思考が追い付かなかった。
彼は平和主義者じゃないのか?
そんな考えを読むように、首相がもう一度口を開く。
「私は平和主義者ではない。むしろ融和主義者だよ。」
「しかし…メディアや世論はあなたのことを平和主義者だと」
「平和主義者か。 …トラストのことも台湾の事も、
全くと言っていいほど眼中にないようだな。」
「きっと、トラストに進出した企業の半分以上は
軍需品メーカーだということも知らないだろう。」
一般的なイメージと違うことを、首相は話し続けている。
思考がようやく状況に追いつき、質問を投げかけた。
「どういうことですか? 平和主義者では無かったんですか?」
「さっきも言っただろう、私は融和主義者だよ。」
「戦争を望むわけではないが…
かといって、あっさり兵力を放棄するほど愚かではない。
ただ、譲歩と会議によって戦争を回避しようとしているだけだ。
平和主義者なら、今頃トラストにチェコ人はいないだろう。」
「…ネヴィル・チェンバレンを知っているか?」
「融和政策で有名なイギリスの首領ですか?」
「そうだ。彼についてこんな意見がある。
…「彼は宥和政策で稼いだ時間を、軍備増強のために最大限有効活用した。
この事がなければ、イギリスは史実よりさらに不十分な軍備のまま開戦し、
史実よりもさらに苦境に追い込まれていただろう」」
「つまり?」
「戦争はできる限り避けるが、いざ始まったら徹底抗戦する。
徹底的に戦い、そして勝利する。 簡単に白旗を上げる気は微塵もない。
…実を言うと、トラストの占領政策は思うよりうまくいっていない。
現地人との溝はまだ解消できてなく… きっと、そのうちまた熱くなる。
備えなさい。始まってからでは遅過ぎる。」
「もう一度言うがね…私は融和主義者だ。
戦争を望むわけではないが、
かといって兵力を放棄するほど愚かではない。」
そう言うと、首相は軍の再編を許可する書類にサインをした。
それを見届けると、深々と礼をして自分の職場へと戻るためドアを開ける。
外へ出ると、気温は少し暑かった。
冷戦は終わったが、戦争が終わったわけではない。また夏が来る。
備えよ。 再び過熱し始めるその前に。
トラストのどっかで起こそうと思っている紛争まがいの暴動と、
夏あたりに行おうと思っている軍拡計画をするための口実。
宥和政策って結局何なんでしょうか。
これ、タルコフみたいな代理戦争起きるじゃね?
ウィリアム・ブランチャード「それなら俺が再びトラストを石器時代に戻してやる」