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剣道少女と美味しいカレー 1/3 2022/05/11 (水) 20:09:12

あつい。纏わり付くような熱気が室内に立ち込めている。
じっとりと汗を帯びたパジャマを拭いながら、現在時刻を確かめる。
カーテン越しに差し込む日差しが指し示したのは「9時」の時計…………やや寝過ごした。

よもや本州の初夏がこれほどまでに暑いとは。
現在の気温は28℃。最近では札幌でもこのくらいの気温まで上がることはあるが、気温以上に蒸し暑い。
湿気が影響しているのだろうか?それとも、この部屋に扇風機以外の冷房器具が用意されていないのが原因か。
どちらにしてもこの暑さは堪える。汗が止まらない。頬を伝うそれを拭いながら、重い足取りで食堂へ向かう。
酷暑が続けばそれだけ替えの服が必要だ。仕方ない、今日あたりにでも衣装を買いに────

「おはようございます、アズキさん。昨夜は随分と暑かったですねぇ、ちゃんと眠れましたか?」

「ふわ……おはようございます。寝苦しくてあまり…………えっ」

寝ぼけた目をこすり、シスターさんを見る。
いつも通りの黒基調な修道服に身を包んで……あれ?
食卓に座るシスターさんの衣装がどこか違って見える。私はまだ寝ぼけているのか?
この視界情報が間違っていなければ、それか私の認識が狂っているのでもなければ……シスターさんは、俗に言う「メイド服」を身に着けているようにみえる。
いや、確かに着てるな。何事もないような雰囲気も相まってつい見逃しかけたが、間違いなくメイド服を着ている。

「……あの、シスターさん。その服って……」

「あはー。この衣装ですか?クローゼットの中に何着か掛けられていたんですよねぇ。
 ここの神父さんの趣味なのかはわかりませんが……ちょうどいいサイズだったので試しに着てみました」

なるほど。なるほど?
考えてみればシスターさんも、元々この土地の人ではなく海外から派遣された人員であるという。
となれば衣装も持ち込みで、私のように服の洗濯が追いつかないという事もあるのだろう。
合点が行った。何故メイド服がこんなところに?という疑問に関しては、恐らく有益な答えが得られそうにないのでスルーする。

にしても、この種の服を違和感無く着こなせているのは流石だ。
クラシカルなものでなくフレンチなフリフリメイド服であっても、それが正装であるかの如き気品を漂わせている。
……実を言えば私も去年、文化祭でメイド喫茶を出店した時に着た経験があるのだが……髪色も相まってザ・コスプレといったような有様になってしまった。

そんな事を考えながら食卓に着くと、メイドさ────シスターさんが少し遅めの朝食の準備を始める。
今日の朝ごはんはなんだろう。気がつけば私の中で、毎日の食事が日々の楽しみになって────

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剣道少女 <幕間> 2022/05/11 (水) 17:55:21

誰かに手を繋がれて帰るなど幼い頃以来だった。
シスターさん………ううん、クエロさんがぐずる私のとぼとぼとした歩みに歩調を合わせてくれた。
5月の真夜中の風はまだ冷たく、人っ子一人いない街並みはまるで影絵で作られた出来損ないのよう。
月の光で不気味に濡れたアスファルトを踏んで歩いていると、まるで世界中の人間が死に絶えて私たちだけが生き残っているかのようにうら寂しかった。
遠く離れた私たちの背後ではまだあの“戦い”が続いているのだろうか………。

赤く腫らした目でクエロさんのその後ろ姿を見ていると、ふと想起されるものがあった。
───母だ。この人にはどこか母の面影がある。
私はいつも集中する時に決まって浮かべるイメージがある。冷えた鉄、煌々と燃え盛る炉。
鉄を焚べ、鉄を打つ。繰り返し鍛えて強靭な刃に作り変えていく。私がそうだし、おそらく父にも似た気配がある。
だから私の妥協を許せない精神性はたぶん父譲りだ。良くも悪くも父に似ているとたまに言われるのはそういうことなんだろう。
けれど母は私たちとは違った。あの人は熾火だ。
外からはほんのりと赤く色づいているだけに見える。分かりやすく燃えることは無い。
だが芯の部分は高温の炎で真っ赤に色づいていて、しかも消えずにいつまでも熱を発し続けている。
近くまで寄ってみて初めて知るのだ。それが物凄い温度を破裂させないまま緩やかに保ち続けていることに。
あれだけ厳格な父がいざという時に母に逆らえないということは何度もあった。
表面上は穏やかながら、決して曲がらず凛としていて、惚れ惚れするほどに気高い。
クエロさんの背中にはそんな母の姿が重なって映った。
ああ、そういえば物心ついた頃にこうやって手を引いて家まで連れて帰ってくれたのもお母さんだったっけ。
先程は万力のような途方もない力で私の首根っこを掴んでいた指は、こうしてみるととても繊細だ。
ほんの少し力を込めてその指を握り返した。ややあって、クエロさんも少しだけ強く握ってくれた。
特に何も語りかけず黙って歩いてくれているのが泣き疲れた心に優しかった。

人の肌の温度を全く感じない無機質な指。人間の肉ではできていない腕。きっと作り物の身体。
けれど私の指はそこから心強い安心感を覚えていた。冷たさ(あたたかさ)が確かにそこにはあったのだ。

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剣道少女のバスタイム③ if 2022/05/10 (火) 23:39:12

先程の姿が白と黒のコントラストで彩られたアートであれば、今の姿は淡い色調の映える水彩画か。
白い肌にほのかな桃色を帯びる唇、逢魔時の暮れた空を思わせる青色の瞳。それらが織りなす端正な顔立ち。
これより下には目を移せない。映してはいけない。込み上げる好奇心を鉄の理性で繋ぎ止める。

湯船が比較的広く、肌と肌が触れ合うような距離でなかったのが幸いした。
人一人分の間を空けて湯に浸かる二人。私はと言えば、水面から下に目を向けぬように視線を泳がせている。
そんな私の様子を怪訝に思ったのだろうか。シスターさんは少し首を傾げると、空いていた距離を詰めて私の側へ。
……えっ?移動に伴って生じた水流を肌で感じる。直ぐ側に人がいる、という感覚を身を以て味わっている。
突然のことで思わず驚きの表情を浮かべてしまう。そんな私の顔の側まで、シスターさんはその瞳を近づけて

「……随分顔が赤いですねぇ。少しお湯の温度下げましょうか?」

澄んだ瞳の、その奥まで見えてしまいそうな距離。
近い。逃げられない。私の背後にあるのは壁、顔を仰け反らせることも後退することも難しい。

そしてシスターさんは屈んだ状態のまま、私────の横にある蛇口へと手を伸ばす。
壁際で、顔を迫らせて手をつく形。この構図に見覚えがある。そうだ、これは巷で噂の……壁ドンなるシチュエーション。
顔だけでなくいろいろなものが近い。吐息の音すらも聞こえてきそうな至近距離。

この一瞬がずっと続いてくれたら、なんて。
沸騰した思考回路が脈絡のない事を……或いは、理性で誤魔化された本心を露わにする。
「これ以上」はなくていい。この一瞬を切り取って、何度も何度もアルバムを開いては見直していたい。
不思議と鼓動は落ち着いている。けれど体温は急上昇、頬の火照りも治まらない。
温度を1℃上げてしまいそうなほどに上気する身体。至福のままに意識が飛びそうに────

あっ。駄目だ、このままだと不味い。脳内に掛けられた最後のアラートが鳴り響く。

「あ、あのっ…………ち、近い……です」

思考を断ち切るように目線を逸らし、絞り出すように言う。
私の言葉を受けてシスターさんは一瞬驚いた様子を見せ、改めて二人の距離に気が付くと
その白い肌をほのかに赤く染めて、元いた位置から少しだけ離れた場所に座り直す。

…………少しだけ勿体なかったかも。
先程よりも2℃ほど高まった湯船に浸かりながら、私は最後の未練を反芻するのだった。

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剣道少女 Assault 3/3 2022/05/10 (火) 02:33:23 修正

後はジェットコースターだ。
何かを思う暇は無い。襟首を掴んだそれが物凄い勢いで私を引っ張る。
直後、火薬庫へ火が点くような激烈な破砕音が轟いたが、その音が私を捕まえて五体を引き裂くよりも襟首を掴んだものは僅かに早かった。
空中に浮きながら引き寄せられるまま吹っ飛ぶ私はいつまでも空中を引っ張られ続けるその勢いからようやく状況を知った。
私を捕まえて引っ張るものが、破滅の余波から逃れようと必死で後退しているのだ。
私を引っ張っているものを目で辿った私はようやくおおよそを理解した。
───ああ、なんということ。
───どうしてあなたが私を引きずっているんですか。
───どうしてあなたの腕がそんな風に伸びているんですか。肘から分かたれて、鎖で繋がって、鎖の先の腕が私を掴んでいるのですか。
───こんなの人間の腕じゃないじゃないですか。アニメに出てくるような、ロボットのロケットパンチみたいじゃないですか。
───こんなの人間の脚じゃないじゃないですか。風よりも速く駆けるその脚の出力はとうに人間らしさから離れているじゃないですか。
───ああ、知っていたけれど。きっと、知っていたけれど。

───あなたは、まともな人間じゃない。

「───も~。アズキさん。迂闊に出歩いてはいけませんって言ったでしょう?」

いつの間にか私は何処かの公園の野原に降ろされていた。
私を襲おうとした猛威は………存在しなかったわけではないらしい。こうして耳に轟音の名残が届いている。
視線を戻す。じゃらじゃらと金属音が響いている。そこで私ははっきりと私をここまで連れてきた者を見た。
肘から先が鎖で繋がった腕がどういう原理か巻き取られている。末端まで至った腕がばちんと繋がり、ここ数日で見てきたものと同じカタチになった。
接続部分を何でも無いことのように見やるシスターさん。明らかに自然な人間ではない。私が思わずしたことというと───

「───っ」
「………っ! わ、わわ。どうしたんです?」

震える膝を打って、よろめく身体を手繰って、その人の身体を抱きしめることだった。
さっきまで何を考えていた? 私らしくもないこと、いや無理やり私らしくさせられたことを考えさせられていなかったか?
恐ろしかった。それがあまりにも恐ろしくて、ただ無性に温もりが欲しかった。

「あ、ぅあ」

胸へ埋めた顔から涙が溢れた。情けなく涙を流すなんて本来なら許せるはずもない。
でも、無理だ。堪えられるわけがない。心がひび割れてその隙間から漏れてしまっている。もう止めようない。
失格だ、私は。でも腕を伸ばし、脚を駆って、人間離れした性能を発揮した彼女の胸は見た目通りにとても温かかった。

「あ、ああ。………あぁぁぁ………っ! クエロ、さんっ、私、わたし………ッ!」
「………。いいんですよ。もうちょっと後にしましょうか。ね。アズキさん」

こんな時にも彼女の言葉は薄っぺらく、そして優しすぎて、私はどの涙を堪えるべきか悩んでしまうのだった。

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剣道少女 Assault 2/3 2022/05/10 (火) 02:33:06 修正

辿り着いた。辿り着いてしまった。
私は数日を費やしてようやく“戦い”へと至った。至ってしまった。
シスターさんの後を追うこと数十分。夜闇に包まれる大阪の市街へと辿り着いた私へ向けて大きな音が響いてくる。
コンクリートが勢いよく砕け散る、発破の現場でしか聞けないような騒々しい音。

「───」

だが、私はその破砕音へ向けてまるで操られるようにふらふらと歩き出してしまっていた。
正直このあたりの記憶は朧気にしか残っていない。残っていないのが心を守ろうとする私の防衛本能の働きだろう。
この破壊の協奏曲にとあるサーヴァントのカリスマというスキルの効能が乗っていたのは後から知った話だ。
理性も本能もどうでもいい。『この音のするところへと向かうべきだ』という感覚は殆ど洗脳に近かった。
さらに言えば『この音と共に死すならばそれは至上の栄誉である』とさえも。
だからビル群を抜けた先の広場にあったその存在を見た時───私は理由も分からず不覚にも涙を流していた。
かのお方はゆるりと宙に浮いていた。一振りの剣を携え、柔らかい微笑みと共に遍くもの全てを睥睨する。
現代人からすれば奇天烈な格好は、その神々しさに比べればあまりに辿々しく稚拙な常識だった。
視線の先に何かいたようだが、心を囚われていた私にはその人影しか目に映らなかった。
その在り方、その微笑み、全てに感動していた。自分の人生の全てがひどくつまらないものに思えた。
あれだけ執着していた剣士としての在り方さえ目に映った人影に比べればくだらないものに思えた。
宙に浮く方の唇が少しだけ動く。それは欠片さえも自分に向けたものではなかったが、それを目の当たりにしたことだけでも恐悦至極に感じた。
そうか。死ぬのだ。これからあの方が剣を振るい、その余波で私は死ぬ。なんて素晴らしいことだろう。
あの方の手にかかって死ぬならばこれほど最上の在り方はない。だから死ぬべきだ。よし、このまま死のう。

………正気ならば絶対にあり得ないそんな思考を私は受容し砕け散ろうとしていた。
宙に浮く人影に比すれば戯れのような敵意を向けて抗しようとする地上の人々のことなど目に入りもしなかった。
ただ、そのサーヴァントに殺されるために頼りにしていた竹刀さえ抜かず自分の終わりを迎えようとしていた。
凝視していたそれが剣を振り抜くのよりも───私の襟首を“何か”が捕まえるの。
時間にしてコンマ5秒ほど。だとしても、後者のほうがギリギリ早かった。

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剣道少女 Assault 1/3 2022/05/10 (火) 02:32:50 修正

とうとう死ぬのだと。その瞬間まで来て、ようやく悟った。

シスターさんは“気”を放つことができるのと同じくらい、ほぼゼロなまでに“気”を殺すことができる。
それは私の中でおそらく間違いないという認識に至っていた。
まだ私の立場ではその残滓をも掴めないくらい武術の高みにあるとか。私の想像もつかないような修羅場を潜っているとか。あるいは、エトセトラ。
どちらにせよ、剣道という在り方に身を捧げてきた私よりも「戦い」に染まった生き方をしてきたはずという予想は大きく外れてはいないだろう。
まるで本当に命の遣り取りを繰り返してきたみたいだ、と理性が言う。本能が言い返す。みたい、ではない。本当にそう振る舞ってきたはずだと。
そういう人なのではないだろうか、という疑問は九割方はきっとそうだろうと固まっていた。
発することについて操れる。でも感じ取る方は鈍感であろうというのはあまりに虫が良すぎる話だ。
私がいつどんなタイミングでこっそり教会を抜け出そうとしたって、彼女は平気でそれを察知しているに違いない。
昨日の朝の街への探索がそうだった。誰の気配も感じない、というのが今となっては逆に怪しかった。
誰かの気配と足音がした後に、それらがさも存在しなかったかのようにいなくなったことも。

ならば逆転の発想だ。教会にいては動きを察されてしまうならばそもそも当人が教会にいなければいい。
私は待った。辛抱強く待った。シスターさんが夜更けにこの教会から立ち去っていくのを。街の方へ歩んでいくのを。
可能性に賭けた。そうするかもしれないという可能性に。そして賭けに勝った。
窓に映ったシスターさんの小さくなっていく後ろ姿を見て思わずガッツポーズを固めてしまったくらいだ。
彼女が十分に離れたのを確認してから、意気揚々とその後を追いかけたのだ。
シスターさんはこの大阪における「異変」へかなり深いところまで食い込んでいるはずだ。
きっとあの人は私の知らない多くを知っている。昔から勘に関しては鋭かった。彼女を知れば、おのずと今大阪で起きていることも分かる。
だから彼女の行く先には、きっと「何か」があるはずだ。そんな勘を信じ切っていた。
胸に宿るのは恐ろしさ。それを上回る好奇心。興味。高揚。その他、言葉にできない感情の数々。
行くな、と本能が叫び、行こう、と理性がそれへ麻酔をかけていた。

───私の読みは正しかった。そして、その時点でどうしようもなく詰んでいた。

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「………よく眠っているようですね」

客間の扉を僅かに開いたクエロは内部の様子を確かめてそう呟いた。
梓希が全身に負った傷は彼女の想像以上に消耗を強いている。傷を治すのにも体力がいるのだ。
深い眠りについているのを確かめたクエロは扉を閉じ、その足で音もなく廊下を進んでいく。
客間を覗いていた時に浮かべていたほんの微かな唇の綻びはその時にはもう無機質なものになっていた。
やがて裏口の扉を開いて外に出た。5月になったとはいえ夜半の風はまだ肌寒い。
教会の裏庭は静寂に包まれている。月光の青褪めた色に染まって寝静まるそこは平穏そのもののように見えた。
数歩進み出たクエロはふと身体を軽く沈み込ませ、膝を撓ませる。
そして、そのまま後方へふわりと飛び退った。
まるで重力を無視したかのような、柔らかく孤を描く後ろ宙返り。
ただそれだけで教会の屋根の上へと到達するのだから明らかに人間業ではなかった。
着地と同時に軽くステップを踏んで体勢を整えたクエロは何でもないことのように教会の三角屋根をすたすたと登っていく。
掲げられた十字架のあるあたり、教会の屋根の頂点へ至ったクエロはそこから遠景を見渡した。

「ああ、今夜も」

囁きは夜風に乗って消えていく。
クエロの目には遠い街の一角で轟と炎が燃え盛ったのが見えていた。
続いて大きな爆発。周囲の建物が破壊されて瓦礫が弾け飛ぶのが立ち上る炎の明かりによって見えた。
彼方とはいえ、これだけ派手に“戦い”が起きていてもこちらまで一切音は伝わってこない。
───この聖杯戦争において、クエロはあくまで聖堂教会から送り込まれた監督役。名代に過ぎない。
全体を統括する立場ではあるがそれぞれの役割を持った聖堂教会の人員が数多く裏では動き回っていた。この馬鹿騒ぎの隠匿のために。
聖堂教会は時代遅れの魔術協会と違い科学に対しての抵抗感など無い。
アナログな手段は当然として第八秘蹟も用いられ、そしてサイバー関連に長けた信徒たちも力を尽くしている。
あれだけ目立つことが起きていてもこの街の外からは認識されない。『つい見逃して』しまう。
SNSなどにも写真や動画が出回ることはない。万が一にも針の穴を抜けた証拠が出回るかもしれないがそれもすぐに消される仕組みになっている。
全ては無かったことになる。しかし───
クエロは足元、梓希が眠る部屋のあたりをちらりと見遣った。そして溜め息をつき、教会の屋根を蹴って重力に身を任せた。

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剣道少女のバスタイム③ 2022/05/09 (月) 19:41:25

このお風呂場が一般的な規模のサイズであったなら、私の理性は蒸発していたかもしれない。
辛うじて保たれた理性を繋ぎ止めるのは、43℃という熱めの温度設定と家族風呂もかくやといった広さの風呂場だ。
シスターさんに促されるがまま服を脱ぎ、汗を流して湯船の中へ。

シャワーを浴びる、という言葉通り、シスターさんは二つ設けられた洗い場で湯をかけ流している。
考えてみればシスターさんは外国の方だ。日本では一般的な「湯船にゆっくり浸かる」という文化に馴染みが薄いのかもしれない。
……そもそも、これまであの人に関するパーソナルな情報について関心を持っていなかった。
落ち着いたアッシュグレーの髪や流暢な日本語も相まって、別段意識を向けることはなかったが……。
穢れ一つ無い、純白とも言い換えられる肌が網膜に焼き付けられた事で認識が改められた。

そしてその肌が、四肢が、2m以内という至近距離に未だ存在しているという事実に思考が沸騰しかける。
本当は駄目だけど……良くないことかもしれないけど!もう一度だけ確かめたい!
そう荒ぶる心を抑えつけ、曇ガラスより透けて見える夜空と水面の波紋を見つめ続ける。
シスターさんが洗い終わるまでは湯船から上がることも……視線を移すことすら許されない。

…………誰かとお風呂に入るなんていつ以来だろう。
温泉のような大浴場ならともかくとして、こういった「お風呂場」に複数人で入るのは本当に久しぶりだ。
親族でない人となれば初めての経験である。となればこの動悸が冷めやらないのも仕方のないことだ、うん。

あ、駄目だ。思考が一段落すると余計な雑念がこみ上げてくる。
真珠のような白と黒のコントラスト。創作の世界でしか見たことがないような装飾品。
ガーターベルトって実在するんだ。妖艶の象徴とも言えるそれを、聖職者であるあの人が付けていたという事実もまた混乱を齎す。
いやそもそも、こんな思考を巡らせる事自体いけないことだ。当の本人が直ぐ側に居るというのに。
目を強く瞑り気持ちを押し殺す。今はただ心頭滅却、純粋に広い湯船で精神を落ち着かせて────

「あらら。結構熱めですねぇ。ここまで熱いとすぐにのぼせてしまいそうです」

────思い掛けず近くから聞こえたその言葉に、思わず目を開く。

水の滴る肌。先程よりも抑えめで、しっとりと艶めかしく輝く淡い白。
タオルの隙間より覗く、濡れて纏め上げられた濃い灰色の髪。
2mという距離を隔てていたことで保たれていた安寧が、またしても一瞬で拭い去られる。
距離にして……どれくらいだろう。最早目測すら覚束ない。ただ、手を伸ばせばすぐに届く距離であることは確かだ。
湯船に足を伸ばすも湯の温度に驚くシスターさん。その姿が門前に、目の前に映し出されて

その姿に、先程存在していたコントラストは見られない。
一面の白。その中で一点映える青い瞳。湯気の立ち込めるお風呂場に霞むその姿は、先程の姿とはまた異なる美しさを漂わせている。
それが何を意味するのか。白しかないということは、つまり。黒色が消えているということは、つまり。
この薄い湯気の中で目を凝らせば、つまり────。

……その日。私は人生で初めて、お風呂場で気を失った。

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剣道少女のバスタイム② 2/2 2022/05/09 (月) 13:08:22

「「………あっ」」

瞬間、私の中でぱちんと音がした。ブレーカーが落ちた音だった。
1度あったことは2度目もある。なら3度目もあるのだろうか。私には分からない。
だが少なくともシスターさんはそこにいて、そして昨日よりも状況は悪化していた。
修道服を着ていないシスターさんを私はその時初めて見た。というより、何も着ていなかった。
真っ白な裸身が脱衣所の電灯によって照らされ、あたかもシスターさん自身が輝いているようだった。
その身体を下着が包んでいる。黒である。あまりにも黒でありブラックであった。肌とのコントラストが潮目のように境界を際立たせて優勝していた。
レースのついた大人っぽい下着だけでも破壊的なのにシスターさんは更に得物を身に帯びていた。
ガーターベルトである。14年と少し生きてきて初めて見た。ガーターベルトである。
黒いガーターベルトが真っ白なニーソックスを吊っていた。下腹を覆うレースも太ももを這う吊り紐も人を惑わせる悲しき兵器だった。
核弾頭である。幻の不発弾はここにあった。放送はやっぱり嘘じゃなかったのだ。
昨日にみたいに咄嗟に謝るとかそういう次元にない。私はただぽかんと口を半開きにして見惚れてしまっていた。
頭の中はまさにリオのカーニバル状態だった。行ったことないけど。

「あらら。もしかしてこれからアズキさんも使います?」
「え、あ、はい」

何を言っているんだろう私。他に言うべきことがあるんじゃないのか。
謝って脱衣所の扉を閉めるとか………ええと、謝って脱衣所の扉を閉めるとか。
呆けてロボットみたいな返事しかしない私に対し、シスターさんは気にするでもなく名案を思いついたかのようにぽんと両手を合わせて言った。
言ってしまった。

「あはー。私もこれからシャワーを浴びようと思っていたのです。
 一緒に入りませんか? 汗をかいたままでいると風邪を引いてしまいますし、ここのお風呂は無駄に広いんですよ」
「え゛」

何を考えてこんな設計にしたんですかねぇ、分かりませんねぇ、とのんびり答えるシスターさん。
対する私はというと頭の中のブレーカーを上げようと試みるのだが何度やってもうまくいかない。
どうなっているんだ。剣道の修行で鍛え上げてきた鋼の精神はどこに行った。まさかこんな時に限って有給申請してリオに旅立ってしまったのか。
そうこうしている内に私の手首は半裸のシスターさんに優しく握られてしまい、ここに命運尽きたのである。

215
剣道少女のバスタイム② 1/2 2022/05/09 (月) 13:08:04

結論から言うと、その日の朝稽古は非常に有意義なものになった。

瞳を閉じて昨日を思う。シスターさんから発せられた“気”を回想する。冷静になって解読する。
剣………とは、違う気がする。もっと重い感じ。身が竦むほど大きな岩の塊を投げつけられるイメージ。
洪水の大瀑布のような、私をどうしようもなく飲み込む巨大で圧倒的な存在感。
だが虚像の輪郭さえくっきりと浮かべばシミュレーションはできる。
受けるのは論外。例え握るのが真剣だろうと私ごとぽっきり折られる。躱すか、いなすか。
重厚ではあったが鈍重の印象は無かった。簡単に反撃させてはくれない。ならどうすべきか。
もちろんシスターさんを敵視しているわけではない。むしろ現状では唯一頼れる味方といってもいい。
ただ私の中で彼女が只者ではないことは確信となりつつある。きっとあの“気”は本物だ。稽古の相手としてはこの上ない。
今までにない仮想敵を設定しての素振りは驚くほど身が入った。自分の置かれた状況をも忘れるほどに。
そして励めば励むほどシスターさんへの「興味」はむくむくと膨れ上がっていく。
どれほど強いのだろう。どんな道のりを歩いてきたのだろう。───何者なのだろう。

けれど汗まみれで稽古を終えてみると洒落にならない問題が浮上する。
それはこの非日常にあってどうしようもなく日常的な支障だった。

「服、足りないな………。他のものも………どうしよう………」

シャワーを浴びて風呂に浸かろうと脱衣所を目指しながらぼそりと呟く。
まさかこんなことになるなんて思っていなかったから服や日用品の間に合わせが足りなくなってきた。
制服と剣道着と、あとは寝間着くらいしか持ってきていないのだ。稽古のたびに替えることを考えると下着も不足している。
他にも1日や2日程度ならば無くても無視できるものがここに来て気になり始めていた。

「誰もいないお店でお金のこと気にするのもしょうもないけど、かといって泥棒するわけにもなぁ………」

勝手に持っていくのは私の常識と良心が認め難い。だが背に腹は代えられない。
仕方ない。お金と一緒に一筆書いておけば支払ったことになるだろう。幸い手持ちはもしもに備えて両親が持たせてくれた分がそれなりにある。
すべきことは“戦い”の痕跡の捜索と調査だが、加えて生活に必要なものを揃えられるお店探しも並行することにしよう。
今日の探索の予定を頭の中で組み立てながら脱衣所の扉を開い、て………。

213
剣道少女のバスタイム 3/3 2022/05/09 (月) 03:03:42

夜更け。ベッドの中で数時間前の出来事を思い返す。
いや、出来ることならば思い返したくない事ではあるが……ふと一つの疑問が思い浮かんでしまったのだ。

シスターさんの“気”は並々ならぬものである。
明確にその“気”を向けなくとも、ある程度武術を嗜む者であれば独特な気配を感じ取ることが出来るだろう。
事実、修練中のあの一件以前からシスターさんに対しては……普通の人とは異なる雰囲気を覚えていた。
けれど、あの時はその気配が微塵も感じられなかった。“気”のみならず、普段の気配すらも存在しなかった。
言うならば気配を殺していたかのように────彼女という存在に気が付くことが出来なかった。

“気”で相手を飲み込むだけに留まらず、逆に“気”を完全に消すことも出来る……?
だとすれば。あの人は私に悟られぬように動くことも出来るはずだ。先程の一瞬のように。
例えば…………そうだ。こっそりと抜け出した私を、尾行して監視することだって………………。

……そんな私の曖昧な推理は、迫り来る睡魔の中に掻き消えていく。
きっと起きてシャワーを浴びれば消えているような泡沫の思考。それでも想起せずには居られなくて
未だ火照りの治まらない逆上せた身体を丸め、蹲るようにしてベッドの中へと潜り込む。
…………シスターさん。あの人への謎は深まるばかりだ。そして、その謎と同じくらい……私は、あの人に「興味」を抱いている。

いつかこの大阪の「異変」を突き止め、あの人の謎も明かして見せる。
微睡みの中で肥大化した“夢”を心の中で反芻している内に……いつの間にか、眠りの中の“夢”へと落ちていった。

212
剣道少女のバスタイム 2/3 2022/05/09 (月) 03:03:32

「「…………あっ」」

身体と思考が一瞬硬直する。
目の前に現れたのはシスターさん。脱衣所で洗濯機から洗い物を取り出している最中のシスターさんだ。
思いがけぬ鉢合わせが頭の中を吹き飛ばし、脳内が真っ白に塗りつぶされる。
その直後、脳内のファンは高速回転。先程流したはずの汗が再びこみ上げてくるのも感じ────

「ごごご、ごめんなさいっ!!」

何故謝ってしまったのか。自分でも理解出来ぬ内に、素早くバスルームに戻り扉を閉める。
時間にして1秒にも満たない逡巡の間だが……それでも私の精神を乱すには十二分な衝撃を及ぼし
逃げ込むように再び湯船に飛び込むと、顔を沈めて無音の叫びを吐き出した。

『バスタオル、ここに置いておきますねぇ』

扉越しのシスターさんの言葉すら、今の私の耳には届かない。
俯いた先の水面には、上がる直前の倍は紅潮した私の顔が映し出されている。
この頬の上気も水面を揺らしてしまいそうな心臓の鼓動も、全ては長風呂で上せたせい……だと思いたい。
ぶくぶくと音を立てて弾ける呼吸。伴って生じる、今の心境を表すかのような複雑な波紋。
……見られてしまったただろうか。それとも、素早くドアを閉めたから見る間もなかっただろうか。
後者であることを強く願う。そう思いこんでいなければ、この緊張が解けることはない。

暫くした後、私は脱衣所に人が居ないことを確認してから素早く体を拭き、パジャマに着替えて自室へと戻った。
…………お風呂上がりなのに悶々とした気持ちのままなのは、初めてだ。

211
剣道少女のバスタイム 1/3 2022/05/09 (月) 03:03:17

修練で汗ばんだ身体に熱いシャワーを掛け流す。
直で顔に湯を浴びる度、魂に潤いが戻っていくような感覚が心地良い。
例え風邪を引いていても、擦り傷を負っていようと、一日二回の入浴は欠かさない。
熱い湯に浸かり体の芯が火照っていくことで、日々の喧騒や精神的な歪みを正すことが出来るのだ。
宛ら鉄を熱し、打ち直すように。湯に浸かる度に私の心は堅く、研ぎ澄まされていく。

……にしても。
先程シスターさんが漂わせたあの“気”は、一体どういうことなのだろう。

肩まで湯船に浸かりながら思案を巡らせる。
幾度とない戦いの中で、私は人から発せられる……言うなれば“剣気”のようなものを察することが出来るようになった。
打つ。突く。切る。そう判断した時、無意識に生じる微細な身体の緊張。それが“剣気”と言うべきものだ。
それは向かい合い、相対していて初めて感じ取ることが出来るものだが……あの人のそれは、まるで違った。

…………あの人は、私よりも「戦い」の事を知っている。
始めこそ雇われの聖職者だとばかり思っていたが、背後から飲み込むようなあの“気”は常人のそれではない。
きっとあの人もまた、この大阪で巻き起こっている「異変」に関わりを持つ者の一人────。

────まあ、今はまだ考えていても仕方ないか。
複雑に絡み合う思考をリセットするように顔を洗い、身体の水気を拭いて脱衣所へ戻る。
細かいことはまた明日にでも探し歩い、て…………。

210
剣道少女のヘアセット(Another View) 2022/05/09 (月) 01:37:30

「綺麗な亜麻色の髪ですねぇ、地毛ですか?」

何か特別な意味合いを込めて言ったわけではなかった。
そもそもクエロの心は壊れてしまったきり元に戻らないガラクタの心だ。
笑顔を作っても心の底から嬉しいわけではない。悲しい顔をしても心の底から悲しいわけではない。
何とか間に合わせの態度を繕っているのが薄気味悪く気持ち悪い、出来損ないの人格。
本当は他人へまともな共感もしていないくせに、さも当然のように人々の中にいる自分をクエロははっきりと嫌っていた。
それでも隙間から溢れるものを拾い集めて自分の感情を見出している。
そんな体たらくだから言葉に複雑な意味合いなど込められようもないのだ。

だから結果としてそれはとても素直な感想だった。
綺麗な髪だと思った。淡い発色の珊瑚のような色をした、艶やかな髪。
年齢相応の瑞々しさに満ちたそれを指に取る。これが義手であるのが惜しかった。
この義手は触感を情報として教えてはくれるが『触感』そのものを伝えはしない。
きっと、心地よい手触りだろうに。

「えっと………そうですね、お母さんがフランス出身なので………」

俯く梓希の声の微熱をクエロは察知できなかった。
そうなのですね、と相槌を打った。櫛を髪へと入れていく。
壊れた心に微かな温もりが宿る。手を止めずにクエロは理由を熟考し、梓希へ構うことに快楽を見出しているらしいと結論付けた。

1

https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%bf%b7%cd%df%b5%e1%a4%ce%a5%de%a5%ae%a1%da%a4%aa%c1%b0%a4%cf%c3%cb%a4%f2%b5%e1%a4%e1%a1%a1%c8%e0%a4%cf%a4%aa%a4%de%a4%a8%a4%f2%bb%d9%c7%db%a4%b9%a4%eb%a1%a3%a1%db%28%b9%e7%ba%ee%29%28%a5%a2%a5%c0%a5%eb%a5%c8%29
とりあえず言い出しっぺがダイマ
ロボ娘はいいぞ

209
竹刀振る剣道少女 2/2 2022/05/07 (土) 21:09:30 修正

「あのぉ………どうして見ているんですか?」
「いけませんか?あなたが剣を振る姿が綺麗だったので見惚れていたのです」
「き、キレイですか。ありがとうございます………」

そう言われると嬉しくなってしまう。同時に少し照れ臭くて頬を掻いてしまった。

「体軸が全くぶれませんね。余程鍛錬を積んできたのでしょう」
「えへへ。剣道は小さい頃からずっとやってきたんです。ちょっとは自信もあります。
 この前の大会では優勝したんですよ。それで全国大会に出ることになって、大阪に来てこんなことになっているんですけれど………」
「なるほど。そうだったのですね」

シスターさんは笑顔で私の話を聞いている。
………相変わらず妙に薄っぺらく感じる表情だ。嘘臭いというわけではないのだけれど。
気を取り直してシスターさんから視線を切り、稽古に戻ろうとしたその時だった。

───あ、面を打たれる。

物心ついた頃から剣を振ってきた身体が先に反応した。
降り落ちてくる剣へ応じて咄嗟に足を捌き、右にステップして面抜き胴を打つ。
避ける動きで敵を斬る。何度も練習して身体に染み付いた、攻防一体の得意技だった。
………と、身体を動かしてから頭がようやく追いついてきた。
腕に相手を打つ手応えはない。竹刀は何もないところを薙いでいた。
その先ではシスターさんがさっきまでと同じように棒立ちで立っている。
なんで今、私は面を打たれると感じたのだろう。
心がざわざわする。物凄い重圧だった。師範に本気で打ち込まれる時、いやそれ以上。
泰然としているシスターさんへ私は思わず尋ねてしまった。

「ええと………シスターさんって…もしかして、何か武術とかやってたりします………?」

シスターさんはくすりと笑って言った。

「あはー。さて、どうでしょ~?」

………薄々分かってきた。親切なだけの人では、どうやらないらしい。

208
竹刀振る剣道少女 1/2 2022/05/07 (土) 21:09:20 修正

教会の裏庭の空気を竹刀が弧を描いて裂いた。
柄の鹿革は今日もしっかりと手に馴染む。握り慣れた質感だった。
振り下ろされたそれをまた振り上げながら後ろに下がり、地面に足がつくと同時に振り下ろす。
竹刀の切っ先はイメージ通りに残影を描きながら鋭く虚空を斬った。
私が剣道を始めてからもう数え切れないほど行ってきた素振りの稽古だ。
本当は朝食の前にするのが日課だけれど、今日は街に出たりシスターさんに捕まってお説教されたりして時間が潰れてしまった。
その分を補うように無心で竹刀を振る。異常な事態にあるからこそ怠るわけにはいかない。
“危険”の気配は今朝の街で肌に感じた。もしかしたらこの竹刀に自らを託すことになるかもしれないのだから。
身体を動かすとあちこちがずきずきとまだ痛むけれどそれよりも稽古をしないことの方が気持ち悪かった。
それに、竹刀を振ると心が落ち着く。
剣は好きだ。柄を握ってぴたりと剣先を正眼に置くと、かちりと何かが嵌まる感じがある。
私の純度が上がる、というか。あるべきカタチになった気がする、というか。
そんなことを友達に話したら『前世が侍だったんじゃないの』と笑われもしたけれど。
竹刀を振ろうとした足捌きが止まる。扉が開く音が耳に届いたからだ。
裏庭に出てきたのはシスターさんだった。私が竹刀を握っている姿を見てきょとんとしたが、すぐに微笑んだ。

「あら。邪魔してしまいましたね~。気になさらず、どうぞ続きを」
「は、はいっ」

促されて再び竹刀を構える。基本となる前進後退の素振りを繰り返す。
………のだが、シスターさんが立ち去らない。竹刀を振る私の姿をその場でじっと見つめていた。
さすがにちょっと気まずい。つい手を止めてシスターさんの方を向いてしまう。

207
剣道少女のヘアセット 2022/05/07 (土) 14:32:28

他人に髪を触られるというのは、何とも言葉にし難い感覚だ。
丁寧に梳かれ、洗われる。細くしなやかな指の触感が妙に鮮明に感じられる。
同性ではあっても、これほどの至近距離に人がいるというのは……いつになっても慣れないものだ。

「綺麗な亜麻色の髪ですねぇ、地毛ですか?」

ふと、シスターさんが問い掛けを零す。
それは私の髪色に対しての疑問。思いがけない言葉に少し思慮を巡らせ

「えっと……そうですね、お母さんがフランス出身なので……」

とはいえ、ママは5歳の頃に家族とともに北海道へと渡り、その後の人生を日本で過ごした。
血筋としてはハーフだが、ママからそれらしいものを感じたことはないし、フランスに足を踏み入れたこともない。
色濃く受け継いだこの亜麻色の髪も、日常生活では周りから浮いて見えるものであり……正直なところ、あまり好きではない。
赤色のインナーカラーを入れたことも、目立つ髪色に対しての反発心から来たものだった。

そんな私の髪色を眺め、この人は「綺麗だ」と言ってくれた。
何の毒気も含みもなく「綺麗だ」と。

……何気ない一つの言葉が、妙に心に残り続ける。
人生で初めて投げ掛けられたその言葉に抱くのは、緊張……動揺、或いは喜び。
我が心の乱れに比例するかの如く、動悸がだんだんと早まっていく────背後のシスターさんにも、心臓の音が聞こえてしまいそうな程に。

206
剣道少女の朝ごはん 2/2 2022/05/06 (金) 09:13:35

「────っ!?!!??!」

痛い。
辛いのではなく、痛い。
口の中が破裂したように痛い。
溢れ出す汗、涙、涎。暑さすら感じられず、むしろ汗が外気に触れ寒気すら覚える。

「ぅ、ぅう……っ、か、から……ごほっ、いたい……っ!」

その痛みはまるで、傷口に塩を塗ったような…………あっ。
そうだ。それは比喩表現ではない。私は先日、爆発に巻き込まれて吹き飛ばされたばかり。
全身の痣だけでなく体の内側にも、具体的には口内にも傷を負っていたのだ。
つまり今私は、その生傷に塩ならぬ唐辛子を塗りたくっているようなもの。ついでにとろみのおまけ付き。
痺れるようで抉りこむような痛みに耐えかねて、思わず椅子から転げ落ちる。

「み、みず……みずを……!」

「あはー。水は辛味を促進させますよ。辛さを抑えるなら、これをどうぞ」

シスターさんから差し出されたものは……牛乳。
コップに注がれたそれを一息に飲み干して、汗だくになった体を拭いながら呼吸を整える。
……数分が経っても痺れが引かない。口内の傷があったとはいえ、これほどまでの激辛であったとは。
自らの未熟さを顧みると共に、それを平然と食していたシスターさんに対しても畏敬の念を抱いてしまう。

ああ……しばらくの間、熱いものは飲めないな。
美味しそうに湯気を立たせる味噌汁を羨ましげに眺めながら、私は大人しくいつも通りの朝食を食べ進めるのであった。

205
剣道少女の朝ごはん 1/2 2022/05/06 (金) 09:13:09

8時過ぎ。慎ましやかな雰囲気の食堂で、私とシスターさんは少し遅めの朝食を取っていた。
食卓に並ぶ料理は、洋風なテーブル・食器にそぐわぬ和風料理。ご飯に味噌汁、焼き魚、卵焼き。
シスターさんは外国人であるようだが、まさか「日本の家庭料理」も作ることが出来るとは。
味も上々。味付けに若干の洋風さが感じられるが、美味しい。もしかしたらママよりも上手かもしれない。

そんな時、ふと向かい側のシスターさんに目を移すと、彼女の前にはまた別の料理が並んでいた。
比較的大きめの皿に盛られたその料理は……とろみのついた、麻婆豆腐……?
外見こそ麻婆豆腐に似ているが、赤い。あまりにも赤い。少なくとも、私の知る麻婆豆腐はあんな鮮烈な赤色ではない。

「それ……何の料理ですか?」

恐る恐る口に出す。
私の問いかけを聞いてシスターさんは、その麻婆豆腐と思しきものを飲み込んで

「麻婆豆腐です」

麻婆豆腐だった。
続けて、香辛料……主に唐辛子や花椒をふんだんに含んだ激辛麻婆であると告げる。
激辛というなら納得の色合いだ。純白の豆腐すらも赤に侵す色にも納得がいく。
私自身、激辛料理は嫌いではない。インスタント麺やお店で「激辛」を見かけると、ついつい食指が動いてしまう。
以前食べた超激辛なカップ焼きそばは悶え苦しむほどの辛さだったが……それも今では恋しく思える程度に激辛に慣れている。
……こうして思い返してみると、私は割りと激辛好きなのかもしれない。

そんな事を思い返しつつじっと麻婆豆腐を眺めていると、シスターさんは穏やかな笑顔を見せて問う。

「少し食べてみますか?私用の味付けなので、結構辛いかも知れませんけど」

「いいんですか!?……ふふ、私も激辛が好きなんです。心配ご無用ですよ」

シスターさんから頂いた麻婆豆腐が目の前に置かれる。
先程までは一般的な日常の食卓だったはずなのに、突如として侵略者が現れたかのようだ。
立ち込める煙すらも辛い。しかしこのくらいならば慣れている……挨拶の後、いざ実食──────

204
剣道少女の難波探索(Another View) 2/2 2022/05/05 (木) 23:16:19 修正

いや、彼女でなくともアズキの内面まで見通すには情報が足りなすぎる。先日出会ったばかりなのだ。

「ふう。先回りして戻っておかないといけませんか」

そう呟いたクエロの眼差しがふと厳しくなる。

「───」

ゆっくりと立ち上がった。剣の切っ先のように静謐で鋭い視線を遥か下の街へと向ける。
得物を取り出すとか声を出すとか、そうした特筆に値するような動きはしなかった。
ただ静かに見ただけだ。凪いだ水面に似た無表情で、朝焼けの朱色に染まるマンションの屋上の縁に立って。
それが気を中てているということに気付く者が人々の営みの途絶えたこの大阪に複数人存在していた。
いいや人ではない。それは使い魔であり、英霊と呼ばれるもの。
アズキがその存在についてまだ半信半疑でいる恐るべきものたち。無人のこの街で殺し合いを始めた歴史の影法師たち。
クエロの意図を察したのか、気配がアズキのそばから去っていく。
小さく溜め息を付いて軽く緊張を解いたクエロは竹刀を抜いて周囲を伺うアズキを見て少しだけ感心した。

───こういうことの勘は良いみたいですね。磨けば光るかもしれません。

微かに微笑んだクエロはふらりと倒れ込むようにして屋上の縁から身を投げた。
傍から見れば投身自殺。しかしクエロは落下の中途にあったマンションの各部屋のベランダを蹴り、屋上から器用に『駆け』落ちた。
明らかに人間業ではない動きで地上へ降り立ったクエロは乱れた裾を軽く直し、そのままてくてくと歩き出す。

「やれやれ。お説教の言葉、考えておかないといけませんね」

のんびりとそんなことを口にしながら。
果たして、教会に帰ってきたアズキを待っていたのは微笑んでいるのに目が笑っていないクエロの説教と温かい朝食だった。

203
剣道少女の難波探索(Another View) 1/2 2022/05/05 (木) 23:16:07 修正

夜の帳を曙光が切り裂いていく。それによってくっきりとした輪郭を取り戻しつつある、難波の街並み。
全く人気のない街路をきょろきょろ見回しながら歩いて行く少女を見つめる眼差しがあった。

「───困った子ですねぇ」

呟きは遥か天上から。8階建てほどのマンションの屋上だ。
人が立ち入るようには出来ておらず、故に落下防止用の柵もない縁にクエロは腰掛けていた。
膝に肘を突いて頬杖をしている。ちょっと体勢を崩せば落下死するというのにリラックスした格好だった。
夜明けの風に足と服の裾を遊ばせながら、ふらふらと街を彷徨う少女───鴈鉄アズキを視線で追っている。
もちろん目的は彼女にある。保護した少女が何をしようとしているのか監視するためだ。
アズキが夜明け前にこっそりと教会を抜け出したのは勿論クエロにはバレていた。
教会の外に出ること自体はいい。だがクエロに気づかれないように振る舞った、というのは咎めねばならない。
クエロはひとまずアズキのことを巻き込まれた一般児と認識していたが、実は聖杯戦争の参加者たちと繋がりがあったとなれば話は別だからだ。
そうとなれば聖杯戦争の監督役として対応を変えねばならない。
保護するということの意味合いも変わってきてしまう。
そういうつもりでアズキに気づかれぬよう密かに追ってきたのだが───

「どうやらそういうわけでもないようで。………私の考えすぎだったかな」

独り言は誰に伝わるわけでもなく、屋上に吹く風に紛れていった。
アズキは誰かとコンタクトを取るでもなく、無人の大阪の街を歩き回っている。
これが往時ならばこの時間でも既に人通りがあって、アズキはそんな目覚めたばかりの街を楽しむ観光客でしかなかっただろう。
では、アズキは何故こんなことをしているのか。
………情動の薄いクエロは他人の気持ちを類推するのが苦手だ。

202
傷ついた剣道少女 2/2 2022/05/05 (木) 23:14:36 修正

「その様子ですとまだ自分の身に何が起こったのか分かっていないようですね。
 大変残念ながら、あなたは巻き込まれてしまった身分なのです。
 こうして寝込んでいるのだってあなたが彼らの戦いの余波で不運にも吹き飛ばされてしまったからに相違ありません」

………分からない。彼女が何を言っているのか。
ぼんやりと朧気な意識のままに彼女を見上げる。視線が合った。
そうして彼女は穏やかに笑った───他の人は怖いと言うその眼差しを、その時の私は安心できると感じたのだ。

「大丈夫。安心してください。ひとまず私の元にある以上あなたの無事は保証します。
 迷える者を救うのは主の御心に従えばこそ。詳しいことは、あなたの意識がはっきりとしてからにしましょう」

そう言って女は私へ向けてにこりと微笑んだ。
それで少なくとも安心できた。今から思えば、その笑顔はどことなく薄っぺらな印象を帯びたものだったかもしれない。
しかし更に言えば、その薄っぺらで簡単に裏へとひっくり返りそうな表情の裏にひっくり返るものが無い。
つまり、そもそも裏表に返るものがないもの。そういうふうに本能が感じ取っていたのだろう。
だから、全身に負った傷のためにろくに喋ることもせず眠りへと誘われ始めた。
然と目覚めるにはまだ早かったと、そう告げるかのように。

「もう暫しお休みなさい。次に起きたならば話すべきことはその時に。
 ───やれやれ。日本のこうした避難措置は優秀だと聞いていたのですけれどもねぇ。取りこぼしはあるということですか。
 ああ、急に私の責務が面倒になった。………とはいえ、これも聖務。都合はつけねばなりませんか」

私の知らぬ間にシスターはそんなぼやきをしていたが、全て私の知らぬことだ。

201
傷ついた剣道少女 1/2 2022/05/05 (木) 23:14:18 修正

覚醒する意識。
まず感じたのは痛みだった。自分が浮かび上がるにつれそれは全身からずきずきと傷んだ。
ただ救いだったのは痛みこそすれ、眠りの淵へ再び沈むこむことを許容するほどの痛みではなかったことだ。
それで全身を襲う痛みが自分の行動を妨げるものではないということに確信が持てた。
ただありがたかった。自らが修める剣道において相手の激烈な打ち込みで一瞬意識が飛ぶなどよくあることだ。
原因が痛みでこそあれ意識をきちんと確保できている。少なくとも失神したままであるよりはマシだった。
だから、少しずつ目を開けた。

「………っ」

つい呻く。身体を襲う痛みと、瞼を広げて外界を視認する痛みに依って。
目に入ったのは味気のない簡素な白い天井だ。のっぺらぼうに端まで広がっている。
それがどこかを悟ることはできなかったが、一方でその天井からは何らかの秩序が感じ取れた。
少なくともある程度の常識の下で自分は寝かされている。そういう認識が持てた。

「………あはー。もうしばらく寝込んだままと踏んだのですけれど。頑丈ですねぇ、あなた」

ドアが開く音と、どこか間延びした人の声と、それらが混ざって聞こえたのはその頃のことだ。

「っ、ぁ………っ」
「無理に喋らなくていいですよ~。五体無事ではあれ吹き飛ばされて全身打撲には違いありませんから。
 まぁ、打ちどころ自体は良かったようですけれども。受け身の技術とか習っていました?」

まだぼんやりと霞を帯びる意識の中で、開いた視界に映る女の姿があった。
───かの宗教に関してさして詳しい訳では無い。
けれどその浅薄な知識であっても彼女がその宗教に携わる人物だというのはすぐに読み取れた。
特徴的な法衣が理由だ。いわゆる修道女らしい服を着ている。
まだ意識が朦朧とする私の側で、大して減っていない水差しの水の量を確かめながら女は言う。

200
剣道少女の難波探索 2/2 2022/05/05 (木) 14:37:47

“戦い”という剣呑な言葉を聞いてある程度平静を保っていられるのは、それが比較的身近なものであったからだろうか。
剣道部員として……武術を嗜む身として、試合ではあれど“戦い”がどういったものかを理解している。
自慢ではないが、道大会では優勝を果たし全国への切符を手にした。相手にとって不足はない。
自前の竹刀もある事だし、相手が大人であっても問題は……無い、と思いたい。

ひとまず街中の様子は確認できた。
シスターさん曰く、例の“戦い”が始まるのは夜からな事が多いという。
であれば一度あの教会に戻って、夜になったらまた抜け出し───────

「────っ」

突如響く足音に思わず身が竦む。
驚きによる硬直、その一瞬を挟んだ後に背負っていた竹刀を取り出し構える。
足音は橋の向こうから聞こえた。じゃり、という小石を踏むような音が響く。
乱れ始める鼓動、呼吸を圧し殺し、震えだす手を抑え込むように柄を握り締めて視線を前へ。

……けれど足音が再び響くことはなく、街は再び静寂に包まれた。
気づかれた……?数分してから構えを解いて、音のした方を軽く確かめるも異常は見当たらない。
しかし足音は確実に鳴っていた。空気が一瞬にして張り詰めるのも感じられた。
場を支配するような雰囲気。試合では感じたことのないような、研ぎ澄まされた真剣のような気配。
それは私に、言い知れぬ恐怖を与えると同時に……一抹の“好奇心”を与えるものであった。

「…………やっぱり、確かめたい」

何が何でも、この大阪という街で行われている“戦い”を目にしたい。
その“戦い”の理由と目的を知ることが出来れば、私は「納得」してこの街を去れる。
「納得」さえ得られるのなら、お好み焼きや串カツが食べられなかった悲しみを帳消しにすることが出来るはずだから────。

……数十分かけ教会に戻ると、待ち構えていたシスターさんに叱られた。
誰にも見られないよう無音で抜け出したはずなのに……何処で気が付かれたのだろう。次からはもっと慎重に抜け出さなければ。

199
剣道少女の難波探索 1/2 2022/05/05 (木) 14:37:28

……夜が明け、朝焼けに照らされる街を眺める。

静まり返る街。人の気配が絶えた街。
無人の理由を知った今、昨日ほどの恐怖は感じられなくなったが……それでも不気味なものは不気味だ。
溢した溜息すらも反響しそうなほどの静寂の中で、私は“難波”と呼ばれる街にやって来た。

実のところ、私はこの大阪への遠征を楽しみにしていた。
生涯で北海道を出たことなど数えるほどしか無く、それも修学旅行で青森に訪れたくらいのもの。
東北以南の内地はまさに未開の地。大会が終わったら、空き時間に来ようとメモしていたお店があったのだが……。
当然のように人は居らず、店こそ開いてはいれど店員も客も居ない。

お好み焼き。串カツ。たこ焼き……は、タコが苦手だからタコ抜きで。
北海道とはまた異なる方向性のグルメを心待ちにしていた自分にとって、この悲劇はあまりにもショックであった。

「……紅生姜の串揚げ、食べてみたかったな」

道頓堀を代表する「戎橋」の欄干に腰を掛け、傍らの看板を傍目に愚痴をこぼす。
こんな事になっていなければ、私は今頃この街で友達と一緒に食い倒れていたはずなのに。
今じゃ友達、先生とも逸れて一人ぼっち。おまけに全身痣だらけ……いや、大会があっても痣だらけにはなるか。

ともあれ、今は命があっただけでもありがたいと思っておこう。
私を助けてくれたシスターさん曰く、理由のある地元民以外はほぼ全員が避難を完了しているという。
問い合わせてもらったところ、友達や先生も無事であった。同様にあちらにも私が保護下に置かれていると伝えられたという。
無事であることをお互い共有出来たなら一安心だ、パパにもママにも余計な心配をかけたくはない。
……まあ、その保護下からこっそり抜け出して今ここに居るんだけど。

一晩立って気持ちは落ち着き、状況の理解は出来た。けれど「納得」には至っていない。
シスターさんから大まかな説明はあったが、その殆どは……空想のような、私の理解力を上回るものであった。
何かが起こっていることは理解した。けどその「何か」がわからない。だから「納得」は出来ない。
何故私が巻き込まれたのか?この大阪で何が起こっているのか。シスターさんの言う“戦い”とは、何なのか。
今の私を突き動かす原動力は単純明快…………ただ「何が起こっているのかを、自らの目で確かめたい」。

198
巻き込まれ剣道少女の視点2/2 2022/05/05 (木) 02:03:04

そんな私の妄想は、「無音」という形で打ち切られた
足音一つ聞こえない中心街。ざわめきもなく、道路を過ぎる車すら存在しない無人の大都市が、目の前に広がっている。

「だ……誰か、居ませんか……誰か……!まだ、避難してない人が……」

絞り出した声はビルの合間を縫い、掻き消えていく。
街中で自分の声だけが響くという異様な経験もまた、正気を失わせる要因の一つとなった。
荒い呼吸が続く。足が震える。唐突に訪れた「非日常」に理解が追い付かず、冷や汗が止めどなく流れ出す。
もしまだ「誰かが残っている」という事を知らせられれば、この市内から出してくれるかもしれない。
その唯一の希望を以て、全力の声を振り絞る…………が。

突如響いたのは無機質なサイレン。
伴って、抑揚に欠け淡々とした人工音声がアナウンスを告げる。

『市民の皆様の避難が完了いたしました。
 大阪市はこれより、特例隔離プロコトルCI-003に則り隔離処置が施されます。
 “参加者”の皆様は、遭遇次第随時戦闘を開始して下さい。ご協力に感謝します。』

感情の無い声が、僅かに残されていた希望を奪い去る。
アナウンスに含まれた不可解な単語にすら気を配れないほどに、私の思考はぐちゃぐちゃに乱されて
何も考えられない。どうしたらいいかわからない。もし、不発弾が爆発してしまったら─────そんな事ばかりが脳内を巡り巡る。

崩れ落ちる、という感覚を味わったのは初めてだ。
膝から地面へと倒れ込み、立ち上がる力すら残されていない。
荒い呼吸を止めるための手段もない。次第に胸が締め付けられるような感覚が襲うが、助けを求める声すらも絞り出せず

…………薄れ行き、暗くなっていく視界の中で、僅かに静寂を打ち破る一つの“足音”が聞こえたような気がした。

197
巻き込まれ剣道少女の視点1/2 2022/05/05 (木) 02:02:56

大阪市中央区の片隅に立つビジネスホテルの一室。

室内に響く無機質なアラームの音が、私を睡眠から引き摺り出した。
良く眠れた……とは言い難い。慣れない環境や緊張、疲労のせいか、目覚めてなお拭いきれない眠気が頭に残る。

やはり飛行機は苦手だ。
剣道大会に出場すべく、二時間近い空の旅を経て身体の緊張がピークに達している。
離陸する時の押し付けられる感覚、浮遊感、不安。それらを総合して、私は飛行機という乗り物を苦手としていた。
その上、翌日に大会が控えているとなれば疲労が乗算して襲い来る。
結果としてこの不眠に繋がった。眠れたのはお風呂から上がった23時過ぎくらいの事だったか。

鳴り響くアラームを止めてあくびを一つ漏らす。
時刻は7時32分。アラーム開始から30分近くも眠りこけていたことに関しては、見なかったことにしておこう。

「……えっと、めがねめがね」

サイドテーブルに置いておいた赤縁のメガネをかけ、丁度ベッドと対称となる位置にあるテレビへ目を向ける。
目を覚ますには音と光、そらに伴う「情報」を取り入れるのが最善だ。
そして見慣れぬ地方局のアナウンサーが、淡々とニュースを述べ始め────て。

『……改めてお伝えいたします。昨晩、大阪市中央区城見にて原子爆弾と思われる不発弾が発見されました。
 現在大阪市全域には避難勧告が発令されており、現時点で住民の避難は完了したとの報告が……』

青地のL字型画面に流れるテロップを見て、残っていた眠気も緊張も全てが吹き飛んでいく。
不発弾?避難勧告?頭が追いつかない。慌ててスマートフォンを手にしスリープを解除すると……
アラームの通知と共に、5分間隔で「市内からの避難勧告」が並んでいた。

血の気が引く。
アラームの音にかき消されて、肝心の通知音が聞こえなかった……?
避難勧告は7時30分を最後に途切れている。SNSからなにか情報を探れないかと試してみたものの、何故か繋がらない。
携帯の回線だけでなくホテルに備え付けのWi-fiすらも不通となっている。

「嘘……なんで、こんな」

先程までの緊張とは全く別種の不安、混乱に伴う動悸が込み上げる。
荒くなり始める呼吸を必死に抑え、改めてニュースの映像に目を向け直す。

『続報が入りました。7時30分をもって住民の避難は完了したとの事です。
 以降は不発弾処理のため、完了まで市内へのアクセスは全て封鎖される見込みとのこと────』

────着替える余裕すらなく、備え付けのパジャマのまま部屋を飛び出した。
廊下は無人。ホテルの通路は基本人気が無いものだが、いつにも増して静まり返った雰囲気が更に不安を駆り立てる。
エレベーターを無視し非常階段を降りフロントへ。けれどロビーにも人影はなく、点きっぱなしのテレビだけが画面越しの「声」を伝える。
フロントにもバイキングにも人は居ない。全身に走る寄る辺のなさを押し殺すように、私はホテルを飛び出した。
もしかしたら、という淡い期待に縋る。何かの冗談かもしれないという儚い希望に縋る。
ホテルは偶然無人になっていただけで、街中に出れば活気のある雑踏が聞こえてくるはずだと。

34

ダイソンFGO性能記載しました
待たせて申し訳ない

196
大阪聖杯大戦の当地レビュー動画 2022/05/01 (日) 10:01:41

「……テスト、テスト」

画面に大きく映し出される暗がり、後に顔。
しばしピントが調整され、1秒もしない内に不織布マスクを着用した明るい茶髪の女性にピントが合う。
太陽をもしたヘアピンが特徴的なその女性は、カメラに目を向け二言三言呟いた後。

「はいどーも!えーとですね、あたしは今大阪に来ています。
 まあ大阪に住んでるから来てるっていうのは語弊があるけど……あー、今の無し。このテイクはカットで」

唐突に途切れる映像。
その後もう一度カメラが始動し、今度は初めからピントを合わせた状態で女性を捉える。
所謂「自撮り」の構図。恐らくはスマートフォンと思われる端末で、彼女は己にカメラを向けて言葉を続ける。

「はいどーも!みんな大好きサイ子ちゃんでーす。
 今日はねー、地元でヤバい祭りがあるから来てみちゃいました!でもさー、今人っ子一人いないんだよね。見える?」

カメラが反転、ズームで顔を写した構図から背景を捉える構図に切り替わる。
映し出されたのは、彼女の言通り「無人」と化した繁華街。
軒を連ねる飲食店。所狭しと並ぶ看板。そのビルの合間からは、聳え立つ“タワー”が覗く。
そこは新世界。大阪の代名詞ともいうべき一大観光地が……今は、異様とも思えるほどに静まり返っている。
観光客も店員も、誰一人として存在しないがらんどうの街並み。

「いやー……観光シーズンなのにこんな誰もいないとか怖すぎ。
 ホントは生放送したいんだけどねえ、なんか通信制限がかけられてるせいで録画しかできないんだよね」

歩きはじめる女性に合わせ、カメラの映像もスライドしていく。
串カツ屋、お好み焼き屋、たこ焼き屋。本来なら多くの人で賑わう店も、今はただ静寂が支配する。
再びカメラを自分に向けると、怪訝な表情で不満を溢しつつ一つの店に入り込む。

「すいませーん、誰か居ますかー?」

無言。
響くのは稼働し続ける空調と、テレビからの笑い声。
どうやら串カツ屋であろうその店は、明かりも灯った状態で「営業中」であることを示しているが
店内にも厨房にも人影はなく、テーブルの上は綺麗に片付けられている。
例えるなら「営業開始直前」で放置されているような状態だ。

「うーん……電気は通ってるんだね。インフラは健在なのかな。
 水道も…………出る。ガスは……使える。えーと、じゃあ食材……おー、しっかり残ってる」

人の不在を確認すると、女性は悪びれもなく厨房に侵入する。
その後蛇口を捻って水が出ることを確認し、コンロを点して火が付くことを確認し、業務用冷蔵庫に食材が詰まっていることも確認した。
一瞬にして人が「消えてしまった」かのような雰囲気に、思わず息を呑む。

「……すご。市長は不発弾の撤去のためとか言ってたけど……ほんとに皆逃げたんだ」

そう。彼女はこの「人が居ない」事の原因を知っている。
もしこれが不意に訪れた状況であれば、女性はもう少し慌てた様子で常時カメラを回していただろうが
ある程度の理解と知識を持つがゆえ、俯瞰した立ち位置からカメラを通し状況を「伝えて」いるのだろう。

数日前、大阪市を対象として大規模な避難勧告が発令された。
市長曰く……太平洋戦争にて米軍が落とすも炸裂しなかった、原子爆弾の不発弾が発見されたと。
もし炸裂した際には大阪市全土が更地となりかねず、犠牲を避けるため市民全員に避難勧告が下されたのだ。
結果、僅か一日で大阪市民270万人が市街へと対比し、厳密な通行規制が掛けられ「無人の街」へと変貌した。
だが、それがあくまでも“カバーストーリー”に過ぎないということを……彼女は理解している。

「────ねぇ皆、聖杯戦争って知ってる?」

195
不夜城にて 2022/05/01 (日) 07:05:54 修正

限られた設備と環境で何が出来るだろうか。適当な地縛霊に後片付けを任せつつ、手頃な椅子に腰掛けて考え込む。
『工場』で召喚された自分に、相応しい職場が与えられたことに感謝しつつも燻る炎は消えずに心の底で燃え続ける。

来客を全員追い出した迷宮は殺風景でしかなく、与えたタスクを忙しなく済ます幽霊も山を賑わす枯れ木にもならない。
利用可能な陣地も設備も魔力も最低限に限られ、追加人員の増加も見込みが薄い現状を鑑みれば仕方の無い話ではある。

表面上は頑丈な施設でも、心は腐り果てた廃墟。陳腐で有り触れた謎とギミックに辟易しつつ無味乾燥な日々を消化する。
『熱海城』に分譲されてから日常が一変するまで、そう長い時間は掛からなかった。恋い焦がれた全てがその場所にあった。

享楽に耽る現代の不夜城が放つ眩い光すら届かない、絶望と恐怖に濡れる地下殺戮遊戯場。今日も命が無意味に潰えていく。
理解不能な難解なギミックも、挑戦者を容易く屠るトラップも、全てがキャスターの意のままに組み替えられ変貌するのだ。

「果たして憐れな参加者が手にするのは"自由"か?"死"か!?『殺戮遊戯』の開幕です!!」
拡声器を片手に『死亡遊戯』の開幕を告げるキャスターの顔は、新しいゲームを目の前にした少年の如く無邪気であった。

194
愉しいウサギ狩りのお時間です 2022/04/30 (土) 22:52:00

「果たして憐れな参加者が手にするのは"自由"か?"死"か!?『殺戮遊戯』の開幕です!!」

 死の遊戯の開幕を告げるブザーが鳴り響き、参加者達は血腥き迷宮内へと一斉に駆け出す。
 此処はモザイク市『熱海』の地下殺戮遊戯場。表向きは子ども達が紛い物の恐怖体験を楽しむアトラクション。
 ...その裏の顔は生命を娯楽として消費する、狂乱の獄。
 死の罠に満ちた迷宮を参加者、"商品"、招かれざる来訪者、廃棄寸前の魔力資源どもが突き進む。
 屈強な男が奈落へ落ち、10秒間叫び続ける。
 青年が頭から濃硫酸のプールに落下する。
 女がジャガーが犇く部屋に押し込められ、喰い殺される。
 少女が足元から飛び出した槍に串刺しにされ、魅惑的なオブジェと化す。
 反響する絶叫、血声、呻吟...多種多様な死に様は監視カメラやドローンにより撮影され、裏社会に流通し死後も娯楽として貶められる運命にある。
 また一人首が跳び、心臓が串刺しにされる中、必死に逃げ延びる参加者が一人。

「はぁっ...はぁっ...逃げなきゃ...逃げなきゃ...!!」

 家畜英霊(スレイヴ・サーヴァント)に加工され"商品"として尊厳を売り飛ばされた少女、スクヴェイダーが己が身に残された僅かな量の魔力を回転させ、致死の罠を掻い潜って行く。

 頭蓋に響く悲鳴、無残に果てた惨死体、脆弱な霊基であれば容易く斬り裂き貫いてしまう刃と棘の群れ...想像を絶する地獄に泣き叫びそうになるのを堪えながら、必死に、跳び、飛び、駆け抜ける。
 いじられるのは嫌だ触られるのは嫌だ犯されるのは嫌だ殴られるのは嫌だ見せ物にされるのは嫌だ魔術で心と身体を玩具にされるのは嫌だ。
 ...弄ばれるだけ弄ばれて死ぬのは、嫌だ。
 その意志が傷だらけで疲弊した、魔力が枯れ果てる寸前の仮初の肉体を突き動かし、前へ進ませる。
そして。

「え...ぁ...出口...?...!?出口!出口だ!!」

 辿り着いたのは〔EXIT〕のランプで照らされた、隙間から光が漏れ出す扉。
 自由へと続く、扉。

「あぁ...で、でられる!!やっとでられる!!」

 幾たびも渇望した地獄からの出口に、縋り付き、扉を開く。
 扉の奥で待ち構えていた銃口から放たれる高出力の魔力レーザーがスクヴェイダーの右太腿を、瞬時に綺麗に焼き切る。

「ぎぃ!?あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!脚が!!脚が!!」

 脚を失い、地面に倒れ込み激痛に悶え苦しむスクヴェイダー。
 傷口は焼き塞がり、焼けた肉の香りが周囲に漂う。
 魔力もまともにない、加工され再生能力が弱った霊基では、四肢の復元は不可能である。
 ...元から救いなど、自由など、出口など存在しなかったのだ。ただありもしない希望に群がる者を地獄へと再び突き落とす為だけの、顧客の悪趣味な需要に応えたアトラクションの舞台設定。
 悲痛な叫び声に反応し、新たなる死の罠が起動する。
 魔術的な強化が付与された巨大な斧を持つ殺戮用オートマタが、無慈悲に迫り来る。

「お、おねがい、ころさ、ないで...!!いやだ...いや...たすけて...!」

 殺戮用オートマタに参加者の懇願を聞き届ける機能など搭載されていない。泣き噦りながら後退りするスクヴェイダーの胸部に、巨大な斧を振り下ろす。

「がぁっ!!ぐぅっ...あ...かひゅ...」

 服ごと胸の中心部が荒々しく引き裂かれ、鮮血が小さな幼い乳房を彩る。必死で何かを言おうとしているが、肺に血が入ったのか意味不明な水気のある苦しげな呼吸音にしか聞こえない。そしてオートマタは間髪入れず腹部にも斧を振り下ろす。

「ぁ.........」

 エーテルで編まれた臓物を撒き散らしながら、びくんと大きく跳ね、力無く倒れ込んだきり、少女の身体は動きを停止した。

「残念!脱出者は全滅!!GAMEOVER〜!!」

 惨状に似つかわしくない愉快そうな音声と共に、『殺戮遊戯』は閉幕した。

「商品名"矛盾"のライダーの回収完了。宝具に内包された『存在続行』スキルにより消滅の心配は有りませんが、記憶処置と霊基復元を行い修理次第、再出荷レーンに流します」

33

**基本ステータス
|center:|center:|center:|c
|~能力値|初期値|最大値|
|HP|||
|ATK|||
|COST|7|7|

**所有カード
|center:|center:|center:|c
|~Buster|Quick|Arts|
|2|1|2|

**所有スキル
|center:|center:|center:||c
|~スキル名|CT|継続|center:効果|
|獣避けの加護 [B]|8(6)|3|自身に〔魔獣・猛獣〕特攻状態を付与(30~50%)|
|^|^|3|自身に〔魔獣・猛獣〕特防状態を付与(20~30%)|
|^|^|3|自身に「通常攻撃時に〔魔獣・猛獣〕特性の敵単体の攻撃力を確率(70%)でダウン(30%・1T)する状態」を付与|
|疾病外装(獣) [A]|8(6)|3|自身の弱体付与成功率をアップ(20~30%)|
|^|^|3|自身に「通常攻撃時に敵単体に毒状態を付与(300~500・3T)する状態」を付与|
|^|^|3|自身に「通常攻撃時に〔魔獣・猛獣〕特性の敵単体に蝕毒状態を付与(20~30%・3T)する状態」を付与|
|無辜の怪物 [C]|7(5)|3|自身に毎ターンスター獲得状態(5~10個)を付与|
|^|^|3|味方全体の弱体状態を解除|

**クラススキル
|center:||c
|~スキル名|center:効果|
|対魔力 [C]|自身の弱体耐性を少しアップ(15%)|
|狂化(酒) [D]|自身のBusterカード性能を少しアップ(4%)|
|^|〔魔獣・猛獣・竜・イスラム〕特性の敵がいない場合、自身の弱体耐性をダウン(14%)【デメリット】|

**宝具
|center:|center:|center:|center:|c
|~宝具名|ランク|種類|種別|
|&sup(){フネカ・クルーン・ハザン・タイバン・ワファクァク・アラー}&align(center){被造物の驚異と万物の珍奇}|C|Arts|対人宝具|
|>|>|>|味方全体に〔竜種・魔獣・猛獣〕特攻状態を付与[Lv] (30~50%・3T)+スターを大量獲得(10~30個)<オーバーチャージで効果UP>+マスタースキルのチャージタイムを2進める|
 
 
アルミラージ、提出です
対魔獣・猛獣特化とのことでしたので、宝具の味方全体への特攻効果付与の対象に竜種だけでなく魔獣・猛獣特性も含めました
それとこれは別件ですが、依頼する際にはなるべくそのサーヴァントのリンクを作ってくれると助かります
リンクの作り方は上の依頼例に記載されているように、サーヴァントの名前を[]で囲み、その後ろの()にページのアドレスを入力すれば作れます

32
「」ルミラージ 2022/04/29 (金) 21:01:43

カードはB2A2Q1です。

31
「」ルミラージ 2022/04/29 (金) 20:05:51

アルミラージをお願いします。

コンセプトは☆3で対魔獣・猛獣に特化したランサー
宝具は自分以外のサーヴァントに対竜を追加しマスタースキルのチャージ時間を短縮できる珍しい効果

所有スキルとクラススキルの選定はお任せします

193
家畜英霊の加工を開始します 2022/04/27 (水) 05:01:35

「魔力資源DE-8466を用いた家畜英霊(スレイヴ・サーヴァント)の召喚を実行」

無機質な機械音声が響き、「熱海」の深奥で悍ましき儀式が開始される。

「触媒:ノウサギとライチョウの継ぎ接ぎ標本、魔力資源DE-8466への薬物投与完了、歪曲詠唱起動、魔力供給途絶、《聖杯》からのバックアップ遮断、予想される現界直後の家畜英霊(スレイヴ・サーヴァント)の魔力保有量〔極低〕...強制陵辱召喚、開始」

触媒を使った召喚対象の偏向...違法召喚。
モザイク市成立以前の聖杯戦争で用いられた召喚詠唱を"歪め、短縮し"、本来"聖杯"単体で成立する英霊召喚を歪曲させる...違法召喚。
契約・魔力供給のパスを意図的に途絶する事による召喚対象の意図的な魔力不足の誘発...違法召喚。
《聖杯》からのサーヴァント召喚に関するバックアップを一時遮断する事によるサーヴァントに対するあらゆる恩恵の途絶...違法召喚。
違法に次ぐ違法により、紡がれた魔力の奔流が人型の実像を結ぶ。
顕れたのはウサギの耳を生やした、八つにも満たぬ程の茶髪の少女であった。

「やぁやぁ!このボクを呼ぶなんてモノ好きなマスターもいたもんだ.....ッ!!ちょ、ちょっとマスター...?ま、魔力なさすぎじゃない...?く、くるしい...魔力供給を...?マスター?」

薬物で脳機能を制限されたマスターに、少女の声は届かない。
...それはかつての聖杯戦争に於いてはあり得ない、"本来であれば人間に卸し得ない最上位の使い魔を、実像を結ばぬ召喚前に貶め陵辱し弱らせた状態で現世に出力させる"という最低最悪の召喚儀式。

「霊基情報の解析...完了。真名:スクヴェイダー、性機能:メス、霊基改変適性:極高、魔術抵抗力:極低...顧客評価を減少させる恐れがある悪性スキルを検出しました>>【鬱屈の暴声】。直ちにエーテル干渉機による擬似生体組織で構成された声帯の一部切除処理を開始します」

「は...?な、に言ってるの...?ねぇ、マスター!起きて!起きてよ!あ.....ひっ!?やだ...来ないで...来ないでっ!!」

英霊を尊厳を砕く為だけに作られた機械の腕、エーテル干渉機がスクヴェイダーに迫る。
極限まで魔力供給をカットされた彼女に、逃げる余地はない。跳躍するための脚は竦み、飛翔する為の翼は震えている。
そして
「やだっ!やめて!やめてよ!やめ... んぐ!?」

機械の腕がスクヴェイダーを捉えるや否や、グロテスクなロボット・マニュピレータが口内に無遠慮に侵入し、瞬く間に、正確に、残忍に声帯を切除する。暴声を発する部分のみを、美声を発する部分を傷付けることなく...

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛い゛だ゛い゛!゛い゛だ゛い゛!゛」

響き渡る掠れた、甲高い絶叫。喉から滴る血液、切り裂かれた声帯の残骸。英霊が持つ再生機能を封じられ、癒着した傷口。
痛みと恐怖で悶え泣き喚くスクヴェイダーを尻目に、無慈悲な機械音声が彼女の末路を告げる。

「家畜英霊(スレイヴ・サーヴァント)の加工が完了しました。出荷を開始します」

機械の腕で拘束されたまま、スクヴェイダーはベルトコンベアーに乗せられ、"出荷"されていく。

「やだ...やだよ...た、たのしい場所に召喚されるって...思ってたのに...!?んー!んー!」

口を塞がれ、ベルトコンベアーの先の暗がりへと消えて行く。消えて行く。
これが「熱海」の深淵、人間牧場の家畜英霊加工部門の日常。人類史を陵辱し、玩具とする、悪夢の工場である。

192
投稿予定の喪失帯SS 2022/04/24 (日) 04:49:39

『まさか、音楽が人と魔の境すら越えて繋げるとは思わなかったなぁ』
人と人ならざる者が犇めき合うマンハッタンに存在する喪失帯。青白く輝く魔酒を呷りつつ、潜りの酒場でインターネットは夢想する。
人も魔もジャズの音色を逃さず耳を傾け、違法の魔酒に酔い痴れる。音楽が世界を駆け巡った新時代の当事者でさえ、想像し得なかった幻想の光景。
音で楽しみ、酒で打ち解ける。どうやら異世界のアメリカ合衆国でも酒場の常識は変わらないようだ。何者であれ、何様であれども。

『この世界も音で充ちている…おっと噂の歌姫の登場か』
『そうか彼女か、異世界でも元気にやってるなら嬉しい限りだ』

人魔の坩堝。混沌の雑踏。それらを貫くように聳える摩天楼から零れる音色。
それは私の見知った歌姫であり、煌めく可能性の光に彩られた未来の歌手。

『言葉が有り余れど尚、彼女の夢は続いていく…か』
誰も気にしない呟きが、酒場の場末に掻き消えた。

30

**クラススキル
|center:||c
|~スキル名|center:効果|
|喪失証明 [-]|自身のスター集中度をアップ(10%)|
|編纂権限 [-]|自身の被強化成功率をアップ(10%)|
|女神の神核 [D]|自身に与ダメージプラス状態を付与(175)|
|^|自身の弱体耐性をアップ(17.5%)|

[+]宝具効果適用時
|center:||c
|~スキル名|center:効果|
|対魔力 [A]|自身の弱体耐性をアップ(20%)|
|復讐者 [C]|自身の被ダメージ時に獲得するNPアップ(16%)|
|^|自身を除く味方全体<控え含む>の弱体耐性をダウン(6%)【デメリット】|
|忘却補正 [EX]|自身のクリティカル威力をアップ(12%)|
|自己回復(魔力) [D]|自身に毎ターンNP獲得状態(3%)を付与|
|女神の神核 [B]|自身に与ダメージプラス状態を付与(225)|
|^|自身の弱体耐性をアップ(22.5%)|

[END]

**宝具
|center:|center:|center:|center:|c
|~宝具名|ランク|種類|種別|
|&sup(){プロジェクト・プラネット}&align(center){冥王神話・惑星再誕}|B|Arts|対人宝具|
|&sup(){コズミックダスト・クトニオス}&align(center){汝、星を挽く慟哭}|A|^|^|
|>|>|>|自身のクリティカル威力をアップ(50~100%・3T)<オーバーチャージで効果UP>&被ダメージカット状態を付与[Lv] (1000~3000・3T)&毎ターンHP回復状態を付与(2000・3T)&クラススキルを変更し、保有スキルが強化される状態を付与<解除不能>(3T)|
 
 
メンテー提出です 長くなったので分割しました
マイルドな超人ということでクリティカルアタッカーを目指した性能にしました
固有スキル3種はどれもそのままでも十分に使えてチャージタイムも短く、かつ宝具使用後は強化されて星5相当の能力を発揮できるようになっています
レアリティに関してはメンテーが冥界のトップであるハデス・ペルセフォネの次点であることから星4にしました

29

**レア度☆4

**基本ステータス
|center:|center:|center:|c
|~能力値|初期値|最大値|
|HP|||
|ATK|||
|COST|12|12|

**所有カード
|center:|center:|center:|c
|~Buster|Quick|Arts|
|2|2|1|

**所有スキル
|center:|center:|center:||c
|~スキル名|CT|継続|center:効果|
|分解の権能 [C]|7(5)|1|自身のBusterカード性能をアップ(20~30%)|
|^|^|1|自身に「Buster通常攻撃時に敵単体の防御強化状態を1つ解除する状態」を付与|
|^|^|1|自身に防御無視状態を付与|
|冥王外装 [E]|7(5)|3|自身の弱体状態を解除|
|^|^|3|自身の防御力をアップ(10~30%)|
|^|^|3|自身の即死耐性をアップ(30~50%)|
|最果ての星 [E]|7(5)|-|スターを獲得(10~20個)|
|^|^|1|自身に「敵の攻撃に対して確率(60~80%)で無敵になる状態」を付与|
|^|^|3|自身を除く味方全体のスター集中度をダウン(50%)|

[+]宝具効果適用時
|center:|center:|center:||c
|~スキル名|CT|継続|center:効果|
|分解の権能 [A]|7(5)|1|自身のBusterカード性能をアップ(30~50%)|
|^|^|1|自身に「Buster通常攻撃時に敵単体の防御強化状態を2つ解除する状態」を付与|
|^|^|1|自身に防御無視状態を付与|
|冥王外装 [EX]|7(5)|3|自身の弱体状態を解除|
|^|^|3|自身の防御力をアップ(20~40%)|
|^|^|3|自身の即死耐性をアップ(50~100%)|
|最果ての星 [EX]|7(5)|-|スターを獲得(20~30個)|
|^|^|1|自身に「敵の攻撃に対して確率(80~100%)で無敵になる状態」を付与|
|^|^|3|自身を除く味方全体のスター集中度をダウン(100%)|

[END]