年柄年中工事が繰り返され、生きているように蠢いていた、建造物と人の群れ。
それは、現実からは失われた景色だ。だが、それはまだ自分の中にある。
懐古し、共感する者は次第に少なくなる。されど、それが続く限り、「梅田」ならざる梅田は消え去ることはない。
「ややこい話は得意やないけど、アンタの言うこと、中々おもろいな。行き道で、ゆっくり聞かしてもろても構わへんか?」
歩き始めながら、刀根は少し笑った。自分らしくはないかもしれないが、たまにはそういうことがあってもいいだろう。
>> 148
「あー……一応誤解ないように言うけど、好きで集めてる訳じゃないからね!?
先祖代々続けられてきたからやめるのやめられないだけ……迷惑な話だよね。
こっちは見たくもない死に様を見せつけられ続けるし、行きたくもない修羅場に放り込まれるし……!」
でも、と彼女は続ける
「だからこそ、死がなくなったこの世界には感謝してる。もう見ないでいい悲劇は生まれないんだから」
「魔術師から足を洗えたことのほうがでかいんじゃないか?」
「そ、そうだけど!あ、でも死には詳しいよ? いろいろ語り合おっか!」
>> 150
そう話そうとして、刀根の言葉が少し刺さった。
不本意とはいえ、最終的に死の蒐集という道を選んだのは彼女だ。
その結果、最悪の災厄を逃したのも、また──────
「ご、ごめんね…怖がらせるつもりは無かったんだけど」
彼女はその責任を負うつもりでいる。だからこそ世界中を渡り歩く。
故に
「まぁ大丈夫よ! もしそいつら…ルナティクスっていうらしいけど、いたらすぐ連絡して!
秒で駆けつけるから! 私とビーシュマが! 一網打尽にしてやるから!
だから、ええ、安心して安眠なさい!お姉さんが常についていると思いなさい!
寝不足はお肌に敵だからね!」
故に彼女は胸を張り己を鼓舞する。本来ならば背負わなくても良い業を彼女は背負う。
何故か。それが彼女の決めた道だからだ。己の道は曲げず、違わず、進み続ける。
不本意でも自分が選んだ道の責任は果たす。故に彼女は宣言する
「私に任せなさい!いつでも守ってあげるから!」
/すいません一足先に離脱します!お疲れ様でした!楽しかったです!
/お疲れ様でした!
/お疲れ様でした!
/私も寝ようと思うので、この辺でお開きにしましょう。ありがとうございました!
/ありがとうございましたー
/お疲れ様です!
「ふ〜んふんふふ〜ん…♪」
モザイク市、京都御苑。
「二つの国がひとところに在る」と形容されるこの奇妙な街では、常に市内での"戦争"としての諍いが起こっている事で有名だ。
いつも何がしかの紛争が何処かしらで勃発し、治安部隊KBECによって諌められる。すこぶる治安が悪く、それでもなお外からこの街への観光客は絶えない。
その理由の一つが、美しい「戦争」以前の古代建造物、世界に二つとない奇抜な政治体制、街を支配するミカドの住居たる荘厳な城(クレムリ)……
そしてこの男が浮かれた足取りで歩く城下のにぎにぎしいバザールもまた、危険と隣り合わせなこの街を活気づかせる主たる要因でもあった。
ふらふらとした足取りで人目につかないようこそこそと歩き、仕切りに手にしたスケッチブックに何枚もの絵を描き入れていくこの男の視線の先には、愛を確かめ合うように共に歩く、微笑ましいカップルの姿があった。
「フッフッフ……!春の陽気に浮かれる二人の密なるひととき…!この僕が完璧なまでに描きあげて見せるッスよ!!」
それに対するこの男の行動は、何処からどう見ても不審でしかない。だが街ゆく人々の多くは、「またか」と言わんばかりの呆れた目線を男に向けるばかりであった。
サンドロ・ボッティチェリ。中世ルネサンスを代表するこの画家の姿を目にした者が、果たして何を思うだろうか。